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2 リーゼライ


 木の間を縫うように逃げ去るゴブリン。右の手の平を向けて、その背中に狙いをつける。


「ウォーターアロー」


 唱えられた短い呪文に応えるように、細く尖った水の矢が、手の平の前に生成されていく。


 30センチほどの水の矢はしぶきを残して線を描いて飛んでいき、走るゴブリンの心臓を後ろから貫く。


「ぐぎゃああっ!」


 命を失った骸は、勢いのままにゴロゴロと転がった。

 静かになったゴブリンを見下ろして、リーゼライ・シュタールが口を開く。


「外してしまいました。残念です」


 仕留めたゴブリンを見下ろした村長が、何をいってやがるという目をする。


「ゴブリンを倒したろう? 外してねぇだろうが」

「いえ、奥にいた野うさぎも、一緒に、狙ったんです。そちらには逃げられたので、ガッカリしてるんです」


 リーゼライは、村長である父親や熟練の魔法使いたちと、村の北部の街道に来ていた。昨日、村に到着した隊商のリーダーから「ゴブリンの群を見た」という情報があったのだ。


「なにを贅沢いってる。お互い六匹ずつだ」

「村長と、同じだなんて! ああ。僕の腕も落ちたものです」

「おめー。親にケンカ売ってんのか?」


 ゴブリンというのは、身体の小さな人型の魔物だ。力こそ弱いが繁殖力が強い。集団化すれば、無視できない怖い存在となる。組織で狩りをするくらいの知恵を持ち、せっかく作った農作物も喰い荒らす。棲みつかれると、村の生活に害を成す厄介な魔物なのだ。


 林の奥のほうから仲間達が戻ってきた。村長が按配を尋ねる。


「おーい!、そっちはどうだ!」

「2匹倒したあー」


 浮遊魔法で浮かせている、仕留めたゴブリンを指差す。


「そうか。全部合わせると18匹。隊商リーダーは20匹くらいだと言ってたな。すべて討伐したかもしれん」


 それを聞いてリーゼライは、胸をなで下ろす。


「そうですね。でも、まだ他にもいるかもしれません。もう少し探してみますか。野うさぎも」

「どこまて本気なんだかリーゼライは。もう、魔物の気配なんかしねーだろう。野うさぎのほうは、明日にでも狩れ」

「今夜は、野うさぎシチューが食べたい気分なんです」


「何しにきたんだか。ほんじゃ、も少しばかり見回るか。じゃ、2人だけここに残って、集めたゴブリンを処理してくれい」


 ツェルト村周辺は、どこまでいっても山地に囲まれた起伏が多い土地だ。国を縦断する街道の左右だけは貴重な平坦地なので、道にそって村のリッコの果物畑が続いてる。畑の奥には小高い林が広がり、痩せた土地でも成るリッコの果物が栽培されている。ちらほら存在する小屋は、泊りがけで収穫するために建てたものだ。


 ゴブリンは、このリッコの実を食い荒らしていた。残された跡を手がかりに、最後の探索をする。ゴブリンへの警戒を適当にして、村長は、息子に違う話題をふる。


「リーゼライ、少しすれば《合わせ月の焚》だな。怖くないか?」


 今年で15歳のリーゼライは、野うさぎ、いや、ゴブリンを捜しながら、ちょっと微笑む。性格はともかく、端正な顔立ちをしている。


「怖いだなんて。若い魔法使いの晴れ舞台ですよ。楽しみでしょうがありません」


《合わせ月の焚》とは、クレセント国の王都ベシュトレーベンで開催される、国内最大のイベントだ。2年に一度、すべての町村から若い魔法使いが集結し、技を競い合う。


 競技形式で行われ、優勝者には王家から栄養ある品々が賜れる。競技は10の種目に別れる。炎や水などの攻撃や防御に自信ある者はコロシアムでのトーナメントで闘い、開拓に秀でた者は堀や築城の腕を競う。


