13 交差
修正しました。少しは読みやすくなったと思います
ポートベルの西側。商人や町人や外部の者が出いりする通用関門。ここをくぐれば旅は終了。巨大な石壁にズラリと並んだ通用門を列に前にいた彼らは、緊張を隠せないでいた。
長い列は進み、そろそろ真ん中あたりに差し掛かったころ、男は一緒いる女に話しかけた。
「久しぶりのポートベルだな。行きはなんなく出られたけど、今度のは命懸けだ」
女が答える。
「わたしも同じ意見ね。あれほど追っ手が行き来してたんだ。きっとすんなりとは通れないわ」
いかにも商人夫妻といった服装の二人。ギャズモル・バーンダルシとシェラ・バイグッドが、青い顔をしたお互いの表情をみる。二人と手を繋いでいる子供もまた、不安そうに笑った。あと少しで泣き出しそうな子供。ギャズモルは改めて、誰にも聞かれないような小声で設定を口にだした。
「……いいか? オレたちは旅商人の親子だ。馬車と荷物がないのは、途中、盗賊に襲われたから。命からがら逃げ出して、懐の金以外は全て失くした。身分を証明するものもその時に落としたんだ」
シエラが、モリグズが話し終わるのを待って、後を続けた。
「それで、中にいる帝国のナントカ子爵様を呼んでもらって、身分を保証してもらうわけね。それ、かえってバレやすくない?」
「カントナ子爵だ。ポートベルに派遣されてるおまえの国の大使だろうが!間違えるなよ」
「あの人には、いい印象持てなかったからね。裏で何を考えてるかわからない」
「それでも、頼らなきゃならないわけだ」
見上げた少年がおずおず話しかける。
「それで、ぼくは……?」
この子はこれから敵対している国に差し出される。命の心配はないと請け負ってるモリグズだったが、自分の保護から離れた先のことを十全の保障はできない。闊達な性格の子供なのだが、さすがに不安を隠せないようだ。こちらは誘拐犯なのだから。
「ごめんなパス。前にも言った通り黙って調子を合わせてくれ。静かにしていてくれれば、何もしない」
「……うん」
消え入りそうにうなずいたパス。ぎゅっと、握った手に力が込められる。逃避行の間、情が移ったのかなとモリグスは感じた。いっそこの場で解放してしまおうかと思わなくもないが、自領の命運がかかっている可能性がある。感情に負けるわけにはいかなかった。
シエラの視線が交差した。この女の思いも同じなのだろう。気持ちを振り切るように頭を振ると美しい髪が左右に揺れた。もしパスが今、手を振り切って逃げたとしても、追いかけることはしないだろう。
そんな三人の頭の中に、姿のない十勝川の声が聞こえる。
『あーあ。下手な小芝居なんかするより、いっそ壁を超えてしまいほうが早かったろうに』
モリグズが【心話】で答えた。
『言ったはずだ。目に見えてないだけで、壁の上にはさらに魔法の防御壁が築かれている』
『だけど、空を覆ってるんじゃないんだろう? お前が言ったイメージなら半円状に配置されている。つまり天辺はがら空きだ。樹木を高くして枝を横下に伸ばせば、入り込めそうだがな。夜なら手薄になるだろうし』
『相手から指定されているのだ。門を抜けて入って来いと』
「なんかね。それこそ、ワナ臭いとわたしは感じるんだけどね」
シエラが独り言のような小声で割り込む。新しい視点とも思えるが、すべてが何度も話し合われたことばかり。普通に門から入場する。飛び越える。ワナの危険。ほかにもいろいろ可能性を議論した結果、こうして並ぶことを選んだのだ。門の周りでは警備兵が目を光らせている。今さら列から離れて目立つのはかえって危険だ。
不安を外に出さないよう並んでいるうちにも入門者の列は進んでいき、自分たちの番が回ってきた。左端から二番目の入り口。隣を隔てるいかつい門柱には、左側に2右側には3と彫られていた。
受付に座るのは、眉間シワが深いカイゼル髭の男。いかにも難癖をつけてきそう。書類を整理している後ろの優しそうな男と代わってもらいたいと、モリグスは切に思った。
