8 盗賊の騎士道
魔法国クレセントは、貧乏な国だ。魔物や獣は多いので、食べるには困らないが、大地が痩せているので育つ作物に限りがある。穀物の大半は他国との交易頼みだ。
巣食う盗賊は国民の成れの果て。事情を知ってるので村人を襲うことはない。奪い取る相手は商人か貴族に限っていたし、あまり手荒なマネは控えていると言われている。
街道は一本道。Uターンの出来る自動車ならともかく、道を塞がれた馬車は、止まることしかできない。丸太を繋いだ柵を横並びに置かれた通せんぼに、三台の馬車はなす術なく停止した。
「どうどうっ」
ガスラーが、馬たちを沈めようとするがなかなか言うことを聞いてくれない。出発からあまり時間が経っておらず、もっと走りたかったのか。荒ぶる四頭の興奮が収まるまでややしばらくかかった。
「お、お客様がたは、降りないように」
どうにか静かになった馬の世話をレガレルに押し付けて、持ち前の責任感から、一人だけ降りて、先頭の方に駆け出した。レガレルの「オレたちはどうする?」という声がするが、とにかく状況を確かめたい。
停車している馬車を大急ぎで過ぎていく。馬車の進行を留めるためのバリケードがあり、そのすぐ後ろには10人あまりの盗賊達が並ぶ。こちら側には、各馬車を率いている商人たちと専属の護衛、それに国が手配している4人の護衛騎士が構えている。
騎士は蔵にまたがったまま臨戦態勢を崩さない。護衛たちは左右に分かれ、油断無く構える。皆、前方の盗賊に目を光らせる。
「よ、ヨシュアさん!」
年配の商人をみつけ、息を切らして近寄っていく。彼は同じ商会に勤めている人であり、商売をコツを教えてくれた大先輩だ。弱弱しい名前に似合わず豊かなヒゲを蓄えた風貌から山賊に間違えられることもある。ついてに言うとプルカーン武具店主の弟にあたる。
「シュリか。王都までのツアコンなんて大仕事、初めてで大変だろう。ガキどもは不安がってないか?」
「不安を感じるような子は、幸いにも乗ってません。私のほうが頼ってばっかりです。それよりどうなってるんです? 向こうの要求は?」
「これから始まるところだ。なぁに。金を掴ませれば大人しく引くさ。いつもどおりにな」
ヨシュアがそう決め付けてると、盗賊中からの代表者がバリケードのスグ前に出てきた。銀色に輝く鎧姿は盗賊とは思えないほど身綺麗いだ。爽やかな笑顔は貴族と言っても通用するだろう。剣を大きく掲げると、心地よいアルトが空気を震わす。
「やあやあ、紳士淑女の諸君っ。本日は、我が《高潔の刃》のためにご足労いただき、感謝の言葉もない。私はリーダー兼広報を担当している、ラインハルト・ペンドラゴンと申す。以後、お見知りおきを」
「……」
一同は静まり返った。
風魔法を働かせた発声に、正面にいる商人達の空気がビリビリ震える。声は、最後列の馬車まで悠々と届くほど大きい。街道を挟む山々に木霊し、怯えた小鳥達が飛び去った。若干の緊張をはらむガスラー。対してヨシュアや騎士らは無表情になった。
『盗賊……なんだよね?』
ガスラーに聞えたのは、疑問を浮かべたモコトの声使いだ。来るなと言ったのに、とフェアバールの影を探すが見当たらない。そういえば心話を繋いだままということに思い当たった。
「諸君も知る通り、二年に一度、二つの月が重なる時がすぐ間近にと迫ってきている。そう【クロスルア】だ――」
『二つの月? くろするあ?』
さらに不思議そうなモコト。天空に見えている月は一つだけ。もう一つとやらは、どこにあるのかと思ってるんだろうけど、彼女の能力であっても目に捉えられるはずがない。
二つの月は動きも明るさも違う。暗緑月は動きが遅く、半年かけて一周する。普段でもでも暗いうえに新月がとても長い。合わせ月を前にしたこの時期、時間によっては明黄月の明るさにまぎれてしまい、消えたようになっているのだ。
『へえ。で、くろするあとは?』
誰かが、急ぎ説明したようだ。おそらくは、物知りを自慢するリーゼライ少年だろう。くろするあとは、もちろん王都で開かれる【合わせ月の焚】のこと。
『月が合わさる時期に開催される、イベントねえ。まるでオリンピックみたい。あっちは、閏年の四年だけど』
変なところに興味を示すものだと、ガスラーは感心する。彼女が発する言葉には馴染みのないフレーズがよく混じって興味深い。それを言ってしまえば、存在自体が興味深いといえる。と、思いを馳せるが、いまは盗賊の話に集中すべきときだと頭を切り替えた。
「――魔法の腕を競う祭典だと言えば耳障りは良いであろう。だが諸君、虚飾された趣旨に騙されてはいけない。あのイベントの実体は、大国による我が国民への公開隷属催事会なのである。周辺国にとってクレセント国は最下層民。こちらから従順な人身御供を差し出すための斡旋所に過ぎないのだ。このような理不尽、決して許されるものでなく、それを認めた王家も同罪である。キミ達にも志しというものがあるのなら、我らの同士になれ」
