19 静寂のあとで
「お、お前、いい度胸をしてやがるなっ!」
湯気が立つほど怒りで真っ赤になった剣士は、声を震わせながら、腰に携えた金細工を施した剣に手を延ばした。
「これ、どうするのリーゼ?」
「特に予定はない」
「ええええ?」
剣を鞘から抜く剣士。
ぎゃりんという鈍い音が、広いロビーの隅々を満たす。
「どこのガキだか知らんが、大人をからかう怖さを教えてやろう」
慣れた手つきで剣を構えると、肩を怒らせてジリジリと迫ってくる。
とりあえず、剣を抜いた人をAと呼ぼうか。って、名前つけてる場合じゃない。
「魔法って、使っていいのか?ここは?」
「いや、ギルドの中は争い禁止だと思う。問題になれば俺たちの目的も果たせなくなるぞ」
レガレルとリーゼのごしょごしょ話してる。しゃべってる余裕ないと思うけど。
なぜか気持ちに余裕があるのか自分でも不思議。理由を考えると簡単なことだ。この剣士さんたちが、あんまり強そうに見えないんだよね。二人を注意できないな。
アーヴァンクやラインハルトのとき、なによりも、二百匹のゴブリン騒動のときのほうが、怖かったし緊張した。あのときは、本当に死ぬかと思ってたし。
「おしゃべりか。さぞかし、自分の魔法に自信があるんだろう。この国の魔法使いは、みんなそうだ。だが、魔法には弱点がある――」
剣士Aが、剣をブンブンと振り回しだした。
すぐ後ろのBとCも、うすら笑いを浮かべている。
受付のお姉さんの顔がほんのちょっと見えた。胸の前で両手を握りしめて 心もとない風だ。急な展開に驚いているのか、それとも矛先が変わって安心しているのか。よく分からない。
「――詠唱には時間がかかるってことだっ!」
Aは、握り締めた剣をいったん頭上に大きく振りあげると、リーゼめがけて突進してきた。あたしは短い防御魔法を唱える。「護れ、エア…」しかし、リーゼがあたしの口を塞いで詠唱を遮った。
どうして?
剣士はもう、すぐ間近に迫ってきている。虫歯だらけの口を大きく開けて、口の量端がこれ以上ないくらい嫌らしくきり上がっている。
「ひゃっはー、あの世で勉強してろぉ!!」
力かませに諸手で振り下ろされた剣が、リーゼの頭をとらえた。
だめ、切られる。
あたしは思わず目をつむり、彼の体を引っ張ろうとした時、ふいに頭の上の風を乱して、何かが動いた。
がっきーん!
剣は、力の抜けた音をたてた。
「なんだ?」
この間抜けな声は、剣士Aか。
おそるおそる頭をあげて目を開くと、剣はリーゼの上で止まっていた。頭を切り裂くはずの凶器が、中途で止められた。剣士はそれを信じられない目で見ている。あたしも信じられない。
良く見れば、剣とリーゼのあいだには、見慣れた物体が挟まっていた。
十分になめした肌触りのよい毛皮。元が魔物であったとは信じられない愛らしい表情。腕にしっかりと収まる三頭身のスタイル。
「み、ミニバンク?」
『そう。ミニバンクだよ。無茶するよね、リーゼくん』
食後の会話のようにくつろいでいる、モコトの言葉が頭に流れる。
「助けてくれると思ってたんですよ」
リーゼも、お茶受けが増えて喜んでいるような暢気さで返す。
でも、いつのまにミニバンクがやってきたの。どこにも見えなかったのに。
「街の上を飛ばしていたんじゃ?」
『街の地図は完成した。せっかく二匹いるからね。一匹戻して〔隠蔽〕で頭上に浮かべてたんだよ』
剣士たちは、初めて見たミニバンクに困惑していた。冒険者たちの間からも、なんだ?という声が聞こえてくる。後で説明しなきゃいけないなら、さっさと宿に帰りたい気分。
「そっちの女は、人形使いだったのか!」
剣士Aがあたしをにらんできた。ちがう。モコトのミニバンクだよ。
剣がとまった理由が分からないで、一瞬、混乱していたようだけど、気を取り直したようだ。弾かれた剣を引き戻すなり、ふたたび、下手な剣技で切り伏せようとしてきた。
がしん!