「次、前に進んで」
カイゼル髭は、顔もあげずに言葉を事務的で告げた。拒絶するかのように冷たい門の2と3の間を、しかたなくくぐると、突然、ここを通過すのは不可能な予感。とつぜんに不安が押し寄せてきて、胃がキリキリと痛くなってくる。
「商人の親子か? 荷物がないようだがどうした?」
細く射すくめてくる眼差しで、モリグスとシエラを見据えるカイゼル髭。楽に通すと思うなよの威圧が言外にあふれる。
「盗賊に襲われた……ました――」
「馬車ごと奪われたか? ラインハルトでは無いのか? 」
「普通のよくある盗賊だ……です」
モリグズは普段の、偉ぶった貴族口調がでそうになるのを無理に抑え、どうにかカイゼル髭との会話を続けていく。
「まあいい、身分を証明するものは?」
きたな。
そう心の中でつぶやいて構える。用意しきた言い訳をもう一度だけ心中でなぞってから、声に変えるために息を吸い込んだ。
「証明書は――」
「なんで、この子がダメなのカナ?!?」
子供の怒鳴る声が、ずっと右のほうから届いてきた。察するに女の子か。納得できない理不尽な取り扱いに対して正当性を主張している。そんな叫びだ。列に並ぶ連中がなにごとかと首をのばして、野次馬の集団と化していく。
モリグスたちも、そちらを見た。問題の列は二つ向こう。見たこのない車両をつけた破れた幌のやぶれた馬車があった。降り立ったショートカットの女の子がいきまいて、御者台に女商人は困った顔になっている。ほかにも何人か乗っているようだが、間の行列に阻まれてこちらから隠れている。
しかし、馬車の中からのそりと現れた生き物を見たとたん、モリグスの身体が硬直した。
はっと息を飲むシエラ。
痛くなるほど手を握ってくるパス。
よく知ってる生き物の白い肢体がなめらかに馬車から降りた。
受付椅子に座ってるカイゼル髭は、部下らしい男をにらんでイライラと訊いた。
「どうした?」
「そ、それが、氷虎を連れてきた少女がおりまして……」
氷虎。氷虎……あの氷虎だ。
モリグスの背中で冷たい汗が凍った。白い悪魔。でかい体躯、どう猛な牙の爪、さらに魔法まで使いこなしてきた恐怖の猛魔獣。兄のギャズモルを生死不明にした憎い敵。
「氷虎だと! 危険レベルAAの魔物ではないか! 本当にか」
がたりと立ち上がり、問題の馬車へと目をやる。
隣の列で馬車を引く馬が、恐怖にいなないた。それが合図になったのか、列に並ぶ集団に、パニックが広がっていって。
「きゃー虎よ!」
「逃げろ、殺されるぞ!」
「いやまて、テイムされた魔物だろ? 安全なんでは?」
「氷虎がテイムなんかされるか!」
「とにかく馬を抑えろ! 馬車が引きずりまわされるっ!」
逃げる人、逃げようとする馬、叫ぶ者。事態を見守ろうする者もわずかにいたが、そうした人間らも距離をとろうとする心理は同じ。門の周辺は、問題の馬車、つまり、フェアバール一行をから離れようと騒然となっていった。門の内外問わず、とにかくそこからは逃げようと、もはや入門手続きどころではなくなっていた。
揉みくちゃにされながらも、モリグスはまだ動けないでいた。シエラとパスは、モリグス以上に固まって、視線が氷虎に釘付けになっている。
「カウウルのギルド長の正式な従魔認定、獣使い証明もあるのですが、通していただけますよね」
馬車ではやり取りが続いていた。さっきとは別の少年が場違いなほど極めて冷静に、受付警備兵を諭している。
「ま、待て、わ、わたしの一存では判断しかねる、もっと上の責任者を」
警備兵が仲間に助けを求めるが、いっせいに視線を外した。逃げてしまっている先輩もいた。その中で、しかと目線を受け止めたのはカイゼル髭。子羊の眼をした女性警備兵の信号を受信した彼は、混乱する受付達をかき分け、救援へと駆けつける。
『なんで、あいつらがいるんだ。いや当然といえば当然か。氷虎と一緒なのは理解できんが、あいつなら、やらかしかねんか。おい、チャンスだぞ』
チャンス?
