16 正義感
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『異常……ではないわ』
ぶわん。
シエラの金色の髪が少し逆立っち、身体は薄い緑色の空気がまとった。十勝川が魔法を使うときの兆候である。
魔法使いであるモリグスは、魔法使いであるがゆえ、十勝川の能力の特異性がわかる。いや、分からないと言ったほうがいいだろうか。逃亡中には林を出したり消したり、氷虎との戦いでは樹木檻で囲みを作ったりもした。常軌を逸した魔法をなんでもない風に連発する。披露してない魔法もあるとみている。
十勝川がもし感情にまかせた魔法を行使すればどうなるか。子爵本人のみならず、屋敷さえ軽く消し飛ばすかもしれない。
十勝川は、〔酸素操作 3〕〔領域 1〕のコマンドが準備を終えており、カーソルを置いた実行ボタンを押すだけだ。対象としているのは豚野郎と手下たち。部屋の四方に隠れているつもりだろうが騙せない。マップ画面には敵対を現す赤いカラーが6つ点滅していた。十勝川が親指を一押しすれば命の灯火が消える。仮に、平成日本の現代科学で調査したとしても証拠一つ残らない。正体を持たないウィルというのは、至高の暗殺者かもしれない。
『待て!』
『待って、十勝川! わたしたちの望みを叶えるのは伯爵。だけど今は、この男を通じて目通り願うしかいないの』
モリグス、そしてシエラが必死の形相で〔心話〕から懇願する。
無感情で女の顔に刃物で傷をつけるカナントを、十勝川は心底許せなかった。無表情のアサシンと化した十勝川は、画面に映るカナントを憎々しげに叩いた。
『草でも刈るようにウェイブ……炭屋を切った女の言葉とは思えんが。望みってのは、そんなに大切か? 伯爵とやらに届く前に、この男のに握り潰されるかもしれないと思わないか?』
『そうだとしてもお願い。せめて、もう少し様子がわかってからにして』
『……それでいいのか』
『それでいい』
「?」
カントナ子爵は空気の変化には気づいた。気付きはしたが、それがシエラの内部からのものだとは思いもしない。当然ながら、数秒の沈黙の間に、自分の命が永らえたことには気づかなかった。肉で回らない首を動かして、怪訝そうに、あらぬ方向をさがしている。
どうやら十勝川は聞き入れてくれたようだ。安堵したモリグスは、しだらく忘れていた空気を大きく吸いて吐いた。気持ちを整えて、鼓動の沈静化を待ち、改めてカナントへ向き直った。
「――我らは、こうして依頼を達成しました。つぎは貴方がたの番ですカナント子爵。エリザベート・シュベーラー伯爵殿下が、我らに約束していただいたことを、今一度お取り次ぎ願いたいと存じます」
どうにかこうにか言いたいことを伝えたモリグズだが、思いもしない答えがカナントから返ってきた。
「そのことだがな。直接、王都へと渡るがよかろう。伯爵殿下にお逢いして、二人の口から願い出るのだ」
「直接とは陸路で?それとも船ででしょうか」
「艦でだ。三日後、ここから王都ベシュトレーベンへ向かう艦がでる。それに乗艦してもらう。伯爵殿下はそこに滞在しておるのだ。慣例となった【合わせ月の焚】の観覧だが、このタイミングで自ら出向くとは大胆なお人だよ」
「三日後? 我々は、追われてる身。ポートベルに留まることは……」
「この屋敷におればよかろう。警備の手は、治外法権のここには届かん」
試験と称してメイドの顔を切りつける男が、屋敷に留まれと言った。パスが回復魔法を使えなかったら死んでいてもおかしくなく、リスク承知で刃物を振るった。そんな危険な人間の懐に居たら、三日を待たずに軽く亡き者にされてしまう。モリグズは丁重に断った。
「申し出は、ありがたいのですが」
「恐いか? 手柄を独り占めにするために暗殺を企てる。そう勘繰るか」
