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6 爆裂の掟



「プルカーンには、プルカーンのやり方があるのよ」


 にこやかに笑うおばさんの言葉に、レガレルは背中に冷たい汗を感じた。

 なんだよこの村は。


 ツェルト村の隣と言うことから、何度か父親のバーレーンに連れられてきたことがあった。その時の印象は「冴えない村」だったが、改めなければいけないようだ。


 発作を起こしてる病人には、手厚い治療を施して回復させるのが常識。少なくとも、ツェルト村ではそうなってる。ところが、爆裂魔法を浴びせて焼き殺すのがこの村の常識らしい。


 所変われば品変わる。

 変わり過ぎだろうがっ!

 あれじゃあ、生きてるはずがない。


 魔法を放った男が、その場にくずれた。


「しくじったかあ……」


 そう一言を残して動かなくなる。魔法切れで気絶したらしい。一檄にパワーを込めすぎたせいだ。しくじったってどういうことだ。言わんとする意味がわからない。


 おばさんが、そいつを連れてきてと怒鳴った。順番待ちをしている連中が、互いに譲らないでいると、後列についていた山賊の店主ともう一人が、諦めた顔で男を抱えにいった。


「あの人、死んじゃったのかな」


 フェアバールが不安そうだ。あの人とは、炭屋のことだろう。

 済んだことはどうでもいいとレガレルは決め込んだ。それよりも病人を撃破するのが日常という風習に不安を感じる。ここから半日の距離には自分の村があるのだ。


「どちらにしても、おしまいだ」


 誰にともなく呟きながら、まだ並んでいる列を見た。すると、2番目にいた女性が、ぱんっと、自分の頬を叩いて気合いを入れた。


「次は私の番ね」


 女性は、悠々と片手を出しながら、爆裂魔法の呪文を唱え始める。


「おい、炭屋は死んじまったんだぞ、まだ続けるって?」

「よーくみてみなさい、レガレル。死んでないから」


 レガレルと、その名を呼んだのはおばさんだった。ここに来て、フェアもリーゼもレガレルを名前で呼んでない。このおばさん、オレを知ってるのか。


「名前を呼ばれて、びっくりしてるね? あんた、覚えてないだろうけど、時々、遊びに来てたでしょ。親に連れられてね。リーゼライもね」


 したり顔でリーゼがうなずく。始めからこの人を知っていて、声をかけてたようだ。


「この村の村長なんだよ」

「そ。去年、前任者が亡くなったからね。無理矢理、後を引き継がされされたの」


 ドガァァァァン!


 爆裂魔法が放たれた。

 またまた、火柱と熱風が巻き起こる。


 さっきより規模が小さいのか、繰り返される魔法に慣れたのか、ツェルト村の一行も動じなくなった。ベンチに座っていたおじさんが姿を消している。うるさくされて自宅に戻ったのかもしれない。


 魔法を放った女性がその場に倒れこみ引きずられていくと、次の奴が魔法の準備にはいる。


「よーく、みてみなさい。あの炭屋さんは、元気でしょ」

「はあ? そんなはずあるか」


 信じられるかと、標的が吹き飛んだと思しき場所を確かめる。空中付近には炎が残っていて地面だけしか見えない。


 二度の魔法を受けたせいで、爆心地の地面はえぐられて、深い穴ができていた。が、なぜか、中心にあたる直径3メートルほどだけは平らな敷地が保全されている。穴は、中心を残したドーナツ型になっていたのだ。


 ドガァァァァーン!!


 三度目の爆裂魔法が、続き轟いた。


「炭屋の若主人は、発作の最中だけ爆裂魔法を防御できるんだよ。どうしたわけだかね」

「防御?」

「誰かが、からかって火を放ったのが効かなくてね。ならばと、強い魔法を試しても効かない。次第にエスカレートしていって、今ではこの有様さ」


「凄腕の、盾魔法使いなのか?」

「いや、彼は魔法使いじゃない。ただの商人だよ」


 普通の人がある日突然、魔法使いになったというのか。そんな話は聞いたことがなかった。なぁ、とリーゼライに相槌を求める。ヤツはフェアに目配せをしていた。


「では、村長さん。なぜに爆裂魔法をするんです。治療ではなく?」


 リーゼライが質問する。そうだ。話の発端はそこだったと、レガレルは思い返した。


「彼の防御には、限界があるみたいなんだよ。何度もガードしてると、そのうち、防御できなくなる。魔力切れみたくなるんだね。そこまで追い詰めれば発作が治ってくれる。そういうことがわかったんだ」


