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4 誘拐犯の言い分

ツェルト村の誘拐その後、後編です


「そうですわね……」


 指名を受けたメルクリートが、村長の肩越しに男を検分する。ほかの村人が後ろへ下がると、騎士が王女の左右を護る。村長とは一転する真っ直ぐな瞳。じっと向けられた視線に抗いきれず、その男王女の瞳を直視する。


「ま、まさか、だ、第三王女さま…?」


 ギャズモル目を見開く。

 ここは国の中心かのはるか南側だ。目ぼしい産業も収穫物もない片田舎の村。そんな場所に監督をしてる女貴族なんぞ、食いはぐれた貴族の子女か、よほどの物好きであろう多寡をくくっていたのだ。ところが目の前に登場したのは王の娘。なんども目を凝らすが間違いない。辺境貴族の悲しい習性で態度を一変。居住まいを正すと最上の礼をささげる。


「私を、ご存知なのですね?」


「もちろんでございます」


 金髪ストレート腰までのロン毛。腰を飾る細工を凝らした細剣。小さな身長もあいまって、童女にしかみえない尊顔は、もはや見間違いようがない。三年前、領地を継ぐ際の謁見で目にした王女だ。たった一度だけのことだが、王族の一族を見ることなど、辺境の男爵ではそうそうおこるものではなく、しかと目に焼き付けておいた。とくに三女の変わり者ぶりは有名であり、可憐さも相まって強烈に覚えていたのだ。


「そなたの、名前を申しなさい」


「……ギャズモル・バーンダルシ男爵にございます」


 高貴な一族にのみ宿るカリスマ性。可憐な瞳に見え隠れする強い意思。ギャズモルは、その言葉に抗うことができず、ついに素性を明かす。


「おお。辺境バーンレッド領の領主ですわね。その方が、なにゆえ村人の誘拐などと」


「……我が領は、貧困にあえいでおります。今に始まったことではありませぬが……むろん、手をこまねいてたばかりではなく、農地改革にも取り込みました。しかし、どれも思うようにはいかず、貧乏は極まるばかり。国にも窮状を訴えましたがなしのつぶて……」


「おいまて、男爵さんよ」


 自領の状況をつらつら話し出すギャズモルに、村長が横槍をいれた。こちらは誘拐の裏事情を聞きだそうとしている。男爵だかなんだか他領の話しなど興味はないのだ。しかし男は憮然としている。村人ごときがなぜ止めるとばかりに村長を睨み付ける。メルクリートは、話しをとめた村長に感謝する。


「困っていることは理解しました。でもそのことと、この直轄村の子供の誘拐は別のことであると存じますが?」


「我が領は辺境ゆえ、他国との流通なしでは成り立ちませぬ。有力な貴族の後ろ盾や、王家の支援があれば、そんな必要もないのですが、隣国とよしみを通じる知恵も重要な政にございます」


さらに続けるギャズモル。子供をさらったことなどどうでもとばかりに、収める領内の状況のみを話す。


「窮状はどこも同じです。王家とて贅沢をしているわけではありません。バーンレッド領だけではなく、他国との貿易はそうした意味で国是。報告のみいただけれは、裁量は、お任せしてあるはずです」


 メルクリートは、派手なため息をついた。


「でも今は、政のことではありません。此度、あなたがしでかした事について、聞いているのです」


 いいかげんに終わりにて本題に入れと思うメルクリート。ギャズモルは再び黙秘する。


「わかりました。バーンレッド領のこと、検討いたしましょう。本来、あなたが要求できる立場にではないのですが」


「姫さん、人が良すぎるぜ」


 呆れ顔をする村長。ギャズモルは、自領の件を聞き届けでもらえたことに安堵。ようやく、聞かれたことに答え始める。


「二月ほど前のことになりますが。さるお方から持ちかけられた取引が、このツェルト村の調査でありました」


「さるお方? 話しの流れからすると、他国ということなのでしょうね。村の事はどこから知ったのか言っておりました?」


「それはわかりませぬ。しかし私にも、噂は聞こえておりました。複数魔法の使い手ばかリ集めた村が、実は回復魔法村であるかもしれぬと。炎魔法の村や、風魔法の村はいくつかあります。回復魔法の村もありそうな事だと、さる方は考えたのでしょう」