熱っぽく演説する男。囲んでいる盗賊連中は感激しているようで、目がうるうるしている。
『言ってることは、まともだね。彼らは政治結社で、国の糾弾を目論んでるの?』
それなら良い。いや良くないけど意気は買えるのだ。ガスラーはため息をつく。
「――そうはいっても都合というものもあろう。もしも、応ずることができぬのなら、友情の証に物資の提供でも構わない。もちろん仲間になっても良い。いずれとも、喜んで迎え入れよう」
国力を背景にした大国の不当要求。それを実践している国へ抵抗するという主張。その上での、賛同者の募集と資金提供の呼びかけ。寸分たがわずいつもの通りの文言を言い放ち、盗賊の演説は終了した。
《高潔の刃》ラインハルトが剣を下ろすのを待って、ヨシュアか前にでる。
こちら側のターンだ。
「ご高説いたみいるラインハルト殿。貴方がたの高貴なる志、胸に沁み通りました。我々はしがない商人ながら、国を憂える気持ちは同じ。せめてもの足しに、僅かながらの資金を提供させていただきます」
「おお商人どの。これはカタジケナイ」
大きな手振りで喜ぶ盗賊たち。ヨシュアは、お金の入った巾着袋を懐から取り出しながら前に出ると、ラインハルトがありがたそうに受け取った。バリケードを挟んでのやり取りに、モコトが感想を述べる。
『うーん。私には、最後、台本を読み上げてるようにか聞こえなかった』
その通り。よい感をしている。誰か彼女に教えてあけてほしい。
これは茶番だと。
いつから始まったのかは知らないが、口上は決まっているのだ。馬車の行く手を阻んだ後は、障害物を挟んで、いつも決まったセリフをやり取りする。商人から金品や食べ物を受け取ると、こちらを開放してくれる。そういう手順なのだ。
彼らは本当の盗賊ではない。盗賊ではなく地元に戻れなくなった魔法使いである。なぜこんなことをしているのか。原因は【合わせ月の焚】のシステムに端を発している。
【合わせ月の焚】参加者は多い。国は旅費を免除して若者達を集めるので、村や町から推薦された魔法使いがワンサカ集まってくる。しかし術者がすべて採用されるわけではない。田舎で優秀だったとしても、全国から一同に集まった中で競争があるので、落ちこぼれが生まれる。
仕官できなかった者や、他国や商会の目に留まらなかった者は地元に帰ることになるが、帰りの旅費は実費。遠い道のりの馬車と宿代。徒歩と野宿で節約したとしても食料は必要。決して安い金額ではない。どうやって戻るかを考えたとき、その者の選択は立場によって異なる。
1 旅費のある裕福なケース
A 素直に帰る者
B 住み着く者
C プライドが邪魔して帰れない者
2 旅費のない貧乏なケース
A 冒険者として稼いで帰る者
B 普通の仕事を探して稼いで帰る者
C とりあえず岐路に着く者
D 住み着く者
旅費を貯めた後も予定通り帰郷する者は多いが、愛着ができて住み着いてしまう者もいる。1でも2でも、問題になるのはCの場合だ。2のケースでは、無事に帰る着いたり途中の村に落ち着く者がいる反面、本当に盗賊になることがある。
そして最後、1のCが《高潔の刃》などになるのだ。魔法力が拙いからどこにも選ばれなかったが、プライドが高いから領地には戻らない。彼らは、嫡男でない貴族である事例が多い。奪うことを由としないが、自ら稼ぐこともしない。その結果、高邁なスローガンを持ち出して、行き交う商人にせびる集団が出来上がったというわけだ。
『つまり、就職に失敗したゆとり世代か。うぅ。身につまされる。え?グレンとカレンの父さんも、昔、参加してたの?』
「なんですって?」
驚きの事実。思いのほか出入りはフリーダムらしい。金を渡し、そそくさと取って返したヨシュアが小声でささやく。さっきとは違って顔色がわるい。
「何を騒いでるんだ? 自分のところへ戻れ。やつらがバリケードを解いだらスグ出発だ」
そういって自らも馬車に戻ろうとする。その背中を心地よいアルトが呼び止める。
「たしかに、ありがたくいただきますが。我々も、所帯が大きくなりましてね」
うん? とヨシュアが振り返る。
「これでは足りないのですよ。だから――」
彼らの人数は11人。騎士や弓使い盾使いなどの姿をしている。錬度や技術に差があるとしても、やっかいなことに全員が魔法使いだ。注意を怠った自分の責任だとガスラーは歯を食いしばる。
バリケード境にして互いの姿勢は対照的であった。こちらの護衛は油断はしていないものの、陣形というものがない。いっぽう対峙している集団は、三列の攻撃陣をなしていた。それどころか、最後列のメイジは魔法の詠唱のまっ最中。すぐにも何らかの魔法が放たれる状態にあった。
「――全てを置いていっていただきたいと思います」
なんだか、説明くさくなってすみません。
もっとスカッと進めたいのですが、ぼくの中の何かが邪魔します