今度も、ミニバンクが邪魔をする。
「く、くそがっ!」
がしん!
がしん!
がしん!
上から、右から、左手から。何度も何度もリーゼを斬ろうとするが、その度に、素早く回り込んだミニバンクが剣先を頭で、ぽんぽん弾き返していく。
「切れない! 斬れない! ただのでかい毛虫のおくせに、なんで剣が通らない?」
余裕をなくした口元からは、とっくに笑いが消えていて、そのかわり、ダラダラと汗を流し始めている。
『百年やっても無理だね。防御膜を張ってるから、そこらの剣じゃ傷もつかない』
相手の耳に入ったらきっと怒るよね。リーゼなんか退屈そうにあくびをしている。
「何やってんだ。とっとと片づけろ」
仲間のだらしなさに呆れたのか、剣士BとCが自分の剣に手をかけた。加勢するつもりだ。まずいなぁ。ミニバンクがどれだけ素早くても、剣士三人を相手にするのは分が悪いと思う。今度こそ、魔法で防御しよう。
剣士たちを閉じ込める水の壁魔法を詠唱しようとすると、とてつもない大きな声がロビー中に響き渡った。
「そこのお前たち! 何をしとるんだっ!」
あまりの大音量に空気がビリビリと震え、天井からぶら下がっている風送りの羽根もぶるぶる震えた。あたしも思わず両手で耳を抑え込む。詠唱どころじゃない。レガレルとお姉さんも、耳を塞いでる。
剣士たちをみると、剣をもった姿勢のまま固まってしまい、動けないでいる。
見回すと、ほかの冒険者たちは足をすくませていた。
《すっごい声だねぇ。レジスト魔法より性質が悪そう》
そっか、あたしは詠唱を止めたんじゃなくて、止めさせられたのか。声の主はどこだろうと、辺りをきょろきょろ見回す。いつの間に来たのか、ギルド事務所側に何人もの大人が立っていた。窓口のお姉さんが、その一人の方へ駆け寄っていった。
「しぶちょ~っ!」
しぶちょ?
「支部長のことだろうな」
支部長と呼ばれた人は、どうやら背の低い女性のようだ。同じく背の低いあたしからは、カウンターが邪魔になって頭の上しかみえない。
あっ。椅子の上にあがったらしい。上半身が見えたけど、自分の目を疑った。信じられないことに童顔なんだ。さっきの迫力ある声と顔が一致しない。いくつなんだろう。お姉さんの頭に手を置くと、よしよしと言ってなだめている。
「怖かったんですよ。あの剣士さんたちが、傷だらけのオークを高値で買い取れって、脅かしてくるんですっ! 本当に傷が多くてほとんど生ゴミみたいなオークなんです。そこの魔法使いさんたちが、かばってくれなかったら、今頃は……」
「ごめん。一人だけ残してしまって悪かったな。これだから冒険者ってヤツは。まあ、かんべんしてやれ。お前のほうも、そろそろ、荒くれ者相手の仕事になれろよ」
ふえーん、とベソをかくお姉さん。
その絵面は、小さな妹にあやしてもらってる姉といった風情だ。
「で、それはそれとして」
椅子から降りて見えなくなった支部長は、今度はカウンターを回ってこちらにやってきた。剣士たちは、氷魔法から開放されたように動き出すと、大慌てて剣を鞘に収めた。
支部長は、そんな剣士たちを人にらみすると、静に口を開いた。
「そこな剣士。アボット、ベール、チャーリー」
名前の頭文字が、本当にABCだったと思ったのは秘密だ。笑いで肩が震えないようにしないと。くくく。
「お前たち、いつもいつも、目が届かない場所で、うちの子に無理を押し付けやがって。加えてこの騒動。さすがに今回は目こぼしはできない。登録を抹消させてもらう」
剣士Aが、ぺこぺこしながら言い訳を始めた。アボットかなベールかな? ABCが私と一致してると限らないから。
「騒動については、俺たちのせいじゃない。はじめに絡んできたのはそいつだ」
「ほう? 本当か?」
見た目だけはあたしと変わらない支部長が、リーゼに目を向ける。鋭いけれどどこか疲れた瞳。ぜったい、同年代のはずがないない。リーゼはなんと言う?
