8 捜索の陰影
クレセントにはいくつもの組織が存在する。王家の近衛騎士、国家防衛騎士、冒険者ギルド、海軍、村や町の自警団体など。すべてが国に統括されており、最高決定機関が王家である。
いわゆる封建制度というべき社会なのだが、実力ある魔法使いに依存している側面から比較的緩やかな統制となっている。地方の村長の直訴が王家に採用されるケースも多々あり、トップと市井との距離は帝国などと比べてさほど遠くない。ツェルト村の村長が、王家の三女に偉そうにしているのはさすがに例外なのだが。
その王家を揺るがす大問題が、ツェルト村の子供が誘拐された事件。犯人捜索と子供の救出には、王太子からのトップダウンで命令が下っている。
事件を統括しているのは王家の筆頭近衛騎士。所用でポートベル来ていたところに王都から緊急命令が届いたのだ。半ば観光気分であった地方視察が暗転、執務室にて胃薬を水で流し込みながら部下の報告を聞いていた。
「逃げているのはモリグズ・バーンダルシと、ドリーヨーコの貴族らしい。ギャズモルの領地は押さえたのだな? バーンダルシ領に帰り着いたら、そこがヤツの墓場になる」
実行犯トップのギャズモルの捕獲は確認されていた。三姫メルクリートとツェルト村村長の連日の尋問によってかなりのことが判明している。犯人は三人のみ。ほかの部隊は確認されていない。所領持ち貴族が、配下を使わず行動している理由は不明だが、逮捕の対象が絞られているのはプラスの要素だ。
マイナス要素は裏にいる主犯だ。糸を引いているのはなんと帝国の伯爵だという。内外に知られた女傑で、よほどの証拠を示せないと外交問題に発展するのは目に見えている。こちらの動きをどこまで先読みしてるか底の見えない難敵だ。おそらく王家でさえ手が出せないであろう。単なる誘拐劇で終わるはずがない。
筆頭近衛騎士は頭を抱えたものだが、犯人を抑えさえすれば良いとの王太子からのお達しがあった。ほっと胸を撫で下ろしたことを知られれば、忠誠心を疑われたかもしれない。
残る二名の目的地は港湾都市ポートベル。他国貴族の女と南部に知己のない北部貴族との組み合わせ。逃走ルートに使える道もさほど多くはない。捕まるのは時間の問題だと思っていた。ところがいまだ犯人を捕らえることができないでいた。
「たかが、商人に化けた男女二人。なぜ捕まらんのだ?」
テーブルに、クレセントの南地方が記してある地図を広げながら、短く整えたひげを神経質に引っ張る筆頭近衛騎士。
「ギルドへの要請も終えてます。乱心貴族が起した誘拐、としか伝えておりませぬが報酬は破格です。かなりの数の冒険者が捜索に乗り出していると聞き及んでいます」
「うーむ。カウウルのギルド長シャリーハット様も、黙ってはいないはずだ。ポートベルつづく街道は一本道、ほかにも別の町村へ向かう道はあるが全部に検問を張っている。いまだ捕まらないのが不思議だと思うのは、ワシだけか。いったい奴らはどこへ消えたのだ?」
「はい。されど目的地は港湾都市。そこに待つドリーヨーコの艦艇に子供を載せるのは容易に推測できます。それ以外考えられません。ポートベルの出入り口を封鎖している現状、捕まえるのは時間の問題かと」
自らの考えを踏襲した部下の言葉にかすかな安堵を覚える。
そう、時間の問題なのだ。
「たしかにそうだな。とにかくポートベルだ。入門を厳重にし、道の警戒に人を増やせ」
「ははっ」
部下はさっと敬礼しきびすを返して部屋を退去していった。一人きりになった司令室で再び胃薬の入っている袋を取り出した近衛騎士は、さっき飲んだのが最後だったことに気付いて、水だけをごくりと飲み干した。
「とっとと終わらせよう。早く王都に帰り、家族とともに【合わせ月の焚】を楽しむためにも」
パカッ、パカッ、パカッ、パカッ。
四騎の騎馬が誇りを舞い上げ、ゆっくり歩調で草原の街道を進んで行く。人の歩みより速いが騎馬としては遅い速度。カンの鈍い者にさえわかるほど、何かをまたは誰かを探しているような足取り。馬上の騎士は疲れた眼をこすりながら、誰もいない道の左右を監視していく。
「騎士長、この道にはいないんじゃないですか?」
「わからん」
「もっと、別の道を探しませんか? ほら、グウマの村への道とか」
「そちらは別の隊が探してる。口を開かないてないでその細い目を開いて見つけろ」
「ひどいなあ」
やる気のないやり取りが聞えたのも短時間のこと、はぁというため息だけを残して、四匹の騎馬の足音だけがむなしく進んでいく。
パカッ、パカッ、……パカ、……パカ …………。
いつしかその音も、遠くに去っていった。
「行ったのか?」
「そのようだね」