 能力の高さが認められた魔法使いは、王や貴族に召し抱えられ国の機関で働く栄を与えられる。優秀さが示めせなくても、スカウトの目に留まれば、国内外の仕事にありつける。


 新人魔法使いにとっては集団就職活動、王国貴族にとっては将来ある若い魔法使いの品評会。それが《合わせ月の焚》だ。



「まあ、お前なら、間違いなく貴族の目に止まるだろう。むしろ多すぎる進路に迷うかもしれん。王族のボディガードでもいいし、士族の家庭教師も悪くない。何処に配属されてもいい経験になる。だだし気をつけろ」


 言いたいことを察して、リーゼライは苦笑する。


「わかってます。《合わせ月の焚》で治癒魔法はおおっぴらにしません。この村が治癒魔法士の宝庫というのは、王族や一部の人達の秘密。村に派遣されてる監察官も、口を酸っぱくしていってますし」


「いや、そいつは心配してねえ。おめえの場合、口の悪さのほうが心配だ。貴族の奴らの反感を買わねえかってな」


 村長は苦笑する。しかし、リーゼライの言ったことも本当だ。


 クレセント国は魔法国家だ。魔法使い自体はそれほど珍しい存在ではない。しかし怪我や病気を治せる治癒魔法士は特別な存在となる。魔物退治や迷宮や戦闘のみならず、病院での医療など活躍の場はいくらでもある。国の財産と言っていい。


 この世界で国同士の戦争が終わったのは、およそ200年もの昔だ。大きな戦いは想定してないが、平時であっても怪我や病気は恐ろしい。備えは必要だ。どの国も他国からの情報を集めて、治癒魔法士を優遇している。


 村や町によって魔法能力が偏ることがあるが、このツェルト村は、治癒魔法士を数多く輩出する地域だ。国外の注意を引かないよう、この村出身の魔法使いは、治癒の技比べに参加するなと、王家から厳命されている。


 他国との協定違反になるのだが、優先させるべきは国益というわけだ。村の特殊性は国家機密。口外を禁ずるために、王室直々の官吏が派遣されているほどだ。




 さらに1時間。捜索範囲を広げて手分けして探したが、ゴブリンは見つからなかった。


「やりました。三匹も捕まえましたよ」

「野うさぎをな。しかしリーゼよう、おめー、俺の息子のクセに

なんでそんな、言葉だけは上品なんだ?」

「父さんの方こそ、村長のクセにその言葉遣いはないのでは?」


 軽口を叩きながら、親子で集合場所にもどると、ゴブリンの解体は終わっていた。肉や皮爪などといった、使える部分以外は焼いて土深く埋められる。


 ゴブリン退治は必要なことだ。とはいえ、みんな仕事を投げ打ってワザワザ集まってくれたのだ。村長は、村の精鋭たちへ労いの言葉をかける。


「みんな、よく頑張ってくれた! おかげで、出没してたゴブリンは全滅させられたようだ。俺のおごりだ。戻ったら野うさぎのシチューを食おう」


 おお楽しみだ、という声。僕のなのにというボヤキが混じる。


 ゴブリンの骸から取った使える部位を袋に詰める。パンパンになった袋をそれぞれ分担して、村への帰路へつく。




 村まで半分ほどのところに来た。リーゼライの横に、友人のレガレルが寄ってきて、小声で話す。


「・・・おい、リーゼ。フェアのことはどう思ってんだ?」

「あ? レガレル、いきなりなんでしょう」


「あんなに仲がいいっていうか、半分保護者みたいなもんだろうが。おまえも、《合わせ月の焚》に行くだろ? 連れていかないのか?」


「どうもこうも、フェアはまだ、11歳。一緒に連れて行くのは困難です」


「イベントに参加させろとは言ってない。村から、コッソリ連れ出すことはできるだろうってことだ。 」

「できないことはないけど・・・」


 フェアを連れ出す。

 それは、リーゼライも考えたことがある。でも、村から出した後はどうすればいいのだ。先行きのわからない15歳には荷の重い企てだ。リーゼライよりさらに子供っぽいレガレルに、どう説明しようかと言葉を詰まらす。


 にゅっと後ろから手が伸び、ふたりの肩をガッチリ押さえつけた。




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