モリグスは、十勝川の言ったチャンスの意味がわからない。氷虎がいるのに、命の危険が迫ってるのに、チャンスだとは。
『虎はおそらく心配ない。説明は後だ。中に入ってしまえ!』
やっと意味を理解し、モリグスはっとした。自分らの受付には誰もいなくなった。チャンス。確かにチャンスだ。
どこからは早かった。パニックから立ち直ったモリグスは、恐怖で強張った身体をギリギリと動かす。いまだ硬直中の二人の手を引くと、門の中、港湾都市の中へと入り込むことに成功した。
「なんでみんな怖がるのカナ、こんなにかわいいのに!」
車輪横に寝そべったクレストに抱きつき、モフモフするのはグレン。
遠巻きに残った群衆の、恐怖と好奇心の視線にさらされるのを嫌い、フェアバール達は馬車から出てこない。リーゼライはカレンに代わってクレストの説明を買って出ていた。
「これが、獣使い証明です。小型の魔物なら首輪でいいのでしょうが、氷虎ですからね。証明書というものを特例で作っていただいてます」
「し、シャリーハット・サンドバン様のサイン。確かに、いやしかし」
部下の助けに入ったカイゼル髭だったが、リーゼライから渡された証明書に困惑を隠せない。眼を丸くして書類を前にたっぷり思案。疲れた表情で振り返ると、最初に応対していた警備兵に冒険者ギルドへ行くよう指図した。次いでもう一人には、領主へ報告するよう使いに走らせた。
「ビーストテイマーさえ珍しい。まして氷虎とはな。少しだけ待ってくれ。あ、列から外れて、横のほうへ移動してもらえるとありがたい」
「わかりました」
ガスラーが馬を操って馬車を動かす。
後に続こうとしたリーゼライに、カイゼル髭が丁寧な口調で尋ねてきた。
「恐ろしい魔物に、見たことない馬車、私を見ても物怖じしない態度。君たちは、なんなのだ」
「そうですね。まだ新人の魔法使いです。【合わせ月の焚】に参加する予定でここにやってきました」
「うん……そうか。ポートベルにようこそ、だな」
この連中が【合わせ月の焚】で活躍する姿をみてみたくなった。仕事は部下に任せ、家族を連れて見物に行こうかと。忙しいこの時期に、休暇申請を押し通す手をアレコレ考えながら、カイゼル髭はニヤリとした。
騒動に乗じて、ほかの群集ともどもポートベル内部に入り込んだモリグズたち。街を行き交う人ごみに身を隠しながら、帝国大使カトンナ子爵様のいる領館へと歩いていた。緊張が解けて脱力全快。座り込みたいのをガマンして、少しでも門から離れるように縫って進む。
「まったく。こんな形で成功するとはね。どうやって氷虎をテイムしたのか知らないけど」
いまだ顔色の戻らないシエラは、きょろきょろして目立たないように道を確認する。
「おい十勝川。何か知った風なことを言っていたな。どういうことだ」
『あの中に、少女がいたな?』
「氷虎を抱いてたヤツか?」
『いや、馬車の中にだ』
「見えなかったが、それがどうした」
『そうか……。シエラ、あの連中には関わるな。とくに今言った少女には絶対に触るな、いいな?』
「なんで、あんたの言うことを聞かなきゃいけないの」
十勝川は、唖然としていた。
あれはフェアバールとかいったな。一緒の芝桜藻琴だけでも面倒なのにな。
それにあの双子。
あれは、あの村で最初に火魔法を使ってきた二人だった。
反射的に防御したら、面白半分にヒートアップしやてきがった。いつの間にか村全部を巻き込んだ娯楽となっちまうんだから、子供の遊びってやつは侮れない。 おかげで、爆裂魔法地獄のトラウマを植えつけられた。
そして氷虎だ。
あの連中がつるんでいるのは、どういう因果だ。
『今は――言いたくない。忠告はしたからな』