「あなたは何故、ここが回復魔法村と確信したのですか。他所からみれば、国内の普通の魔法村にしか見えないはずです」


「それは……」


 ここで始めて、ギャズモルが言い淀む。じつは3つほど候補があったのだ。一番最初の村がツェルト村だったのは単なる偶然だ。ためらった理由となるのは、村の対応を探った方法だ。200匹ものゴブリンを襲撃させるという荒技は、調査で使う手段としては常軌を逸してると、ギャズモルも分かっている。


 ここが他の魔法村だったなら、得意魔法で撃退していたことだろう。火なら火土なら土などといった按配だが、その場合、死傷者がでるのは免れない。回復魔法を使える者が少ないのはどの魔法村も同じ。人的損害ゼロはあり得なかったろう。短時間で結果を出すためにとった方法なのだが、話してしまえばさきほどの領内検討の話しが流れる危険がある。それを正直に暴露するほどバカではない。


 しかしそのギャズモルの逡巡は、易々と看破された。


「なるほど、ゴブリンだな?」


 ぼそりと村長が言う。ばれたかと、ギャズモルは舌をまいた。勘のいいやつがいたものだ。そっと苦笑いが口から漏れる。


「あの襲撃、あれが、あなたの策略だったというのですか? 怪我人がいなかったなら良いいようなものの、どうしてあのような酷いことをなさるのです!」


 王女のその言葉を聴いたとたん、ギャズモルの口元から笑いが消えた。貴族の顔すらなくなり、一個の人間として疲れ切った顔を向けてくる。


「ふ。確信しましたよ、王女さま」

 

「なにを、確信したのでしょう?」


「始めは、我が領への支援が目的で受けた調査だったのですがね。この村の異常性を知った今はこう思います。王家にとって我々などどうでも良いのだ、と」


「何を言います?そのようなことは、決してありません」


「怪我人がいなかったと、言いましたね? 我が領に、回復魔法遣いが、どれほどいると思います? たったの一人ですよ。老齢の神官が一人です。治療が行き届かず、大怪我はおろか、小さな傷でさえ、命を落とすことがあるのです。この村の人間を二、三人回していただけけるだけで、無用な死は免れるのですが、それを、あなたたちは、秘匿している。きっと、自分たちの側近として、配備しているのでしょう。民の事など、些かも考えていない証拠ではありませぬか?」


 ギャズモルは、そこまで一気に捲したてると、礼の姿勢を崩して座り込んでしまった。なにか言い分はあるかと、王女を睨みつけている。


 メルクリートは、村長の方を振り返りたい衝動を抑える。弱みを見せてはいけない局面だ。国の中枢にある立場とはいえ、若干21歳。こうした糾弾まがいを受けた経験はない。王の側に長らく仕えていた《奇跡のジェジェ》なら助言も的確なはず。意見を聞きたいと痛烈に思う。がしかし、今それをやるのは下策だ。男爵に侮られてしまえば、肝心なことを聞き出せなくなる恐れがある。


 どう答えるのが正しいのだろう。向こうの言い分は、明らかな理論のすり替えなのだが、厄介なことに真実を含んでいる。ギャズモルの言葉は重い。しかしそれは地方レベル。自領のことしか頭にない男の意見は国政には通用しない。


『姫さん、いちいち聞いてやることはない。論破しちまえ』


 村長からの心話。その手があったことをすっかり忘れていた。彼は、父からの信頼を得る反面、重鎮たちから疎まれた。その人を食った発言は健在だった。いつもの歯に衣を着せない言い草に、思わず吹き出す。


