8 レガレル腐る
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――モコト神――。
はっきりと、炭屋さんは言ったよね。
「神だって。モコトって神様だったの?」
目の端には、赤い髪の女性の顔が映ってる。
あたしにしか見えない、あたしの中にいる芝桜藻琴という名前の女性の顔だ。
出会ってから、数日しか経ってないけど、今は姉のようになっている、かけがえのない存在。
『私は人間だよ。もう、身体はないけどね』
「でも、神って」
『うーん。それは、たぶん、違う意味で言ってる。中にいるのは私の知り合いの可能性がある』
今あたしたちは、倒れている炭屋さんを囲んでいる。
この村の村長さんが、やれやれと見下ろしながら、炭屋さんを運ぶように、指示している。
「おい」
口を開いたのは、レガレルだった。
むっとした顔で、あたしとリーゼをにらみつけている。
「お前たち、オレに、なにを隠してる?」
えーと。どうすればいいんだろ。
ウィルやモコトのことに気づいたということだよね。
これは、本気で怒ってる目つきだ。
大雑把でトボけた性格のレガレルだけど、大事な友達なんだ。
『レガレルって、王都まで一緒なんだよね? いつまでも隠すってのは無理だよ』
「そうか。そうだね。リーゼはどう思うの」
「ウィルもモコトも、どうしても秘密にしなきゃというほど、重要なことじゃないと考えてる」
あたしたちのやり取りに、レガレルが、顔を赤くする。
話の意味が分からなくて、イライラしてるみたい。
「だけどもちょっと待ったレガレル。ここで倒れてる人の件もある。全部いっしょに、解説してやろう」
リーゼは、レガレルに待ったをかけると、介抱している村長の正面にしゃがみ込んだ。
「この人が混乱している原因を、僕たちは知っているかもしれません。事情を話したいので、落ち着ける場所に連れていって下さい」
そうかいと言った村長さんは、それならばと、村の集会所へ案内してくれた。
広い室内には、あたしたちや村長のほか、村の主だった人が何人か集められた。山賊店主もいる。炭屋さんは隅の長椅子に寝かせられた。
この建物もそうだけど、長椅子もテーブルにも、あたしたちが座る木のイスにも、焼け焦げた跡がある。これって火魔法だよね。天井には、穴も開いていて青い空がくっきり見えてる。誰も修理しないのかな。
みんながテーブルにつくと、ハーブティが振舞われた。
さっぱりしてておいしいけど、レガレルはニラんだままだ。
「で、何を知ってるのかな?」と、村長さん。
「まず確認したいのですが、この中でウィルを知ってる人はいますか?」
十五歳とは思えない落ち着きぶりで、リーゼが切り出す。
うん。こういう役割は、リーゼによく似合う。
「ま、僕が知らなかったことを知ってるとは思えませんが」
この余計な一言さえなければ。
「口の悪さは、まだ治ってなかったみたいだね……。ウィルってのは誰かの名前かい。少なくとも私は知らない。みんなは?」
「シャンゼが、知らないってことを、俺達が知るはずない」
山賊店主が肩をすくめると、ほかの人たちが同意する。村長さんは、シャンゼさんって言うのか。
「そうですか、ではカンタンに説明しましょう」
リーゼが、ウィルについて説明していく。
モコトは興味心身だけど、全部知ってることだよね?
さあて、長い話になりそう。
「人間は死ぬと肉体から魂が離れると言います。肉体だけが動くのがアンデッドですが、魂のほうは浄化されて、再び人間に生まれ変わると言われてますよね? しかし、一部の魂は浄化されず、神の悪戯で生きている人間の中に入ることがある。それがウィルです。ウィルは莫大な魔力有しており、宿主を護る宿命を持ってます」
長いはずの話が、ほんの1分で終わった。
その通り。間違ってないと思うんだけど、なんか、もやもやする。
村長シャンゼさんと山賊さんが半信半疑みたい。椅子に座りなおして、ずずずと、お茶を口に運んだ。
「なるほどね。そのウィルってのが入ったから、魔法使いでもない炭屋が、あんな防御ができるようになったと。で、中にいるウィルが騒ぐから、発作的に出て行けと騒いだと」
「辻褄だけは合うがなぁ。だが信じられねぇ」
信じてもらえないのが当たり前か。そうだよね。これが普通の反応だよね。
リーゼやツェルト村長は、理解が早すぎだ。
あの村長は昔、ウィルに会ったことがあるっていってから、自然と受け入れたんだろうけど。
言葉だけじゃ、信じられないってのは分かる。
ソファに倒れてる、騒ぎの中心人物が目覚めるか、それとも。
「ど お で も い いー!!」
突然の大声にびっくりした。
叫んだのは、レガレル
髪の毛を逆立てて、腕をブンブン振り回してる。もげそうだ。
「おい、リーゼ! いったいなんのことを言ってんだ? 俺は、隠し事をしてないかって言ったんだぞ。ウィル? 別の人間? それがなんだってんだ!」
あれ?
