17 会議室の攻防
ずいぶん久々の藻琴視点です。
やっと着いたねぇポートベル。
長かった。
いや短かったかな?
またひとつ足を踏み入れた、異世界の街。いや、私には足がないけどね。手もないけど。初めての港町にやってきたということで、私の観光魂が、市中をほっつき歩きたいと疼きまくってる。
潮風に当たって、停泊する船を眺めるのもいいなあ。
エンジンの船ってことはないよね。きっと風をはらんで水面を静かに走る優雅な帆船だろうな。以前、飛び上がったときの映像と作った地図から、この港は、巨大な内海にあるみたい。西側が外海に繋がってるから地中海? のイメージかな。
きっと食べ物は海の幸だね。
ここまで食べてきたのはずっとお肉。獲れたて新鮮だけども魔物肉ばっかりで、飽きてきていたところだ。海藻って食べるんだろうか。元の世界でも、ワカメや昆布を食べたりするのは、日本くらいだったようだし。出汁の効いたスープも飲みたいなあ。
そんな風に、海外旅行気分を盛り上げているんだけど、今居るのはギルドの中。ポートベルの門をくぐって一直線に連れてこられ、なんか話し出してる。
王弟姫シャリーハットの要望で、オヤバンクモード。会議室で長テーブルを囲み椅子に座るけど、ビーバーの親玉みたいなオヤバンクが、人間みたいに座れるはずがない。向きを前後反対に置いて、頭を背もたれにもたげていた。
いい加減そろそろ、解放してもらいたいんだけど……
うとうと
すやすや
「あ、痛たっ」
オヤバンクの頭部に何かがぶつかったみたいで、私の頭に軽い衝撃が走った。
私と〔直接操作〕で直結しているので、オヤバンクに危険な負荷があれば、擬似的な痛みを感じるのだ。
「居眠りするんじゃない! 大事な話をしてるところだろうが!!」
背後を取っていたのは、見た目娘の、シャリーハット王弟姫。手には不穏な分厚い本を抱えている。
「し、シャリーちゃん、何するの」
「誰がシャリーちゃんだ!、この」
「げ、くく息が……」
シャリーちゃんが、オヤバンク〔私〕の頭部を羽交い締め。ちょうど首の部分に手が絡み、息が苦しい。フェアが、投げ出した辞書を拾った。散らかした部屋は片付けなきゃね。えらい、っておい、シャリーちゃんに渡そうとするなよ。
名前こそ「オヤ」バンクって付けてるけど、サイズは捕らえたアーヴァンクの半分ほどに縮んでたりする。素材はミニバンクにも使ったんで、その分だけ小さくなったのだ。女子中学生くらいに。だから、ちっちゃなシャリーちゃんにも、こうして摑まえられる。つまり。
「お手頃、さ、い、ず」
「ぬー?、バカにされた、と、思ったのは、わたしの、勘違い、ではないよなー!?」
クビを、グイッ、グイッと締めてくる王弟姫。
「し、死ぬ」
誰か止めてくれ。
「その辺にしてください。モコトさんが使い物にならなくなりますよ。シャリーちゃん」
「シャリーちゃん言うな、リーゼライ!」
「ぷ、ぷぷ」
その場にいた全員が、下を向いて笑いを堪えてる。なんだ。試合には負けたけど勝負に勝ったって感じ。ネバーギブアップだ。負けを察したシャリーちゃんが手を緩める。緩めるだけでなく、離して欲しい。
「ふー……ウィルよ。どこまで話をしたか、覚えてるか?」
この場にいるのは、フェア、リーゼ君、さらにレガ君と双子のグレンカレンちゃん。それに、氷虎のクレストと主人のクラウディと、全員集合している。あ、巻き込まれ役のなってる悲劇のガスラーさんを忘れてはいけない。
部屋にはシャリーちゃん陣営もいる。ここのギルド長らしき男性と、船乗りっぽい威厳のある人。それと、その側近らしき女性が一人いた。カイゼル髭のおっさんや、ゾロゾロいた冒険者たちは居なかった。仕事に戻ったのかな。
「も、もちろん覚えてるよ。転移陣でポートベルに来たっ……痛いっ」
「それは一番初めに言ったことだ、ずっと寝ていたのかーー」
ギギっ
ちょっと締まった。
「じゃ、シャリーちゃんが門の反対側でニマニマのぞいて……ぎぇっ」
「それは、漏らしてならん極秘事項だーー」
ギギギギっ
少し強く締まった。
「て、敵にもウィルがいる件……うがっ」
「何故それを知ってるー!!!」
拳が左右からグリグリと締めつけてくる。何か言うたび酷くなるっ、て、リアル自分のクビを締めてるってやつか。オヤバンクの頭が陥没するだろーがっ!
