2 魔物の森1
いつも読んでいだたき、ありがとうございます。
村を出発した馬車が、街道をがたがた揺られて行った。
この乗り合いの馬車を走らせてるのは商家なのだが、道中の管理は王国がしている。馬車というのは盗賊にとって格好の獲物になりがち。そんな危険から守るための施策なのだ。民間委託で経営を安く済ませ、一方の警備は地域の騎士に負わせている。警備をギルドに委託しなくなったことで運搬や乗車の料金を低く抑えることができるようになった。
この、良いとこ取りの方式を採用してからは、盗賊の襲撃は激減している。安く安全に移動できるということから、乗り合い馬車の利用は活発になった。流通も発達の兆しをみせている。
ただし、頑健重視の馬車は乗り心地はよとはいえない。馬車のクッション性の低さに加えて、街道とは名ばかりの一本道がひねくれているのだ。ツェルト村から隣村を繋ぐ街道の道幅は、馬車2台分が楽に通れるほどの広さがある。
それなりの速さで駆けても多少の無理は利くのだが、道が曲がりくねっている乗り心地は最悪。速度を出すまでもなく、しょっちゅう弾む。比較的短い区間ではあるが、すこぶる評判が悪くなっている。
「こ、このゆれぐあい、なんとかならんのかねぇ。いつものことだけど。」
客車の頭上から下がるつり革に掴まっている男性乗客が、弱弱しくぼやく。
隣に乗りあわせている責任者らしい女性が、その愚痴に営業スマイルで応えている。
「申し訳ございません。次のプルカーン村からは、街道も堅く、安定して走れるのですけど、そこに至るまでの森の道は、カープと起伏が多くて、ゆれが抑えられないのです」
「わ、わしの目的地は、そのプルカーン村までなんだがな。王都に掛け合っているんだが、辺境の道なんか直す気はさらさらないらしい」
はぁーとつくため息さえも、揺れて見える。
一人だけ元気が弾けてる少年が、隣でからかってきた。
「だらしねぇな、モンテルさん。俺なんか、平気のへーだぜぇ!」
「うるせぇ、レガレル。オマエは、馬車の旅が嬉しくてしょうがないんだろうが、俺は毎週行き来してんだぜ、いいかげんうんざりもするよ」
レガレルと呼ばれた少年は、へへーと舌を出すと身をよじって小窓から外を眺めた。背はリーゼライより背が低く顔つきも幼い。ソバカスが目立つ目元には、世の中全てが愉快に写るらしい。やんちゃな思春期を満喫している光が輝く。
客車に揺られているのは六人。まずは、フェアバールとリーゼライ。今しがた会話をしていた、レガレル・ヨルカソとジャッカロ・モンテル。低姿勢の商人シュリ・ガスラー。ほかに、鍛冶師のリッシュー・グッテーレが乗り込んでいる。
そのグッテーレに、モンテルが問いかけた。
「おいおい、リッシュー。こんな揺れてる中で、よく本なんか読んでられるなぁ」
右に左に揺れる客車に有りながら、広げた本を凝視しているリッシュー・グッテーレ。ページをめくり、ちらろとモンテルにやると、すぐ本へ目を戻した。
「私はいま、とっても大事は試練を前に勉強してるんです。すみませんけど、お話には加われ・・・うぷっ」
「わっ、汚ねぇ。こんな状態で本なんか読むからだ。後ろへいって吐いて来い!」
リッシュー・グッテーレは、本を置くと、口を抑えながら馬車の揺れる後部へと行った。馬車の外へ顔を出したとたん、胃の中のものを盛大に吐き出した。責任者であり旅の引率者でもあるシュリ・ガスラーが、グッテーレに寄りそうと、後ろから優しく背中をさする。
馬のひづめの音、馬車のゆれときしむ音、それに負けないグッテーレがモドす音。
