3 拘束と回復
ツェルト村の外れでは、魔法で作った土の建物ができあがった。カンタンな作りだが、丈夫さは折り紙つき。ちょっとやそっとじゃ壊せそうにない。物置小屋より若干大きめサイズ。茶色で丸っこいカマド状をしており、小さな入り口部分だけ未完成だった。
「ほう、上手くできたじゃないか?」
「牢屋なんて作ったことないですからね、こんなもんでしょうか?」
バーレーン出来栄えをほめると、カツワイが頭をかいて照れる。
「いや、これだけ頑健なら事足りる。あとは、入り口の部分だな。んと。頑丈な鉄格子を組み込んだ扉を、ドゥラブルプロク バー・ポール」
バーレーンは筋肉質な手を前に構えて、仕上げの土魔法を放つ。縦に5本の心棒が並んだ四角い鉄の枠が生成されていく。それをみながらあきれるカツワイ。
「そんな呪文、聞いたことないですが?」
「そりゃそうだ俺も今始めて言ったからな。魔法はイメージだ、村長なんかもっと適当だぞ。お前も既成にとらわれないで、いろいと試してみろ」
そんなやり取りをしているところに、男が荷車で運ばれてきた。ついさっき捕まえたばかりの誘拐犯である。魔物か獣に襲われたらしく、質の良さそうな旅商品の衣服はボロボロだ。身体のほうも無事で済まず派手な怪我をしている。死なない程度の治療魔法はかけてあるが、片腕は取れて肉と骨がむき出し。運良くというか、腕はすぐ近くに落ちていた。回収して、今は、本人の腹の上。
「おう来たな。ちょうど今完成したところだ。まずは、そのへんに転ばしておけ」
死に掛けているとはいえ子供をさらった誘拐犯に同情は無い、無造作に転がされた。気を失っていて、痛みを感じないのが幸いだ。
「村長はなんか言ってたか?」
「考え中だそうです。もうじき来ると思いますが」
「そうか」
時間は夕暮れ。山のシルエットに沈みこむ太陽に眩しい。家にこもりだして、夕餉の準備をする匂いが村中に漂いだしてきた。犯人への処分をどうするか。村長を待つ間、そこに集まった村人達が、話し合いを始め出した。怒りに加えて空腹で、誰もが苛立っている。
「考えることなんかありません。痛めつけて吐かせればいいんですよ」
「どうせ下っ端だろう? 知ってることなんて何もなかったら?」
「そう? アタシはこいつから買い物したけど。なんか貴族ッポイ感じをうけた。意外に偉い人?」
「貴族が人さらいなんてするか? 盗賊まがいだよ」
「盗賊がわざわざ商人のふりを? コイツ、何日か前に売りに来てたんだよ」
「殺してしまえばいいんだが、トッパさんとこのパスをどうやって取り戻すか……」
現状、分かっていることは少ない。犯人の数や、商人の振りをしていたという事実。追いかけた追跡者たちの前には偶然にも魔物が対峙。目撃された騒ぎを繋ぎ合わせようとしても全体が見えない。ピースを置くべきパズルが無いのだ。
「犯人は男2人女1人。商人の振りでこちらの警戒を解いてから実行。逃げるさいには追っ手を遮る魔物を配置。逃走経路に別の馬車も準備してあった。計画的で用意周到。さらには魔物を操る魔法をつかう。貴族の仕業だと推測するが」
会話が沈黙しところ、灯りを照らすように知者が登場する。その声は、これまでわかっている状況を筋道たてて説明していった。
「村長!!」
声の主は村長だった。いつものようにめんどくさそうな表情をしているが、洞察力は最高。この村で一番頼りになる人物。その後ろに、整った顔立ちのメルクリート・ヨン・サンドバン監察官が長い髪を風になびかせている。さらには、彼女を護衛する騎士が数人。
「おう、待たせたな、姫さんを連れてきた」
村長がいつもの調子で気軽にしゃべると、足りない言葉を監察官が補う。
「王都には、先ほど心話で連絡しましたわ。そろそろ兄上の耳にも入っているかと思います。それで、今回、私はなにをすればよいのでしょう?」
