13 ギャズモル失策 前編
「に、逃げ切れたのか? 待ち伏せされていあにだろうな。大丈夫だろうな?」
ギャズモル・バーンダルシ男爵は、ふた抱えもある大樹に身体を寄せる。衣服は破れ、体中に怪我を負っており、息をするのも辛そうだ。右腕を押さえながら、怯えた顔で同意を求める。ギャズモルに代わって周囲を探ったモリグズ・バーンダルシが答えた。
「このあたりにもおりませぬ。うまく振り切ったようですな」
望んでいた言葉に安堵したギャズモルが、ほぅっと長い息を吐き出す。しばらく立ち止まって休みたいと提案するが、その要望はもう1人のほうに却下される。
「お気楽なものですねぇ。休んでいる場合じゃないでしょう」
暢気なしゃべり方で嫌味を言う、シェラ・バイグッド。その女の背中には子供が担がれていた。3人の中で一番小柄なシェラだが、その重い荷物をもっているにもかかわらず、もっとも足取りが確かだった。
「見通しの甘さが、こんな敗走に繋がったんですよ。せめてシャキッと移動してください。おっと、脅しには乗りませんからね」
剣の塚に手をかけるギャズモルだが、ただの脅しなのは明らかだ。活動力みなぎるシェラに打ちかけるほどの力は、どこにも残っていない。
「男爵に無礼であるぞ」
ギャズモルの従兄弟で部下でもあるモリグズが、シェラをにらみつけるが、彼女は気にもしない。
「私だってドリーヨーコ帝国の貴族なのよ。お忘れのようだけど。だいたい、子供をさらうのなんてカンタンだって言っだのはあんたたちじゃない」
「……黙れ。とにかく、隠している馬車までもう少しだ。そこまでいかけば目的を完了したようなものだ」
「どうだかねー。港湾都市までどれくらいあると思ってるのさ」
「……」
ギャズモルたちは、カンタンにいくと思っていた。
ど田舎の村から、子供二人をさらってくるだけ。
たいした攻撃手段をもたない、安穏な集落だ。前回のように行商人のフリをすれば、静かにばれずに、逃げおおせるはずだった。
ワナの準備もして事に望んだのだが、思い通りにはいかなかった。窮地に陥ったのは見通しが甘かったとしか言いようが無く、いまだ体から恐怖が消えない。半分成功で半分失敗。そんな拉致作戦を振り返る。
ツェルト村の広場に荷馬車に運び入れると、客となった村人がわらわら集まってきた。
「この前の商人さんだね? 今回はずいぶん品が少ないね」
「ジャルタ村から返ってきたところだからね。カウウルの物は売れちゃって少ないな、ジャルタの特産品はあるよ」
「そうかい?」
文句を垂れながらも、目的の商品を探して買っていく。しばらくすると売り買いの賑わいが収まってきた。客足が途絶えたところにやってきた、飴を買おうとした10歳くらいの子供を薬で眠らせる。
「まずは1人」
指示があったのは2人以上の拉致。せめて後1人はさらって行きたい。1人で近づいてくる子供を狙うと決めて商人の態度を崩さないように気をつける。太陽が傾き始める空を睨んでじりじりしながら待っていると、女の子がやってきた。
「おじさん?」
「何がほしいのかな?」
「あたし、お兄ちゃんを探してるの。飴を買いにいくって、戻ってこないんだ」
内心ギクッとするギャズモルだが、当然、知らんぷりを決め込む。
「そ、そんな子供は知らないねぇ」
「そお? 髪の毛が私と同じ色なんだけど」
「知らないなぁ」
そう言って荷台に手を置くと、ささくれにトゲが刺さった。
「あ、痛っ」
女の子は、ギャズモルの手を指差す。
「あ、おじさん、血がでてるんじゃない大丈夫?」
「ああ、こんなのすぐ治るよ――」
言葉を止めておけば、ギャズモルの仕業がばれることは無かったろう。彼は、ツェルト村の徹底した教育方針を知らなかった。村では子供が物心つくまえから教え込む。外の人間に村の秘密を教えてはいけないと。
「――それとも譲ちゃんが魔法で治してくれるかい?」
服の裏に仕込んだ眠り薬を使おうとするギャスモルは、女の子の目つきが険しくなったことに気づくのが遅れた。
「おじさん……なんで知ってるの?」
長くなったので、二話に分けました。
後編は、今夜に投稿します。