「その通りですね。彼らに言いがかりをつけたのは、ぼくのほうです」
りぃぃ~ぜぇぇぇ~。正直すぎる!
冒険者登録ができなくなるでしょう!!
支部長さんの目が、ほんの少し細くなったと思ったら、穏やかに目じりが下がった。そして、剣士に向きあう。
「ここがギルド内部でよかったな?、お前たちは剥奪だけで終わるんだ」
「どういう?」
「先だって、ギルドに2つの情報が入った。ひとつは、プルカーンまでの街道で悪さをしていたラインハルトが捕まったこと。もうひとつは、武器屋にワイバーンが持ち込まれたこと。職員が一人になったのは、みんなでワイバーンを見に行ってたせいだ」
「なんだって!」
剣士やギルド内に、ざわめきがおこった。
「食わせ物のラインハルトか?」
「何代目だっけ? 商人を襲うってあれか」
「いい気味だ。で、ワイバーンだって?」
「オレ、一度も見たことないど」
「あたしは、飛んでるやつは見たことある、でっかいよ」
「そんなのを倒したやつがいるのか?」
「オレの村は、去年襲われたんだ……」
広がったざわめきは、おさまる気配がない。どっちとも、あたしたちだよね。まずいことをしてしまったのかな。
『少なくとも、手を挙げにくい雰囲気はある』
支部長が手を挙げると、冒険者たちのおしゃべりが一斉に停止した。この支部長はなんなの。この手なずけは驚異的。ただのギルドの責任者と思えない。
「成し遂げたのは、五人の子供の魔法使いだという話しだ。ツェルト村三人プルカーンの二人。しかも一人はたった11歳の女の子という」
あたしの顔をまじまじとみてくる。童顔なのに大人。いや、種族によっては人間の何倍も生きることもあるという。歳は100歳でも、その種族では子供ってこともあるかもしれない。
「おそらくはキミだろう。人形使いさん?」
人形使いじゃない。11歳の女の子はあたし1人だけど、ラインハルトもワイバーンも、みんなでやったこと。とくにモコトが。そんなこんなをうまく説明できないし。なんていえばいいの。掴んでいたリーゼのローブを握る手に汗がにじむ。
あたしが何も言えないでいると、支部長はあきらめたようにかわいらしく小首をかしげる。そのまま話を続けてくれた。
「こいつらが、キミたちと出会ったのが森であったなら、無事ではいられなかったろうよ?」
ふんっと小さく息を吐く。言われた剣士たちはいきりたった。
「俺たちが、こんなちびどもに負けるってか?」
「その通りだ。それも、完膚なきまでコテンパンにな」
支部長さん。せっかく剣をしまったのに、焚き付けないでほしい。
「毛も生えてないガキ相手に、負けるはずかるかぁ」
ぽっ
わ、わ、いきなりなんてことを言うのこの人は。赤くなってしまったじゃない。
下品なセリフは剣士A。怒り心頭の見本のような顔をしてる。ふたたび柄に手をかけた形相は鬼のように歪む。支部長は、何を考えているのか涼しい顔をしている。リーゼも同類だ。
「いくら騒いだところで、弱いものは弱いのだよ剣士くんたち。とっとと出ていくがいい」
右手は出口を指差してるけど、抜くなら抜けとばかりに、いっさいの隙をみせない。かなり強いんだろうな。あたしには分からないけど、剣士たちはそれを知ってるんだ。抜こう構えはしたけど、その状態から動けないでいる。
ふたたび緊張に包まれたギルドに、新たな空気が送り込まれた。
ばたんっ!