「レガレルくん? 僕は、フェアと僕の秘密を話しているつもりなんだけど、気に入らなかったみたいだね」
そうそう。
リーゼは、あたしたちのことを説明している。
ちゃんと話してるんだけど、なんで怒ってるの。
リーゼに掴みかかる勢いだ。
お茶がこぼれた。
「敬語でおちょくるなー。今の話のどこがフェアの事になる!?」
「だから、ウィルというのがフェアの秘密だって言ってる!」
「いま、フェアって言った? あなた、フェアバール グレイフェーダー?」
レガレルの怒りが周りに伝染していく。
大声に対して大声で返すから、うるさくてたまらない。
シャンゼさんが、驚きながら私のほうを見る。
なんかわからいけど、後からにしてくれると嬉しいかな。
「ストオーップ!!」
キーンと耳鳴りがする。
室内の空気が振動させて、大音量のモコトの声が響いたのだ。
人の声ではありえないほどの、大きな声に驚いて騒ぎは収まる。
やっぱり、本人が登場しなきゃ信じてもらえないよね。
「あーあ。こうなりましたか」
「証拠がないから、みんな騒ぐんだよリーゼ君」
みんながこっちを見てる。
何故か兜を脱いだ山賊さん、胡散臭そうな目のシャンゼさん、リーゼの布服の胸元をつかんだままのレガレル。そうか。あたしから声が出てるから、見られてるんだ。
「いま話をしてるのは私。フェアの中に住んでるウィル、芝桜藻琴です」
大人の女性というわりに色気のない声が自己紹介をする。
「ごめん、レガレル。あたしの中にもウィルがいるの」
「はあ?」
「腹話術でもなんでもないよ、レガレル君。君って素直だよね」
「なんの冗談だ?」
「冗談でもなんでもない。ゴブリンの撃退も、アーヴァンクの収納も、みんな、ウィルのモコトの能力だ」
リーゼがそう言って、胸を掴んでいたレガレルの手を解く。
そして山賊さんのほうに顔を向ける。
「武具屋さんは、フェアの収納能力を疑ってましたよね。あなたが正解です。防御たちには大それた空間貯蔵はできません。ウィルはほぼ無限に物をしまえる。これが真相です」
「無限は言い過ぎだよ、リーゼ君。千個が限界かな」
リーゼがモコトの能力を解説していく。なんのことだというシャンゼさんに、山賊さんが店での経緯を説明している。
「そうなのレガレル。村長が旅を許したのも、モコトがいるから。どう話していいかわからなくて、こんな風になっちゃった」
「まあ、そういうわけだから、仲良くして」
内緒の中身を次々に暴露するあたしに、モコトが追従する。
しかし。
「こんな声はまやかしだ。リーゼのイタズラに決まってる。信じられるか」
そこまで疑うんだ。意外と頑固。
いや……もしかすると、仲間はずれにされたと思い込んで拗ねてるのかも。
「こちらの村長も巻き込んで?そんな手の混んだことは、したことないが」
「話せって言うから正直に暴露したんだけど、困ったなあ」
リーゼもモコトも途方にくれて、あたしを見てる。
モコトに魔法を使ってもらってもいいけど、防御か付与しかできないしなぁ。
周りからはあたしの魔法にしか見えないから、証明にはならないんだ。
二人とも、あたしを当てにしないでほしい。
分かろうとしてない相手をどうにか説得するなんて、無理だから。
唇を噛み締めて、そっぽを向いてるレガレル。
困った子供たちの扱いに、どうしたものかと相談する大人たち。
広い集会場が寒々となって、もっと広くなったようだ。
ガタリという音がしたのは、そのときだった。見ると、ソファが倒れて炭屋さんが横倒しになってる。なんて寝相がわるいんだ。近くにいた人が近寄り、声をかける。
「ウェイブ、家まで送ろうか?」
助けて起こそうとしたその時、ウェイブと呼ばれた炭屋さんが、不自然に起き上がった。
腕で支えるでもなく、床に転がったままの直立の姿勢で、まるで棒切れを起こすように起立した。
『お前が、藻琴かあ〜』
そう言って、あたしの方に迫ってきたのだった!




