9 ローカルエリア
モコトの肉弾戦です。魔法はどこへ?
炭屋が迫ってくる。
スピードは早くなかった。けど、意表をついた近寄り方の原理が気になって、避けることを忘れてしまう。炭屋の足は床に触れてなかった。そして跳躍でも飛翔でもなく重力を無視してスライドしてきたのだ。
フェアに、いや私に触れた瞬間、コックピットには光りが充満した。目に染み通る眩しさにまぶたを閉じると、持ち上げられるような浮遊感に襲われる。
その直後に、ストンと足が床に着地した。適温のペダルとは異なる冷えた床。久々に足の裏感じるフローリングの感触がちょっと嬉しいと思った。
ほとんど座るか寝てるかだったからなぁ。少しでも身体を伸ばしたいと思ってたんだ。何が起こってるか知らないけど、二本の足で直に真っ直ぐ立っている実感に喜々としてる。
まぶたを開くと、様子がわかってきた。
さっきと比べて部屋の内装はずいぶん変わった。右も左もとてつもなく広くなっていて壁というものが見えない。椅子もテーブルも片付いてる。つーか、どこにも無い。
コックピットさえ無くなってるのは、一体どゆことだ。
ラフなジャージスタイルで、何も無くなった空間に、私は突っ立っていた。
いや、何も無いわけではない。
正面には、縁の切れたはずの男がいた。
服装ダークスーツにネクタイ、オールバックに黒縁眼鏡。嫌味なくらい整った身なりは仕事に向かうビジネスマンそのもので、ジャージな私とは対照的。
憎っくき課長の十勝川真人が、惚けた顔で立っている。
モコト神めっ!とか聞こえた時に嫌な予感はあったんだ。私に神を名乗ったあれは、課長の姿だったし。「インパクトの残った姿をラーニング」って言ってたから、十勝川に説明した神の姿が、私であったとしてもおかしくはない。
ってことは、十勝川もやはりウィルなんだろう。
ウィルになったってことは、死んだんだな。私とどっこいのタイミングでここに居るってことは、同じ飛行機事故に巻き込まれた可能性が高そう。
十勝川が死んだか。
嫌がらせばかりしてる報いだ。
自業自得、ザマァ。
ん?
そこまで思って気がつく。
「同じ事故で命を落とした私って……」
十勝川のずっと後ろに四つんばいの男がいる。あれは炭屋だ。意識は回復したようで、しきりに頭を振っている。
―― 只今ヨリ、ウィルスキル争奪デュエルを開始します ――
抑揚のない、アナウンスがどこからともなく聞こえてくる。
ウィルスキル争奪って言った?
ウィル同士で戦うって意味で、そんでもって勝った方がスキルを争奪すると解釈すればいいのかな。
異世界にきてからというもの、大概の事じゃ驚かなくなった。けども今のこの事態は、突き抜け過ぎてないか。ウィルのデュエルってなにさ。スキルの争奪って、ゲームのやり過ぎ。すでにファンタジーじゃ無くなってるだろ。
―― 十秒間ダケ質問ヲ受付マス タイムアウト後デュエル開始デス ――
質問コーナーですか。
ますますファンタジーから逸脱してるなあ。
聞きたいことは山ほどあるよ。
「ねぇ、そもそもウィルって……」
質問をしかけたとき、後ろから声がした。
「モコトっ」
とっても耳慣れた声。
そうか、そうだね。
炭屋が居たんなら、当然、彼女がいてもおかしくない。
いや、居ないほうが不思議だ。
私の宿主でいまや一心同体の妹分、フェアバール・グレイフェーダーが。
後ろを振り返る。10メートルほど離れた所に、朱と淡いブルーヘアのフェアがいた。左右にはリーゼ君とレガレル、さらに後ろに村長たちが控えている。
フェアは、ウルウルした瞳で私を見ている。この四日のあいだ、片時も離れ無かったとは言え、面と向かうのは初めてのこと。ともにゴブリンを倒し、訓練し、火事を体験した。
ま、火事に関しては防火テストを兼ねてたんだけど。
密接であるとともに、決して触れることの叶わないと諦めてた人。とても近くてとても遠い少女。このデュエルの目的は知らないけど、実物大フェアを確認できたことだけには、素直に感謝したい。
懐かしい人に逢えたようで、気持ちが昂ぶってくる。よたよたと、フェアの方に寄っていく。
―― デュエルスタート! ――
「モコト、後ろ!」
わ、忘れてたっ!
振り返りながら横目を利かせると、短い棒のような物が頭を狙って動いてる。
とっさにしゃがみ、身を翻し、横っ飛びに距離をとる。
「なんで俺が、ここにいんのか。なんでお前がここにいんのか」
キーの高いカンに触る十勝川の声がする。
警察官の警棒のような武器を片手に持っていた。あれが棒の正体か。
なんで、あんな物を持ってんの?
「お前がっ、本物でも偽物でもっ、芝桜藻琴であれば、ぶっ倒すだけだ!」
十勝川は、一言ずつしゃべりながら警防を振り回してくる。私はそれに対し、軽いステップで右に左に避けていった。汚い唾がジャージにかかった。
「あんたの顔だけは、死んでも見たくなかったなぁ。死んでるけど」
「そいつはオレも同じだっ なんでここにいる?」
「ウサ耳の神が説明してくれなかった?」
「ウィルがどうとかしか、言ってねぇっ ウィルってなんだ?」
「私も知らないっ」
私の双手が敵の腕を固めた。手首を逆に握ると同時に、肘を下方から支える。
太極拳の予備動作だが、面白いように決まった。
じいちゃん!生まれて始めて役にたったよ!
握力を失った手から離れた警防は、カシャーンという音を立てて床に落ちた。せっかくの武器を使わない手はない。
「この警防、どうやって手に入れたの?」
屈んで拾おうしたとたん、光の粒になって警防は消えてしまった。
「はっはっは。オレにしか使えないようだな」
「教えなさい。どうやったの?」
十勝川は、もったいぶった仕草で黒縁眼鏡をくいっと上げる。
「隠すほどのことじゃない。オレが武器マニアだったってことだ」
「武器マニア?」
「そういう、身近に隠して使えるヤツが好きでね。家にコレクションがある」
「ここは家じゃないでしょ」
「あいつの中は暇でね」
後ろに座り込んでいる炭屋を示すと、スーツの前ボタンを外していく。
「触りたいなと思っていたら、現れたんだ。いろいろとな」
ばっと開いたスーツの裏地には、5本ほどのナイフがあった。警防だけじゃなかったのか。投げナイフや、長い刃のサバイバルナイフもある。
「私は素手だけど」
「知るかっ」
ヤツは2本投げナイフを手に取ると、下手でこちらに投げてきた。
首を倒して刃物をよけるが、近接すぎて避けきれない。投げナイフの一本が私の顔を掠めていった。すぅっと、血の筋がつく。
「モコトっ いま助けるねっ 貫け、ウォーターアロー」
背中からフェアの声がする。乱入が可能?
ウィル同士のデュエルに、ギャラリーは飛び入り参加できるの?
そう思っているとスグに、残念そうな言葉がした。
「そんな、魔法がでない」
そうだろうね。
私はフェア達のほうに、身体を正対する。
戦いの最中に何やってんだと、思うだろう。ね、思うよね?
「まぁ、ちゃちゃっと倒すよ。みてなさい」
この作品に絡んだ短編を作ってみました。
よかったら、読んでみてください。
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