扉が開く音がすると、間髪おかずに聞き覚えのある声がした。
「ねぇ。こういう場合ってどうなるの、カレン? あたしたち犯罪者?」
「知らないわよ。この人たちが襲ってきたんだから。あたしたちのせいじゃない」
ギルドに入ってきたのは、双子の火魔法使いだった。
ついさっき別れたのに、なんでギルドに?
「グレンちゃん、カレンちゃん、どうしたの?」
「なんかね、このグレイスさんて人が街を案内してくれるっていうから、喜んでついていったのに」
「案内されたのは裏の暗い道でね。ぞろぞろ男の人が集まってきて、剣をつきつけてきたの」
カレンちゃんが、握っていた細い紐をひっぱると、空きっぱなしの扉から、四人の男女がふよふよと浮いて入ってくる。四人とも手足が縛られて身動きができない。しかも、服も顔も丸焦げになっており、ぼろをまとった裸といったほうが近い。かろうじて一人に胸を発見し、それが女の人だとわかった。ほかは区別がつかない。
「あたしの、炎のクモの巣でちょっと火傷を負わせて、あとはグレンの炎の竜巻で一網打尽ってね」
「あんたたちが、プルカーン組みかい?」
支部長が質問する。
「そうだけど? あなたは?」
「あたしは、ここの支部長だ」
「えー?お子様なのに?」
「フェアちゃんと同じくらいなのに?」
荒くれ者の冒険者たちを押さえつける力がなければ、ギルド支部長なんか勤まらないとおもう。剣士たちが縮こまる姿をあたしはみてるけど、双子はそうじゃない。信じられないのは無理ないか。
その彼女が、捕まってる人たちをため息混じりに見ている。
ロビーまで浮かせて連れてた襲撃人たちが、床に置かれた。
「グレイスとその仲間か。どいつが新人殺しかと思ってたんだが、あんたが首謀者だったとはね。こいつらは、街の警備兵に引き渡す」
支部長の合図で、十人以上のたくましいギルド職員が、グレイスと呼ばれた人とその仲間を引き連れていった。
「グレンちゃん、浮遊魔法を使えたっけ?」
「それは、あれね」
グレンちゃんが、上の方を指さす。予想はついてたけどね。そこにいたのはミニバンクだった。つまりモコトが、手伝いをしたってことになる。
『へっへ~。返り討ちしてるのが見えたからね。ここまで運んできた』
「もう、なんでもできるんだね」
『攻撃が無理なのが、残念!!』
「さて、これでわかったかな?」
なんのこと?
支部長の視線の先に眼をやると、棒立ちになっていた剣士たちがいる。そうだった。彼らがひと暴れしようとしていたのを完全に忘れていた。
「グレイスたちは、あんたらよりも弱かったっけ? この子らに勝てる自信があるなら好きにしな」
しばらく顔を見合っていた剣士たち。やがて柄から手を離すと、すごすごと、ギルドから退散していった。
「は~……やっと終わった」
「何いってんだ? 長いのはこれからだよ」
支部長さんが、ハチミツさえ溶けそうな笑顔で、あたしたち五人を見まわした。
「はい?」
「冒険者登録にきたんだろ? ヨシュアから聞いてるよ。聞きたいことも山ほどあるからね。帰れると思わないことだね」
宿に戻れたのは、日が落ちてさらに時間が過ぎてからだった。「女の子の笑顔は怖い」としきりにレガレルが言っていた。一緒にしないでね。
今日も読んでいただき、ありがとうございますっ




