2 王都の茶会
今回は取り巻く環境を書きました。
藻琴たちの再登場は、数話待ってください。
ツェルト村のあるクレセント国。ガルネーレ大陸の内陸の東側に位置し、内海に面する小国だ。地理的には、北と東側が隣国を隔てる山地で、南側には人を寄せ付けない山脈に阻まれている。国内中央にも霊験ともいえる山地があり、ともかく、山だらけで平地が少ない。
地勢学的には、北と東を大国を挟まれる。他国から狙われても不思議ではないのだが、そうはならなかった。建国から、一度として滅ぼされずに王国として成り立っている理由は、農地として旨味がなかったことに尽きる。
このようなクレセント国だが、たた一つだけ他国に優れるアドバンテージがある。それは、多くの魔法使いが生まれるということ。水質なのか空気なのかそれとも土壌なのか、もともとの血筋なのか。さまざまな手段で謎を突き止めようとした歴史もあるが、結局わからず仕舞いで現代に至っている。
国家の侵略こそ無かったが、他国は豊富な魔法使い達を放っておかなかった。国の組織力の弱さを突かれ、大国は個別の拉致を繰り返し続けたのだ。
最初は散発的な人さらいだったのだが、後年になると、屈強な冒険者を引き連れた奴隷商人たちが多数入り込んだ。各所で狼藉を働いたせいで治安はさらに悪化し、無政府状態に近いものがあった。クレセントの歴史は、他国から蹂躙される歴史でもあったのだ。
そこに終止符が打たれたのは、先々代王の時代になってから。軍略に長けた王は、攻撃力の高い魔法使いたちを組織し、手前勝手に荒らす者共を駆逐した。国内の市町村を再構築して、自治体を編成、おのおの、特色をもった集団集落が誕生して今にいたるわけだ。
奪われるままだった人材を、今度は高値で競売に掛けるシステムも考えついた。それが、二年に一度の競技会【合わせ月の焚】である。国内人事が優先されるが、多大な税金を納めることで他国の参加を認めてる。
成績上位の優秀な魔法使いは、希望者による競売交渉で取り引きされる。こう言うと人身売買のようだが最終的には当人の希望で決定される。因みに、他国行きが決まった場合は、任期を決めた派遣扱いになる。
王都のベシュトレーベンは中央部の東にあった。海水と淡水の交わる湖のほとりに灰色を基調とした城がそびえ建つ。さほど大きくない湖の周辺にはキャンパスを立てた人々でにぎわい、それを当て込んだ屋台がちらほらと並ぶ。山を背に青い湖に浮かぶ城は、芸術家魂を吸引する力があるらしい。
新人魔法使いの評価兼、集団就職のイベント【合わせ月の焚】はまだ先。だがすでに参加者が集まりだしており、王都やその周辺ではなかなかの賑わいをみせ始めていた。
日差しのまぶしい午後。城の中庭に突き出たテラスでは、小さな茶会が開かれていた。都の職人が腕によりをかけた菓子と一緒に振舞われたお茶は、国の特産物にする予定である。新品種のお披露目を兼ねて、各国から派遣されている四人の大使を招待したのだ。
「いかがです。紅茶の味は。遠国から取り寄せた苗を植え、当国の土壌に合うよう改良を重ね、ようやくこの味にこぎつけたのです」
王大使ラフリールが、ニコニコしながら他国の代表をもてなしつつ売り込みを続ける。茶葉を育てる土地をみつけるため複数の山地で試験の苦労を面白く話すが、お客の反応が悪い。茶葉が凍りそうな冷たい空気に、ため息を隠せないでいた。
彼らの目的は茶葉ではない。それはわかっているが、特産品(予定)のを将来の貿易につなげたいのだ。長々としていたお茶の話はすでにネタが尽きている。しかし、明るい交渉に結び付けたいと、同じ話題で粘っていた。
開発好きの妹がいたなら、彼らが飛びつきそうな情報も提供できたかもしれないが、彼女は彼女で忙しい。そんなことを思っているうちについに、言葉が止まってしまった。
紅茶の美味しさを賞賛していた女性ユザ・スール大使だが、王太子の話しが途切れたとみるや、招待客全員が待ち望んでいる本題へと強制移行させた。
「それにしても、もうすぐですよね【合わせ月の焚】。本当に楽しみなんですよ、私」
待ってましたとばかりに、ほかの代表がユザの話題に乗ってくる。最初に相槌を打ったのは獣人国家ドットシュガー共和国の大使、パシアン・バンクール。
「うむ。コッパロウもあなたに賛同する。2年ぶりだからな。大いに楽しみである。今回もわがドットシュガー共和国では、腕の良い土魔法使いを希望しよう」
彼は犬族。国を従えている中心種族だ。右の耳が千切れているのは戦士の証か。犬歯を剥いてがっはがっはと笑うたび、モフモフの耳が揺れる。お茶の話の百倍は食いつきがいい。
「まぁ、お二方。せっかくのお話を変えるとは、はしたないですわよ。帝国はつつしみ深く見守ることといたしましょう――」
ドリーヨーコ帝国の代表のエリザベート・シュベーラー伯爵が二人をたしなめる。売り込みたかった紅茶の話をスルーされたラフリールは疎外感を隠せず笑顔をひくつかせていた。そんな彼に女性らしい優しさをみせるエリザベートだが、本音は前の二人と同じ。
「――心の奥に締まっておかないと、誰かがセリ値を吊り上げてくるかもしれませんわよ」
そう言ってもう一度、ラフリールを見た。ドリーヨーコ帝国が欲しているのも、また、魔法使いなのだ。そうでもなければ、帝国最大の権力者がこんな小国にわざわざ出向いてくるはずもない。
