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11 男爵の消失


「後で、姫さんから詳しく聞かされるはずだ。この話について、オレから言えるのはここまでだ」


 村長はポケットを探るが、リッコの実は全部食べてしまっていた。もう一方も一応探ってみるが見つからない。ギャズモルは思った。残念そうにロープをバタバタしている姿は、一介の長には見えないなと。


 そう。この男は村長には見えない。だからといって一般の村人ではない。王族を相手にしてさえ自然体で接することができ、一切、構えたところがない。これまで会った人間のどの枠にも収まらない存在。一種の不気味さすら感じるというのが、ギャズモルの評価だ。


「それで、ここからはオレの方の頼みになる。防塞を手伝ってくれ。あんたの魔法で」


 思案をやめたギャズモルは、村長の言葉の意味に集中。自分に、村の護りをやれということか。


「それは、魔物を使っての防塞試験と思っていいのか? そんなこと、よく思いつくものだな」


「村の護りでヒントをくれたヤツがいてな。できるかどうか試したいことがあるんだ。」


「断る理由もないし。どのみち断れらいのだろう?」


「すまんな。なんでも利用しないと、生きていけないんだよ。あんたの手並みを……やっとさお客がきたみたいだ」


「客?」


 辺りを見回してみるが誰も見当たらない。もしやと意識を集中してみれば、かすかな、本当にかすかな気配を感じ取った。存在を薄くしてこちらに察知されにくくすることができる。それは村人ではないだろうとギャズモルがうなる。


「……三人。いや四人か。村を狙っていたのはオレ達だけではなかったわけだ。防塞を準備する時間は消えたな」


「ん? 狙いは村じゃねーと思うぞ。あんたに生きていられると困る人物からの刺客だとオレは思うが」


「まさか」


「オレとあんた、どっちを狙ってくるか賭けてみるか?」


「ふ」


 ギャズモルのしかめ面が、合図になったのだろうか。身を潜めていた刺客の一人が行動をおこした。


 シュッっと、風をきる先制の矢。それはギャズモルが身体を屈めた真上を通過していった。


 シュッ、シュッ!


 立て続けに二本。またもやギャズモルに向かって放たれた。今度の狙いは、足元と胸だったが、梢と茂みから何かが飛び出し、標的への命中を阻んだ。


 ギャン!

 キューゥ


 飛び出してきたのはリスと狐。ギャズモルが自分を護れと命令した動物たちだった。二匹の動物は盾の役をこなして、命令者の代わりに死んでしまった。


「帝国の手の者かっ! 」


 自分を守護した二匹を見とどけながら、敵と確定した相手に問いかけてみる。案の定、返ってきた答えは無言だった。


 身を現した刺客たちの装備は見事にバラバラだった。ボロマントに片手長剣を握る男、皮の肩当てに巨大な戦斧(アックス)を担ぐ男、甲羅の胸当をして両手に細剣を持つ男、そしてやや離れた位置から弓を番える女。共通するものがあるとすれば、動きやすい軽装でることと、瞳に感情がないところか。


「敵は、あんたの依頼を無かったことにするつもりのようだな。賭けはオレの勝ちでいいか?」


 取り囲んでいる刺客を一人一人吟味しながらも、まるで、昼飯の献立の当てっこに正解したかのように喜ぶ村長。余裕があるなと思ったギャズモルへと、長剣の男が走り出してきた。慌てて呪文を唱え始めるが、


「ぐ、深淵なる闇に眠らされた不遇なる従僕たちよ我が力の元に……」


 間に合わない!


 スピードに乗った男は、長剣を身体の後ろに構えると、ギャズモルの二歩手前で急停止。体重と慣性を乗せたトップスピードの長剣は、ギャズモルの胴を横薙ぎに切る。


 ギャギン!


 切った!

 

 そう、長剣男は思ったことだろう。


 魔法使いを制する方法は、呪文を唱える暇を与えないことに尽きる。準備文言のうちに飛び込んでいった長剣使いのやり様はまさしく正解で、なすすべない相手の胴が切り離れていると確信する。戦斧(アックス)の男がやや残念そうに眉毛が動いたこともそれを証明している。獲物を奪われたかとでも思ったのだろう。


 しかし、ギャズモルは斬られなかった。

 繰り出された剣は届いてなかったのだ。

 なぜなら。


「おい男爵さん死にたいのか。接近戦で長い呪文を唱えるなんて、あんた素人か」


 どの瞬間に氷結させたのか。長剣とギャズモルとの間には、氷の長方体が現れていた。縦横50センチ高さ80センチほどもある水滴ひとつない半透明な防壁。それは極寒の湖面のような冷徹さで、高速で振られた剣を停止させた。


「村長の氷魔法か! いつ呪文を!?」


 唱える時間は皆無だったはずと驚愕するギャズモル。

 長剣使いも、ほんの少しだけ眼を見開くことで心の乱れを表現したが、刺客の戸惑いは一瞬のこと。直ぐに身を引き、首を狙う斬撃に移ろうとした。


「シャッ!」


「遅いなあ。刺客失格ってか? 亀裂」


 下手なシャレ。短い文言。

 村長の発したのはそれだけだが、凍結の塊に変化がおこった。


 氷の長方体には幾重もの、縦スライスの切れ目が入る。そして、切れ目に隙間が開いたかと見えたとたん、氷同士は等間隔に広がっていく。それはギャズモルを起点として、圧縮された鋼鉄製スプリングのごとく力を解放した。