「ぼく……お腹すいた」
鋭いようなそうでもないような、あまり緊張感のない声が、騎馬が通過したすぐ横の深い林の中で会話している。一人目は男、二人目は女、三人目は子供の声だ。
『いいか、解除するぞ』
さらに三人とは別の声がするが姿はどこにも見えない。それはシエラの中にいる男、ウィルの十勝川真人だ。四人目である男が言葉を発するのと同時に草と木々が左右に動いて縮小して消え混み入った林が消失。その代わりに二頭立ての馬車が出現した。
「はっ!」
御者である女が軽くムチを叩くと、馬は素直に歩みはじめた。
「まったく、パスの誘拐がこうまでシツコイく捜索されるとは思わなかったよ。モリグズ、あんた知っていたんでしょう?」
馬を言い聞かせている女、シェラ・バイグッドが、馬車で伸びをしている男にボヤいた。顔立ちのはっきりした美しい金髪の女性だ。金髪には一房だけ黒髪が混じっている。
モリグスと呼ばれた男は心外だといきり立った。
「オレが知るか。全ては兄上が仕切っていたのだからな。しかし兄上とて包囲網がここまでのものとは思わなかったろう。もっとも、わかっていたところで、帝国の女傑に逆らえたとは思えないが。その兄上も、もうこの世には……」
モリグズもかなり整った顔をしている。事情を知らない者が見れば貴族の若夫婦に見えるかも知れない。実際どちらも貴族なのだが、ここにいる事情はかなり違っていた。
「なにを、しんみりしてるのよ。ポートベルにいるはずの鑑にこの子を届けないと、ギャズモル殿も浮かばれないわよ」
「勝手に、兄上を殺すなあ!」
兄が氷虎に襲われたときの光景を思い出したのか、急に身を縮めて震えだした。トラウマによる一種の発作である。事件から時間が経ったおかげかずいぶん軽くなってきているが、ときおり発症するようだ。
「あんたが言ったんでしょうに……バカだね」
「ぼく、お腹すいた」
シエラと空腹だと告げてきたのはパス。この二人に誘拐された、男の子だ。
「パス、あんたねえ、誘拐犯に食料を要求するんじゃないの。自分の立場を自覚しなさい。だいたい、食事ならさっき食べたばかりでしょう」
「さっきって、お昼のこと? とっくにお腹が空になってるよ。オヤツにリッコの実が食べたい!」
「そんなもの、あるわけないわ。そこにある焦げた魔物の肉でも食べてなさいよ」
シエラが指差したのは焼きすぎて炭になった肉。下手に棄てれば追っての見つかりかねないため放置されていた。パスはため息をつくと、食べられるものはないかと荷物を漁りだした。
パスが加わって数日。この物怖じしない子供がいることで、ギスギスした空気が薄まっていた。ごとごと揺れる馬車の中、リーダーのいないことで統制を欠いているが、賑やかなやり取りが日常になりはじめている。
そしてこれも日常の一つ。声だけの存在が迫る危険を告げてきた。
『お前ら黙れ、またべつのが来たぞ。今度のは冒険者か?』
「ええ?十分と走ってないのに」
『いいから馬車を端に寄せろ、シエラ』
「気安く呼ぶんじゃない。わたしはまだ、あんたを認めてないんだからね」
シエラは慣れた手つきで馬を操っていく。道から傍の原っぱへ馬車の方向を変えて進めると、すぐさま停止させた。
「どぅ、どうっ!」
声の主、十勝川真人がいるのは、シエラ内部の謎のコックピットの中だ。古き良き8ビットから64ビットタイプに進化し、バタンが立体化したゲーム操作機を器用に操っていく。
この世界にきてから大半の時間は、ABボタンの操作機を握って過ごしてきた。生前よりはるかに多い操作時間と、もっとこうなれば、という十勝川の願望が一致し操作機が進化したのが数日前。イメージがモノをいうウィルの賜物である。
「エリアを設定。四方はさっきと同じ10メートルもあればいいか、植生も同じで。野原にいきなりの林は不自然だな。幻惑する胞子を漂わせるとするか……」
リアルを映すモニターと、その下のブラウン管に映るマップエリア。両方をガン見し、都市開発ゲームの要領でピコピコ、カーソルを動かしながら、属性を選んでいく。
「よし、これでオーケーっと」
ピコっとボタン決定する十勝川。
馬車を停車させた場所はまばらが樹木が点在するだけの、地平まで続く草原地帯。視界的目標の少ない街道傍の一画が、若芽の絨毯に覆われていく、次いで、腰までの低木や、頭の高さ超える樹木げニョキニョキ成長して、林ができあがる。馬車を隠してしまった。
「木の高さとか種類は、不自然じゃないな? 主要時間は八十三秒か。さっきより15秒短縮した!ルーチン保存しとくか。いっそビヘイビアか」
よしっ、小さくガッツポーズをとる十勝川。
笑点就労後の投稿。なんか癖になってます。




