7 十勝川真人の場合
十勝川真人は、自分の醜態を認めることができなかった。
5時間ほど前のこと。練りに練ったプレゼンは失敗した。
大口の顧客の間でセクハラ嫌疑をかけられ、会場は騒然。とくに女性重役の目は厳しく、プレゼンどころではなくなっていたのだ。
部下とともに土下座をしてみたものの、焼け石に水。セッティングした会場には、誰1人残らなかった。
ちらかった部屋を片付け撤収の準備をしていたとき、社長直々の電話がかかってきた。
『なにをしでかしたんだ! 先方はカンカンだぞ! 話が漏れて、他の大口も依頼を取り下げてきてる』
「いえ、あれは私の部下が――」
『貴様がまた、余計な嘴を突っ込んだんだろうが、もういい。ここには帰ってくんな。首だ!』
すべてはあいつ。あの芝桜藻琴のせいだ。
それなりの成績を上げ、同期の中では出世が早かったのだが、奴の入社で状況が一変。提案が採用数は激減した。将来設計が空回りしはじめたのだ。
いろいろと画策して、取り下げさせようと努力をしたが、うまくいかない。策謀が上にバレたことで出世の道も危うい。負のスパイラルが働き出し、十勝川の株は急激なデフレに陥った。
今回のプレゼンは、起死回生の戦術だった。芝桜のプランを自分のとすり替えた。プレゼンの途中でヤツがオタオタしたところに颯爽と登場し、優秀な上司としてその場を納めて自分の能力を内外にアピールする手はずだった。
自分のプランは渾身のアイディアで、あやつに劣るものでは決して無い。万が一成功さえすれば、顧客の売り上げを100倍にするはず。ドラッ○ーさえ裸足で逃げ出す傑作という自負があった。
柴桜のプレゼンが始まって、目論見は成功するかみみえた。しかしあいつは、おたおたするどころか逆切れした。俺の手をとって強引に胸をもませ、セクハラの汚名きせる。己が諸共自爆するという某国も真っ青というテロ行為を取りやがった。
いつの間に歩いたのか、十勝川真人は、創成川のたもとに立っていた。
「これからどうする?」
妻や、生まれたばかりの子供に合わせる顔がない。順風満帆の人生をメチャクチャにしてくれた芝桜。せめて鉄拳の制裁を下さねば、気が収まらん。
あたりが騒めきだしたのは、百回目の怒りが湧き上がったときのことだった。人びとが何からか、足早に逃げている。
「喧嘩でもおこったか?」
ほんの数キロ先のススキノには、たびたびテレビ特番が組まれる有名な交番がある。ここまで騒ぎが拡張しても驚くことではない。無意識に騒動の元凶を探していると、偶然か必然が、そこに発見したのは奴だった。
ヤンキーを彷彿とさせる燃えるような赤い髪。
色気の欠片もない、貧相な痩身。
蹴りを入れるために存在する、癖の悪い足。
十勝川は狂喜した。見間違いようもない。俺を陥れた芝桜藻琴がそこにいた。
献血ルームでO+と診断された身体中の血液が沸騰する。熱い拳を握りしめて、憎い芝桜を目指して駈け出した。
し ば ざ く ら あ モコとおーー
しかし。彼の拳は届かなかった。
芝桜は近くにいた子供に覆いかぶさるのが見えたと同時に、自分の真横から重量物が飛来した。その映像と衝撃を最後に、身体の感覚が消失した。
……魂が離れ、宙をただよう。
……見知らぬ星に漂着。
我に返ったときに目前にあったのは、三頭身になったウサギ耳の芝桜藻琴だった。
「芝桜、き、貴様のおかげで俺は」
極端にデフォルメされた芝桜は、語りだす。
曰く わたしは芝桜とやらではない。神です。
曰く あなたはウィルです。
曰く 思い入れのある操縦ができます
曰く ……
まて。ここは、どこなんだ?
「とある世界だね」
俺の身体は?
「無くなったようだね」
十勝川は困惑する。
つまりなんだ。死んだのか。妻や子供には、会えないのか。連絡はとれるのか。じゃこの、俺だって自覚してる俺は、いったいなんだ。
「あなたは、ウィルだね。さっきも言ったけど」
ウィル? ウィルって何をするんだ。
「ウィルは人の中に入って、その人を助けるの」
モコト神は、眼下の村だか町を指差して、今はあの人だねと言った。
助ける? 中に入る?それはどうやって
「あなたって、理解力が低いのね。質問ばかりしてると、間に合わなくなって、あなたの魂が消失してしまうよ?」
消失? 俺の魂が? 今は俺が魂か。
俺が消失するって、いったい何を言って……。
十勝川の、取り留め無い狼狽が止まらない。
「うっとうしい! あんたにだけ構っていられないんだ、入ってしまえーー!」
どんと背中を押された十勝川。
ワケのわからないまま、神が指定した男の中へと吸い込まれていった。
プルカーン村で炭屋を営む成年、ウェイブ・クラム の中へと。
登場させる予定はなかったのに、ナゼだ??