「状況からすると、コイツは貴族だ。俺たちのような一般市民が問い詰めたところで、身分が違うとかいって、相手にしないだろう。痛めつけて吐くような根性なしでもない。その点、王族のあんたなら申し分ない。つぅ理由で、めんどう事を押し付けさせてくれぃ」
メルクリートは思う。村長の言いたいことはわかる。分かるのだが、なんか違うと。
「あの……聞き間違いでなければ、王族に面倒を押し付ける村人、という図式ですね? それって、私の立場がナイガシロにされている気がするのですが?」
「まぁ、分かってもらえてありがたい」
「いえその、分かったと思われるのは心外です。心の奥で納得していないんですけど……いえ、もういいですッ」
村長とメルクリートのいつものやり取り。妻のサリサもうらやむ息の合った押収に、殺伐としていた雰囲気が和んでいく。
「よぉし。まずは男の回復だ。せめて尋問できる程度まで、傷を治してやらんとな」
牢屋の前に転がされた男の前にしゃがみこむ。止血だけはされていたが、抉れた腹や背中は、むごたらしいまままだった。苦しそうに、細く短い呼吸繰り返す男に手をかざすと、治療魔法を発動させるべく、短い呪文を唱えた。
「こいつの身体を治してやれ エクストラヒール」
「そんないい加減な呪文があるかっ!?」
全員疑問を代表したカツワイに、バーレーンが言って聞かす。
「さっき、魔法はイメージだと言ったばかりだろうが。こんなチャンスは無いからなしっかり観ておけ」
魔法が効果を顕していく。まばゆい光が村長の手から広がり、男の身体を包み込む。大きな引掻き傷がなくなり、抉り取られた腹の肉が盛り上がる。ありとあらゆる傷が塞がり、みるみる回復していく。離れていた腕も元の位置に治り、五体正常な身体へと治った。
男の呼吸が静かになっていく。バーレーンがうんうん頷いて、見守っていた村人たちが感嘆する。メルクリートもため息をついた。先ほどの扱われ方を、もはや忘れているようだ。
「さすがですわね。取れた腕まで元に戻せる人はあまりいません。《奇跡のジェジェ》は健在ということですか?」
「その変な呼び名は止してくれ。あんたの親父が付けやがったんだぞ。ずっと迷惑してんだ」
そう言いながら今度は回復魔法をかけていく。怪我を治す治癒魔法と、元気を取り戻す回復魔法は、厳密には異なる魔法だ。キズが治ったくらいでは、深手を負った人間は動けない。身体を治して、体力も回復させる。常に命がさらされる自然において二つはセットでなければいけない。この村では珍しくないのだが、世界的には希少だ。白かった男の顔色がみるみる赤みをさしていく。
「私が幼少の折も、命を助けていただきました」
「風魔法で飛行できるか試してたんだっけ? いきなり城の上から飛び降りるなんてよ、お転婆だったよなー。ま、今も転婆だが」
手際よい回復魔法のおかげで、男が死地から生還した。意識を取り戻すと、死に損ないとは思えないほど、上体を素早く起き上がらせた。
「目が覚めたかい?」
大きく見開かれる男の目。自分が置かれた状況に気づいたらしく、腰や腕など自分の身体を探る。逃げる算段を立てているのは見え見えだ。目的の物がないと知り、後ろに下がろうとするがすぐ後ろは牢だ。土の建物に行動を遮られた。
「剣でも探してるのか? ここにはないぞ。失くしてないんなら、あんたの馬車にでも放ってあるんだろう」
村長の言い草はのんびりだ。しかし、言葉とは裏腹で眼光が鋭く、隙をうかがう男の動きを封じる。何も言うまい。そう決心したらしい男は、顔を背けて押し黙ってしまった。
「やっぱ、一言もしゃべる気なさそうだな。しかしこいつあ、貴族だろう? 姫さん、顔を見たことないか?」
「そうですわね……」
長くなってしまいました。2話に分けます