わざわざ言ってないけど、ツェルト村の村長とは、〔心話〕を使ってときどき情報交換していた。彼はまた、他の人とも〔心話〕することがあるらしい。最近ではプルカーンの女性村長。奥さんのサリサは、ヤキモチ焼かないのかな。
女性村長からの情報では、例の炭屋さんが殺されかけ、そのとき、中にいた十勝川がいなくなったそうだ。
この前の、ヤツからの変な〔心話〕は、炭屋さんから消えた後だ。そこから推測すると、十勝川は、炭屋さんを襲ったという女の中に移ったと考えるのが自然。と、村長は結論づけている。ウィルが、人から人へ移るなんてあるのかね。
どうやって移動したのか、それが十勝川の能力なのか、分からないことが多すぎる。
もし、小船を乗り移るように、目の前の誰かにひょいと渡れるとすれば、あの、うさ耳神が言っていた適正って、意外と緩いのか。
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。この状況をなんとか
「た、退避っ」
〔直接操作〕の対象をオヤバンクからミニバンク1へ切り替える。自律行動ができるオヤバンクは、私に成り代わってお仕置きだ。許せオヤバンク。君の勇姿は記憶に刻まれることだろう。へへん。シャリーちゃんの攻撃から逃れてやったぜ。ウィルの実力を舐めたらいかんぜよ。
では早速移動をーー。
――?
――う、動かん。
何か知らないが、もふっとしたものが身体を押さえつけてる。これは、クラウディ。まさか抱き枕にしていたとは計算外だ。ジタバタもがいて、逃れようとするが、
「ギャー!!」
痛い!
ネコ科魔物のネズミ捕り魂に火がついたか。爪を立てやがった!
氷虎の魔の手を振り切ろうにも、ガッシリと爪が食い込み動けない。うっ痛い、頭を嚙るんじゃない!
「わーはっはっは」
シャリーちゃんの高笑いが、耳をつんざく。
「よくぞやった氷虎。後でお前の好きな生肉をたっぷり食べさせてやろう。そのまま捕まえておけよ」
ウヒウヒ笑いをかみ殺し、一歩一歩、楽しみを噛みしめるように、ミニバンク(私)に近づいてくるシャリーちゃん。
オヤバンクは?
縛り上げられていた。
じゃ、ミニバンク2は?
レガ君が座ってるつ!
「何してくれてんじゃっ」
大げさに両手を広げて、シャリーちゃんがあと一歩。もうだめだ。私はどうなるのだろう。羽交い締め攻撃でいいだけ弄ばれ、ぽいっと捨てられのだろうか。
「ウヒウヒ……あれ?」
シャリーちゃんが、突然、ふわりと宙に舞い上がる。浮遊魔法か。いや、後ろから誰かが抱えて持ち上げてた。
「話がすすまん、シャリーハット」
「むーごめん、ダーリン。降ろして」
今、何て言った?
シャリーちゃんを抱えていたのは、私が、ギルド長と思っていた男性。
「ダーリン? ダーリンって聴こえたようだけど。気のせいだよね」
「それすら覚えてないのか?最初に紹介したろう。ポートベルのギルド長でわたしのダーリンだ」
「け、結婚してたの?」
「当たり前だ、女がわたしの歳で未婚なぞありえんぞ」
「姓名は、王族では?」
「立場上、姓を変えると混乱するのでな。本当はダーリンと同じ姓だが、人に会うときは王家を名乗ってる。暫定的処置だったのだが、正規に直すタイミングを逸して今に至る」
私と同い年なのに、子供にしか見えないのに、胸もあんなのに、既婚者。
ま、
……負けた。
逃れる気力を失い、ミニバンク1〔私〕は、へたり込んでしまった。
「なんだか知らんが、勝ったようだな! ワッハッハ!」
床にストンと足を付けたシャリーちゃんは、腰に手を当てて小さな胸を張っていた。
ぶくま、ありがとうございます!