「……いえ」
「そんな真似はせんよ。正面からねじ伏せるほうを好むのでな。そんなわけで、安心してゆるりと滞在するがいい」
やるときは、ドアをぶち破って斬り伏せるってことを告げているわけだ。『子飼いがいそうだな』と無意識に考えると、『その件は後でな』という十勝川から返答される。
「好きにしろ。どうだ? 街でびくびく隠れるとの秤にかけるれば、ましだと思うがな。パスはこちらで引き取るが、乗艦は一緒になる。屋敷にいるのならメイドに案内させよう」
カントナ子爵はそういうとメイドを呼びつける。モリグスらの合意を聞く前に一方的に決め付けるとメイドの案内で部屋から出されてしまった。
「パス……」
再び赤いカーペットの廊下に戻り立った二人。さきほどまで、真ん中で手を繋いでいたパスがいない。扉が閉りきる直前、隙間から見えたパスの面差しが痛かった。とても大切な物を置いてきたような空虚感。同じ屋敷内にいるし、王都向かう艦でまた会えるというが、心に何か穴が空いてしまった感じがぬぐえない。
「お客様、こちらでございます」
その廊下にはまた別のメイド。手際よく挨拶をすますなり、付いてくるように促してくるが、幼女のような顔には見覚えがある。
「キミは、さっきの」
「あなた、怪我はもういいの?」
「はい、パス様から綺麗に治していただきましたので。それで、あの、ありがとうございました」
「わたしたちは、何もしていないけど?」
「ええ。でも、ありがとうございました」
メイドは、今度は丁寧に深々とお辞儀をすると「それではこちらです」と、部屋を案内すべく階段へ歩きだしていき、一人でどんどん下りていった。十勝川がシエラとモリグズに提案を持ちかける。
『おい、二人は同じ部屋に泊まると言っとけ』
「なっ?」
「どういう?」
『部屋が別々になれば、それだけ危険が大きくなる。さっきも忍びっぽいヤツが隠れていたが気付いてたか?」
メイドの影が見えなくなったので、シエラが疑問を声に出した。
「誰か居たの?」
「知らなかった。忍びとは何だ?」
「オレの世界にかつて存在した集団。警備兼、陽動兼、情報収集役兼……暗殺者だ」
「なんだ何でも屋か。危険そうに感じないが」
『能力も実力も分からんが、人数が揃っているのは厄介だ。部屋が別れた場合、オレはモリグズを守れなくなるぞ』
「そ、そうか。助かる」
「そういうこと? わたしはあんたが危険になってもかまわないけどね」
そこまで話したとき、メイドが戻ってきた。階下まで降りたところで後ろから着いて来ない二人を、探しにきたのだ。
「お客様、いかがいたしました」
「あ、いや。部屋の相談をしていたところだ」
「お部屋ですか?」
パスを身奇麗にするようメイドに指示したカントナ子爵は、下卑た笑いを浮かべながら思案する。キーと言える子供の回復魔法使いは手に入れた。そして、クレセント王家がが血眼になって探してる犯人も、手中にある。二人の身柄をどうしたものか。
当初の予定どおり、伯爵に引き合わせれば自身の栄達もあろう。いっぽうで、クレセント側に引き渡すという選択もある。こちらは、ギルドには高額報酬での依頼が出されているという褒賞が手に入る。帝国を裏切るリスクはあるのだが、クレセントに対して政治的な立場が向上しよう。小国ということもあり国政に口を挟むこともできるかもしれない。
カントナの立場を顧みれば、前者の選択しかなさそうだが。
「ふむ。どちらをとるか。贅沢な悩みといったところだな」
まだ三日もある。
持ち運ばれたバスタブの中で、丸裸にされ、よって集ってメイドに洗われているパスが、子爵を睨んでいた。子供の単純な正義感を受け流しながら、カントナは思案を楽しむ。あと三日を、どう使おうかと。
ブクマ、ありがとうございますっ!




