20 相談
かなり短い話になってます。
久々に、あの人の登場です。
その夜。
思いもかけない相手から〔心話〕が入った。
『おい』
…………
『無視するな、俺だオレ』
十勝川真人だった。
絶対零度も裸足で逃げるほど低温のテンションをもって、私は受け答える。
「何のようかな? 私に御用だなんて、信じられないんですけど」
今は私のリラックスタイム。リクライニングシートに座って、夕食のときにもらった、余ったお酒とつまみをクラウドポーチから取り出して、ちびちびとくつろいでいるんだ。ついでに、最近の出来事の録画を再生して、今後のスキル運営に生かそうと考えている。フェアの抱き枕になってるが、ミニバンクの運用には、まだまだ隙がある。
ぽわんと緩んでる。そんな貴重な時間に、世界で一番聞きたくない声が割り込んできたわけだ。今ならば、視線でドライアイスを打ち壊す自信がある。
『オレも、別にお前となんか話したくねぇよ。だけど他に相談できる相手がいないんだ』
「私の前に、炭屋さんや、爆裂の村長さんに相談すれば?」
『話したが、埒があかねぇ。頼むよ』
珍しい。この男がここまで下手に出るとは、よほどのことがあったようだ。明日は、地面から雨が降るかもしれない。
初めてのことだが、ウィル同士の〔心話〕――この場合は〔通信〕のほうがしっくりくるか――は、残念なことに相手の顔が映し出される。十勝川のシワを寄せた困った顔が、モニターの20%ほどを占有していた。うっとうしい。消せないのかこれ。
「で、なんなの?」
『お前の宿主……って表現はおかしいんだが、あのフェアバって子と仲がいいよな? あれは、どうやった?』
「フェアバールだよ。どうもこうも、普通だけど」
『なんかきっかけがあったろう? オレはウェイブに邪険にされたからな』
ウェイブ? 炭屋のこと? いまさらなんの話しだろうか。最初は信じてもらえなかったとしても、今は助け合っているだろうに。
「ケンカでもしたの?」
『いや……ウェイブのことはいいんだ、フェアバールと仲良くなったときのことを聞きたい』
そう言われても、べつに変わったことはしていないけど。あのときは確か。
「ちょうど、村がゴブリンの襲撃を受けて、フェアが死にそうなときに出合った、かな」
神に押されてフェアの中に入ったんだけど、”中に入った”という言い方はしたくない。あれをきっかけとして、私達は出会ったんだから。
『ゴブリンの襲撃だぁ?』
「うん、そんで、使えるスキルを駆使して、なんとか助かったって感じ」
『その後、仲良くなったと?』
「まぁ、そうだね」
『それは、つり橋効果ってヤツか』
「つり橋?」
『つり橋だ。よく知ってるだろう。お前の地元を通ってる334号線は、まだロープの吊り橋を現役で使ってるって聞いたぞ?』
「しっかりしたアスファルトだよ。どこの田舎だ」
『とにかくだ。怖い場所で一緒に怖がってると恋愛とか友情とかが芽生えて、仲良くなれるっていう、お得なシステム。それを吊り橋効果というらしい』
聞いたことがあるような気がするけど、どこか違ってないか?
「誰なのかは知らないけど、あんたが仲良くなりたい相手がいるってことね? それはよかった。じゃね」
十勝川との〔心話〕を遮断しようと、パネルに手を伸ばす。
『まてまて、もう一つだけっ!』
「吊り橋でも、なんでもやればいい。もう用はないでしょ」
『俺からの質問は終わりだ。聞きたいことじゃない。むしろアドバイスになる』
「アドバイス?」
首をひねる。こいつから、私が聞きたいと思えるほどの有益な情報が思いつかない。あるとすればスキルの使い方くらいか。いま、便利に使ってる〔情報〕のスキルは、十勝川から奪ったものだし。
『ツェルト村に連絡してみろ。お前の仲間の村だ。一人くらい、心話できる奴がいるんだろ? それだけだ』
画面を占めていた十勝川の顔が消えて、通信が終わった。いま映し出されているのは、フェアの位置から見える部屋の中と、二匹のミニバンクからのモニター映像のみ。一匹はホテルの屋上で、ころりんと転がってる。
ツェルト村に連絡しろだって。どういうコトだろう。そういえば、村長と話したのは、村を出てから一度きり。プルカーンから出発してカウウルに及ぶまでの出来事を知らせなきゃと思ってたところだ。
なぜ十勝川が、そんなことを言うんだ?
ベッドのフェアが、うーんとうなって寝返りをうつと、映しだされている部屋の景色も反転した。もう一匹のミニバンクからはフェアのアップ映像が送られてきている。鼻の穴が拡大されている、かわいらしい寝顔に、私の頬が緩む。
「村長なら、まだ、起きてるかな?」
メニューから〔心話〕を選ぶと、ツリー状並んだ相手から、村長を探し当てる。
「ハロー、CQCQ」