 メルクリートの笑い声にギャズモルが眉をひそめる。彼女は、狭い視野しか持たない男爵を改めてまっすぐ見つめ返す。


「そうですわね。貴重な意見として、しかと記憶にとどめておきましょう。では、ここで数字の話しをしませんか?」


「数字でございますか?」


「そう。数字です。このツェルト村には、958人が住んでいます。村と言うには数が多いのですが。十五歳未満の子供や60歳以上の年寄りも含っまれています。それでですね。わが国にはどれだけの村や町があるとおもいますか?」


「なにをおっしゃるのか? 王都や1万を越える都会もある。1000人以上の町に、100人未満の大小の村を入れれば、その数は500では収まらないでしょう」


「80点ですね。人が住む街町村集落を数えると681になります。では、貴方がおっしゃるように、2人づつ、回復魔法使いを配置しようと思いますが、それは可能でしょうか」


「……不可能ですね。でも一人ならば」


「生まれたての赤ん坊や60以上の高齢者も、村の人口です。彼らを除けば、実働できる人数は592名。すべての集落に配備するには人が足らないと思いませんか」


「しかし、それでも置かぬよりは」


 これは意外だった。ギャズモルは冷や汗をかく。回復魔法使いが自分の領にいれば良い。そういうシンプルな思いを語ったのだが、姫は引かない。具体的な数字を並べて男爵の浅慮を指摘してきた。


「それだけではありません。あくまでもこれは、集落での割り振り。300人の村と20万人に届く王都と、同じ数といういうわけには不平等ですわよね?」


「……はい」


「ざっくりと、人数割りにいたしましょうか。すると王都だけでも200人を越えるはずです。赤ん坊も高齢者もいれても、どうにか地方に回せる人数は、複数の集落に1人になりますが、いかがです?」


「……」


「でもこれでも、まだましなのです」


「まし?」


「はい。今の世はとりあえず、回復魔法使いがありますからね。でもすべての魔法使いが消えてしまった村は、この先どうなるでしょうか?」


「当然ながら、廃村ですね」


「そうですわね。そして私達の次の世代からはもう、この国の回復魔法使いはいなくなる。男爵さまは、その責任をとることができますか?」


「!」


 ギャズモルは完全に沈黙した。この村は特殊だが、村があってこそ、回復魔法使いの供給が可能なのだ。もしも、全ての村人がいなくなれば、子供が生まれてくることもなくなる。次代の回復魔法使いの担い手は、途絶えてしまうことになる。


 限りある人数を王家優先にしているのは、有限という制約があるからだ。同時に、魔法使いが確実に増えていくのであれば、先の代への希望が残る。この国の一端を担う貴族としては、国内全体を俯瞰する思慮と無理を断ち切る覚悟も必要なのだ。ギャズモルは、自分の考えの狭さを認める。


 クレセントでは、魔法使いを育てている。それが政策であり、他国からの援助を取り付ける手段になっている。魔法使いは、資産であり資材であり、この国の民であるのだ。


 しかし、他国では事情が違ってくる。魔法使いの供給を、ほぼクレセントに頼っている現状では、現段階、数が多いほどいいの良いのだ。魔法使いは国勢であり、攻撃力であり、開発力でもある。そこに強力な医療体勢が加われば、向かうところ敵なしだろう。


 大国は豊富な食料と経済力を背景に、さらなる国力強化をもくろむ。そしてそれば、今このとき、国が強大になりさえすれば良いのだ。


 ツェルト村のことが知られれば、彼らの思うがまま【合わせ月の焚】をかき回わすことだろう。すべての回復魔法使いを暴かれ、やがては村の住人が連れ去られる危険すらある。後に残るのは、貴重な魔法使いを失った村と、より国勢を低下させた国。


 ギャスモルは、第三王女が言わんとしている理由を遅まきながら理解し、深々と頭を垂れる。自分が犯した誘拐は、単なる誘拐事件ではない。国の将来を左右するかもしれない、反逆行為だったというわけだ。


「して、この国の政策に横槍を入れてきた隣国とは、いったいどこの国の、どなたでしょうか」


 うなだれた男爵は微かに吐きだした。依頼した国と首謀者の名前を。


「ドリーヨーコ帝国。エリザベート・シュベーラー伯爵」



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