 放射状に、10枚の氷の板が押し出されていく。

 長剣使いは身を翻そうと試みるが、避けることができなかった。


「ぐ…あ……」


 間合い無しの位置から高速で迫る氷板。かわすことができないまま、すべてをまともに受けて圧死。刺客だった骸は推し飛ばされて落下した。


 長剣使いにぶつかって割れた氷もあるが、それだけではすべての勢いを殺すことはてきない。氷は、斜め後部で待ち構えていた、両手細剣使いにも衝突した。


「う、うあぁ……」


 仰向けに吹き飛ばされた細剣使い。体が二度三度、地面で跳ね返ったところで細剣は二本とも手から離れていった。転倒は継続し、かなり背後で根を下ろしている樹木に当たることでやっと止まる。男の手足はグニャリと折れ曲り、端正な顔の目が潰されて虫の息になっている。


「ばかな、これほどの魔法を、たった一言で」


 アクス持ちの一言が状況を物語っているだろう。


 一瞬と言っていい時の間に、爆発的な魔法が発動。素早さを自慢とする軽装の刺客二人が、逃げることができずやられたのだ。残る二人はうかつに動けない。衝撃的な能力を目の当たりにして、ギャズモルも動けないでいた。


「お、口を開いたな刺客くん。大雑把な性格なもんで綺麗に殺せなくて悪いかったな。死体はこっちで始末しとこう。息のあるほうは邪魔になるんで持ち帰ってくれ」


 逃げるゴブリンに矢を当てていた息子(リーゼライ)を思い出し、苦笑がちに話す村長。しかしギャズモルは、後の言葉に違和感を覚えた。この男は、刺客を生かして返すと言っているのだ。


「何を考えている。殺しておくべきでないのか」


「いや、こいつらには証人になってもらう」


「証人?何のだ?」


 ふい、とよそ見する村長。

 釣られたギャズモルが首を向ける。


 するとその反対から……。


 ズブっ、


 ギャズモルの胸に短剣を差し込むトッパがいた。


「女、……」


「息子を。パスをさらったお返しだ」


 深々と刺した刃物を抜き取ると、トッパはその場から離れていった。

 血まみれのギャズモルに対し、両手を広げて言い訳する村長。


「すまんなぁ。犯罪男爵より、村人の心ケアのほうが優先度が高いんだ」


 力尽きて膝から崩れるギャズモルは、目の前が暗くなって何も見えなくなった。


「二度目のご臨終だな。ま、あんたが死ねば、少なくともこの件で村にくる輩はいなくなる。」


 何かを言っているな。ギャズモルは層思ったのだが、内容を理解するべき意識は、彼方に遠のいていった。





「さて。刺客くんたちにも、聞こえていたよな? 上司には見たまんま報告してくれればいい。子供をさらわれた母親が怒って殺しました、とな」


「……」


「それとも、最後まで殺り合うか?」


 村長は、不適な笑顔を向けた。

 リーダー役のアクス持ちは思案する。目の前の魔法使いは危険だと。


 提案を受け入れた場合、ターゲットは死んだと伝えることができる。こちらの段取りと異なる死様をしてるが絶命には違いない。目的を果たし、かつ、敵の情報も得られたと報告もできよう。


 ならば戦いを続けた時はどうか……考えるまでもなかった。


「……その提案に乗ろう」


「助かった。村長職ってな薄給なんだ。なるたけ苦労は背負いたくない」


 わざとなのか、素なのか。アクス持ちは、村長を名乗る男の底を読みきれない。目配せで、後ろの弓使いに撤退の指示をだすと、まだ息のある細剣使いを抱き起こす。


「あ、ひとつだけ教えてくれ。君らは、どっちからここに来た? 」


 自分たちがやって来て、これから戻る方角を指さすと、アクス持ちと弓使いの刺客たちは、足音も立てずに走り去って行った。









「うう……」


 ギャズモルが目を覚ましたのは、翌日の昼だった。


「生き…てる、のか」


 ゆっくりと目を開けて見えたのは見慣れない天井。閉じ込められてた土の牢屋でなく、その後に移されて寝泊まりしてる集会所でもない。もちろん自領の邸宅ではない。


 身体に掛けられている粗末な毛布をはがして起きようとする。


「まだ寝てな」


 女の声がした。


「き、貴様……」


「うん。あんたを刺したトッパさ。ここはあたしの家」


「なぜ……」


「生きてるかって? ここはツェルト村だよ? けが人はできるだけ治すのが村の方針さ」


「オレを、殺したろう?」


「メルクリート監察官と村長の策略と、あたしの恨みが一致した計略さ。相手が騙されるかどうかわからないけど。あんたを刺したことで、気持ちは少し軽くなった」


 しっかり寝ておきな。そう言い残してトッパは部屋から出ていった。

 ふたたび一人になったギャズモルがつぶやく。


「……回復魔法村というのは、なかなかに暴力的なのだな」


 遠くで騒ぐ子供の声を耳にしながら、眠りへと戻っていった。


この話の創出は苦しみました。

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