5 チーム訓練後編
「おい、フェア! 魔法は禁止だぞ」
距離はすでに10メートルをきっている。一秒二発撃てる連射魔銃を持っているのだ。射撃初心者であっても使えば一発くらいはフェアに命中するだろう。すでに勝利は見えているのだ。苦し紛れに魔法を使ってくるつもりかとレガレルが怒るのも無理は無い。
しかし、フェアバールは言葉を無視し魔法を使おうとする。自分からみて正面、レガレルには見えないその左後ろでは、三匹のオークどもが醜悪な面がまえで錆びた剣を掲げていた。
「伏せてレガレル! ウォーターアロー!!」
わりと寡黙な症状の急変に度肝を抜かれる。フェアバールがこういう態度を示すときは、ただ事ではないということだ。レガレルが身を伏せると、その頭上を水飛沫をひいた五本の水の矢が、オークめがけて飛んでいく。
ビシュ、シュシュシュシュッ!!
「グッ、ズブゥー」
何本かが到達してオークに当たったが、距離が遠くて致命傷になってない。
『こりゃあ、訓練どころじゃなさそうだね』
そう言ったモコトは〔心話〕と〔マップ〕を有効にし、複数の〔防御〕でいつものようにフェアバールを覆った。
『みんな、聞こえる? こっちにオークが出たよ? そっちは大丈夫?』
全員に話しかけながらも、クラウドポーチを操作してミニバンクとオヤバンクを実体化していく。現れた手製のぬいぐるみと剥製たちは、それぞれの行動に移っていく。ミニバンクは、空中高く昇って偵察。オヤバンクは、よたよたと歩いていき、レガレルをカバーする位置に陣取った。
「こちらアルファワン、魔物と交戦中だ! 何匹いるんだかわからない」
リーゼライの声が耳に届くと、双子がそれに続いた。
「こちらはグレ、あ、いえ、ファイアなんとか。カレ、いえ、もう一人のファイアなんとかが……ああもう! カレンが囲まれてるっ!」
低空を旋回しながら、周囲の情報をモニターしていくミニバンク。モコトは、集められた魔物をモニターに広がる〔マップ〕に表示していく。味方を青、囲んでいる敵対勢力を赤色、無関係と思われるものを黄色に決めて、瞬時にカラーリングしていく。
『あちゃー。フェア、困ったよ』
レガレルに駆け寄って、さらにウォータージャベリンを放つフェア。ウォーターアローより射程が短いがその分強力な魔法に、まず一匹を仕留める。オークの一匹が唸った。仲間が倒されたことで警戒を呼びかけているのか。こちらに近づくのをためらいった様子がみえる。おかげで、少しばかりの時間が稼げる。
「どうしたの、モコト?」
『敵は五十匹以上。完全に、包囲されてるよ』
色分けする前からわかっていたことだが、状況は芳しくない。こちらの仲間は、三箇所に別れており敵は多数。分断されて取り囲まれている格好だ。組織的に連携しているわけではないのだが、いたる所オークしかいない。人間の匂いに引き寄せられるように、自分達に迫ってきているのだ。
「なんで、オークが?」
合流したガスラーが、標準クラスの胸をむんと突き出す。心配そうな言葉とは裏腹に、オークごときがナンボのもんじゃと不敵な笑みが口元に浮かんでいる。
彼女の自信を裏付けているのは装備だ。
腰には短魔銃、右手に散弾魔銃、左には盾。本人いわく超接近スタイルで固めている。透明な盾は、昨日、グレンが壊した木製盾の代わりとしてモコトが作ったものだ。馬車に置いてるエアクッションと同じ素材を高質化したものだ、軽量かつ丈夫で弱い魔法程度なら防いでしまう。取り回しが楽なので殴る攻撃にも向くらしい。
魔法の使えないガスラーだが、短魔銃も散弾魔銃は、大気のマナをかき集めて弾を生成する。一発あたりの生成に時間がかかるが、生まれて初めての魔法道具を手にして、この上ないハイテンションのガスラーだった。
オークを近づけないよう散弾魔銃を向けているが、見たことのない武器がはたして魔物の牽制になっているのかは不明だ。近づいて来ないのは、むしろガスラーの迫力に気圧される部分が大きい。
「ずっと魔物の気配はあったんだよな。音に惹かれて集まってきちまったってところか?」
よっと、地面から起き上がったレガレルがガスラーの疑問に応える。リーゼライの声が〔心話〕と【通信機】の両方から同意してきた。
「そうだろうな。大したことないと楽観していたのが、この結果を招いた。考えが甘かったようだ」
そこまで言ったところで「声が聴きにくい」と【通信機】を切る気配がした。今はモコトを介在した〔心話〕で全員と話すことができている。声を発する必要はないのだが、誰かに聞かれる心配がないため、習慣で声をだしている。そうなると【通信機】とのちょっとしたハレーションがわずらわしくなる。ガスラーとレガレルも、自分の通信機のスイッチを切っていく。
ババババ!