 この村にはこの村のやり方がある。さっきのセリフはそういうことか。


「乱暴に見えるけど、これも治療ってことか」

「半分以上は娯楽だけどね。人間相手に爆裂魔法を使えるなんて機会、そうそうあるものではないから。とは言え――」


 山賊主人に引きずられて、一番始めに魔法を使った男が村長の前に転がされている。青い顔ではいつくばっているが、意識はとりもどしているようだ。


「――さすがに、あんたはやり過ぎだよ。村の中で試せる爆裂は中級までだ。それが掟だったよね?」


 本日、沢山の爆裂魔法が披露されたが、一番強烈だったのは、目の前にいる人物が放ったものだ。どうやらあれは、村の規定を破るほどの規模だったらしい。


「上級を使いたければ、山まで行きなさい」

「だけどよ村長。この辺りはもう全部が真っ平らになっちまって」


 プルカーンの周辺は平地が多く、将来的な農業資源が豊富だ。ツェルト村から大して離れていないのに、山が遠いことに不思議だったが、爆裂魔法の練習台になったせいらしい。山を平地にするまで破壊し尽くたのか。


「言い訳は無用。罰は受けてもらいます」

「やめてくれ、村長、そ、それだけは!」


 男が、震える声で怯えている。


 爆裂魔法が日常的に行なわれている土地。そこで上級爆裂を普通に使える男が、必死に懇願していた。危うく、、村そのものを破壊しかねないことをしでかしたのだ。その重罪にどんな恐ろしい罰がくだされるのか想像もつかない。恐怖に絶えられなくなった男は、くるりと背を向けこの場からの逃走を企てる。


 おばさん。もとい村長は、哀れな村人に断罪を下すべく、罪の呪文魔法を唱える。レガレルとフェアバールが思わず目を閉じる。無常な結末を脳裏に浮かべたのだ。


「三日のあいだ爆裂魔法を口にすることを禁ずる、スペルブレイク!」


 魔法の光が包むのを認知した男は、ガックリと肩を落として足を止める。身体がその場に崩れ落ちた。握りしめた拳には、涙がぽとりと落ちる。


「三日――。三日も爆裂魔法を使えないなんて……」


 ゆらりと立ち上がった男は、村長のバカァっと叫びながら、その場から走り去ってしまった。


「自業自得だ。村の定めを破った者には、キツイ報いがあるのだ」

「それにしても、分かるぞ。その辛さはわかる」

「三日もガマンするなんて、俺には耐えられん」


 山賊主人たちの間に、わかるわかると同調の輪が広がっていく。お前の分までやってやるぞーと。


「私が、村の重鎮たちを差し置いて、村長職を押し付けられたのは、この、スペルブレイクが使えるから。睨みを効かせないと、暴走する連中はとめられない」


 爆裂魔法を取り上げるのが、村最大の罰ということらしい。「そんなんでいいのか」、小芝居を見せられた気分だと、レガレルとフェアバールが顔を見合わせる。


「ぼくの村まで出向いてくれませんか。農地開発に」


 リーゼライが何事もなかったように、ほざいていた。




 次から次へと爆裂魔法が放たれて、行列が消化されていく。魔法の威力は回を追って縮小されて、爆裂が爆炎に、そしてただの炎魔法逃走なった。気絶する者はもういない。着弾サイズが小さくなるにしたがい、爆心地の様子が見て取れるようになった。


 炭屋はどこにも見当たらない。いると思われる場所にあるのは、蔦の絡まった植物群だ。森の深部にありそうな樹木の結界めがけて、断続的な炎攻撃が続けられる。


「おばさん村長さんの言ってた防御ってのは、あれか」

「おばさん言うな!」


 村長がかすかな抵抗をみせる。おばさんはおばさんだ。

 なるほど、攻撃という攻撃は、植物にあたる前に掻き消えていく。見えない空気のクッションに守られているのか、エネルギーの供給が遮られるかのように、炎の一撃が先細りに消失するのだ。


 しかしそれも、繰り返される攻撃によって、少しづつ能力を減らしてきている。魔法を一回受けるごと、葉が散り、枝が折れ、防御の堅牢さが薄くなっていった。


「あれが、最後になるかな」


 フェアと同じくらいの子供が呪文の発動してるのを見ながら、村長が言う。


 その宣言の通り、炎が衝突すると同時に最後まで残っていた草木の集合体が散らされる。結界の奥に守られていた炭屋の男性の姿が、やっとのこと露わになった。


 彼はもう頭を抱えてない。出て行けとも叫んでいない。呆然と立ち尽くしているが、原因不明の発作は、長きの防御により終わりを迎えたようだ。


 もう安全だとする村長。魔法の標的になっていた男のほうに歩き出す。三人も同行することにした。


 声が聞こえたのは、その時だった。

 その場にいた全員の頭の中に、悲痛な男の声が木霊する。


 レガレルには、言葉が示している意味がさっぱりわからなかった。

 しかし、リーゼライとフェアバールは、口をポカンと開けていた。

 信じられないものを見るように。

 

 そこの声は、こう言ったのだ。


《あ、あのモコト神め……俺は帰るんだ、サッポロへ》




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