「シュベーラー殿。そうは言っても必要な人材を他国に盗られるのは国益を損じます。メニュハナルは力こそ正義。ぼくは、強引な手を使っても目的を達しますよ!」
メニュハナル神国のディック・エール神父が、ジトっとにらむ。必要なモノを手に入れるには手段を選ばないと語る彼。短刀直入すぎる強奪主義。国の代表と思えない正直な若者の言葉だ。可愛らしく口をとがらせる童顔に、爽やかな笑いが広がる。
【合わせ月の焚】をおよそ一月後に控えて、ここに呼ばれたのは国賓中の国賓。自国より魔法使い確保の任を与えられた責任者ばかりだった。
十九歳のディックから、三十になるパシアンまで。わいのわいの盛り上がり出した。どうせなら可愛らしい女の子がいいとか、病気を知らない屈強な若者がいいとか、実力があれば誰でもいいとか、騒がしい。喉が乾くらしく、紅茶のお代わりを注ぐ侍女が忙しくなっている。
「やはりダメか」
ラフリールはうな垂れた。魔法使い派遣は外貨稼ぐ重要な国策なのだが、こんな似非人身売買を永遠に続けられるものではない。そこで、将来的に代わりとなりそうな貿易策を考えてはいるのだが、評価はご覧の通り。
他国にしてみれば魔法使いは一騎当千。たった一人いるだけでも、軍事や開発の底上げができるのだ。茶葉なら自国栽培もできようが、魔法使いはクレセントが割を握っている。ラフリールの思惑が外れるのは仕方ないことだ。
一方で、争い絶えない国同士も、クレセントの庭では矛を納めている。とくに、ドリーヨーコ帝国とドットシュガー共和国の仲の悪さを思えば奇跡的会合といえよう。中立国という立場をもぎとったクレセントの手腕は、各国の認めるところだったりする。
「私はねえ、とにかく珍しい魔法使いがいい! ありきたりの水とか炎なんて飽きちゃって。空間転移できる人はいないかな?あと、絶対欲しいのが、回復魔法使い!」
目を輝かせるコッパロウのユザに、犬系獣人のパシアンがなおも同調する。
「羨ましいな。コッパロウは、侵略に無縁だから欲しい人材に偏りがない。我が国は、国土開発優先に土魔法優先だ。それと、隣がうるさいから防壁もな」
向かいに座る女性大使をみる。この程度の鞘当は外交辞令。視線を受けたエリザベートは、すまし顔で紅茶を口に運んだ。獣人を見る代わりに右に座るユザに話しを向ける。
「コッパロウは、回復魔法使いですか? それはまた難しいことを。いかに魔法国といえど、人間を治す魔法は貴重です。二十歳前の少年少女にそれが使えるなら、かなりの天才でしょう。期待するのは徒労と言うものでは」
「もちろんわかってはいるけどさ。でもね。いるって気がするんだよねー、この国なら」
ユザは、クッキーを頬張りながら、エリザベートに食いさがる。彼女に言ったところで意味はないのだが、否定されたのが癪に障ったようだ。女同士の戦いに負けは許されないのだ。
「なら、そっちはどうなのさ? 帝国はどういうのを狙ってる?」
「そうねぇ……」
お茶会を催したラフリールを無視して、勝手に盛り上がる大使達。お茶の売り込みを諦めきれない王太子は、会話に斬りこむチャンスをうかがってる。諦めることを知らないようだ。
テラスのとびらが開いて、従者を連れた女性が入ってきた。第一王女のファブリニールである。ずかずかという表現が似合う登場、ふわりと風になびくストレートの髪は、彼女の性格を物語っている。
「お兄さま。重要極まりない御用で呼び出しです。向こうへ行ってください」
いつものように自分の要件しか告げない妹に、ラフリールは苦笑する。この妹は、テーブルの顔ぶれを見てなんとも思わないのか。良くも悪くも、興味のないことには無関心な女性なのだ。
「ファブリニールか。いきなり現れて不躾だな。お客様への挨拶を忘れてるぞ」
茶会に招かれた大使達をくるりと見回したファブリニールは、その中に獣人がいるのを発見した。彼女の従者たちは、事態を察してさっと動く。もふもふのお客に駆け寄っていった彼女は、勢いのまま抱きついて座っていたイスごと押し倒した。
「パシアンさまっ! こんな所にいらしたのですね。言ってくれれば、私の用事なんか後回しにしたのに」
強烈な捨て身アタックにテーブルも一緒に揺れ、載っていたお茶もこぼれるところ……だが、そうはならなかった。ファブリニールの四人の従者が、先にテーブルを持ち上げていたのだ。機転の利く連中である。
あっけにとられる代表者たち。無表情の侍女たち。頭を抱え込んでいるのはラフリール。困った顔のパシアンは、倒され抱きつかれるがままにされていた。第一王女の婚約者である彼は、こうしたことに慣れっこなのだ。スリスリと頬をくっつけるファブリニールの頭を普通に愛でている。
テーブルを地面に戻した従者達は、後を侍女に任せすろ、後ろのほうへ退避した。ファブリニールはいったん離れてから、冷静にパシアンを引き起こす。ついでにという風に兄の方を見やった。
「で、兄さん。とっとと行ってください」
この温度差はいったいなんだろうか。妹とはいえ解せない心境をかかえてテラスから辞去した王太子。とびらをくぐると、すぐ外で魔法使いが一人待ち受けていた。彼女は一礼すると耳元でつぶやいた。
「殿下、火急の報らせが届きました」
いつもなら冷静すぎるほど冷静な女性が、珍しいほど青い顔をしている。良い報らせではなさそうだった。
誤字とそのほか、修正しました。