バーンバーン……
遠くから銃声が響いてきた。
すぐ、リーゼライの冷静な口調が状況を告げてくる。
「また一匹倒したぞ。俺のいる場所は高台だから見通しが良い。グレンとカレンが囲まれてるのが見える」
「こっちも倒した。でもどんどん湧いてくるカナ」
かすかに木霊してきたのは、遠くにいるカレンの狙撃魔銃だったようだ。
オークどもは、フェアバール、レガレル、ガスラーを見回しながら、ジリジリと寄ってきている。豚を擬人化したような醜悪な顔つきの魔物が、三人を取り囲み、様子をうかがうように少しずつ少しずつ、その包囲網を小さくしていく。
「魔物の数は、それぞれ、何匹づつ?」
集団化した魔物に見つめられても臆した風のないフェアがモコトに訪ねた。大人の男性を怖がるくせに、こんなところに芯の強さが見えるとモコトは思う。
『だいたいだけど、ここに十五匹、リーゼくんとこに十匹、ファイア、じゃ無かった、グレンカレンちゃんには……うそ、二十匹以上?』
さっきのを最後に、双子の声のやりとりが少なくなってきている。話している余裕すらないのかも知れない。
「リーゼのところは、ほっといても大丈夫。早く片付けて二人の所に行くよ。モコト、あたしの武器って、どう使うのがいいの?」
『この場合は、走って突っ込むのが正しい! 』
「えっ!」
「俺たちは、どうすんだ?」
『とにかく撃ちまくること。レガくんのは、致命傷が難しいから弾をバラまく感じで。ガスラーさんはすり抜けて来た敵を二匹潰すこと』
「わかった」
「了解です」
数秒の間、思考停止していたフェアバールが目を丸くした。
「あたし、あの中に飛び込むの? 剣術なんて知らないよ」
『〔透過〕でフォローするから大丈夫。敵の攻撃はフェアに当たらない。剣を闇雲に振り回して』
「もう、わかった!」
『じゃみんな用意はいい? オヤバンクは撹乱ね』
他の二人がうなずくと、オヤバンクもキュイと鼻を鳴らす。
『いくよ。3、2、1、ゴー!!』
フェアバールが風の魔力を意識したとたん、握っていた棒が光の剣へと変化した。前に構えた風をはらんだ魔法剣をやっためたらに振り回しながら、オークの群れに飛び込んでいった。
「わ――――ッ!!」
魔法を警戒していたオークは、無防備に自分の方に走ってくる人間の子供の狂気に驚いた。が、それも一瞬のこと。メスとして犯すには小振りだが、食べごろの獲物がわざわざ狩られに来るのだ。歯をむき出した野性の嗤いを浮かべて、両手を広げて掴み取った。
確かに捕まえた。オークはそう思った。真正面の弱そうな小さな獲物を自慢の腕力で捉えたのだ逃すはずはない。ところがオークは何も抱えていなかった。広げた手の中には何もいない。いったい何が起こったんだと呻くいたが、それが生涯最後の行動となった。オークの上半身は、大地を踏みしめる下半身は離れ離れになる。風の刃でスッパリ切断された切り目を境にゆっくりと滑り落ちていく。
「また、一匹!」
フェアバールはオークの身体を〔透過〕ですり抜けると同時に、力任せに光の剣を真横に切り抜いた。どさり。背後から届いた鈍い音は、魔物の胴体が地面に落ちた証明か。気にしている余裕はない。目の前には、次のオークが待ち構えているのだから。
ダーン!!
ダダ! ダダダダ!
「グガアッ!」
岩と木が点々とする戦場を、ガスラーとレガレルの銃声が響き渡っていく。ケモノがいたとしても、どこかに逃げ去っているだろう。
『次、来るよ!』
「うん、早くしないとね」
汗で滑りそうな光の剣をフェアバールは握りなおした。