そうした喧騒の中で、フェアバールとリーゼライだけが、大人しく座っている。
フェアバール。子供の大きさにサイズを詰めたロープは、あちこちにツギハギが目立つ。くすんだ小豆色のロープは母親が残したものだと、レガレルは思い出す。
いつの間にやら火傷がなくなって、髪の色も変わった。そのせいだろうか、前よりも可愛くなりやがった。まだ十一歳の子供。だけど、あと三年もすれば男達の間で取り合いになるかもしれない。名乗りを上げてもいいが、リーゼライに決定してるのは周知の事実だ。
フェアバールはともかくリーゼライも黙ったままだ。この、他人をおちょくるのを趣味にしてるヤツが、しゃべらないでいるのは非常におかしい。目をとじて大人しくしている。妙に行儀のいい姿には、不気味さすら感じられる。
「リーゼ、いつものお前なら、とっくにツッコミを--なんだ?」
先行していた護衛騎士が、速度を下げて馬車と並走してきた。なにやら御者に叫んでいる。
「ま、魔物が前にいるっ、馬車をとめろ!」
「魔物なら、停止しないほうがっ・・・」
ガスラーが大きな声で応じるが、騎士は譲らない。
「デカイのが道を塞いでるんだ。ぶつかれば、馬車の転倒はまぬがれない。止めるんだっ!」
それを聞いた御者はガスラーの判断を待たずに、馬を操りつつブレーキをかけた。
「どうっどうっ!」
四頭だて馬車が、軋みをあげて急停車した。乗っていた六人がたまらず車内で倒れこみそうになるが、下がっているつり革や手すりにしがみついて、それぞれに踏ん張った。すぐ後に続いていた荷馬車も、先頭に習って停止する。追い越してきた土ぼこりが風に運ばれてきて、馬車や周辺をおおい隠した。
「ごほっ、お客さまは、そのまま降りないでくださいっ」
客車から飛び降りたガスラーが、前方にいるという魔物を確認しに走る。土ホコリの中に姿が見えなくなった。モンテルが後部から顔を出すとホコリに隠れた先をうかがっている。
御者が座る台座に足をかけたレガレルは、客車の上へと器用によじ登っていった。
「けほっ、いったいどうなってんの?」
額に手をあてて、昼前の強い日差しを遮る。
じっと、薄れてきたホコリの奥へと目を凝らす。
「うぉー。本当に魔物だ・・・三匹、いや四・・・五匹もいやがる」
「魔物の種類はなんだ? またゴブリンか?」
モンテルの疑問に、どう答えようかとレガレルが迷う。
これまで一度も見たことがない種類だ。
「ゴブリンじゃないなぁ。あれは、足の短い犬ってーか、でっかいビーバー?」
「ビーバーの魔物だと? そりゃ、アーヴァンクだ。なんでこんな川から離れた場所に。女はやばい、商人さんに戻るように言えっ」
わかった、と客車の屋根からスタッと降りて、ガスラーを追いかける。
馬車から走ること五十歩。土ボコリが途絶えた場所には、どっしりと居座った魔物がいた。手前の、馬をしずめ警戒する騎士たちの後ろに、女性商人を見つける。
「商人さん、下がって。その魔物は女にとって危険なんだって!」
危険な魔物を見据えながら、騎士の二人が馬から降りた。馬上の二人と共に剣を抜いて、油断なく構えている。
アーヴァンクと呼ばれるその魔物は、人間サイズのビーバーだ。ネコをひと飲みにできる大きな口、そこからはみ出るほどの牙。四肢には鋭い爪を備えて、平たい尻尾を使って二足歩行もする。悪食の大食漢で、人間さえ食らうこともある。
「普段は、ほとんど水から上がらない魔物だけど、マが悪かったみたいです」
ずんぐりな見た目に反して器用な性格である。蛇行する川べりに岩を運んで巣をつくって、発情期には複数のオスがメスを奪いあう。これだけなら変哲のない獣だが、迷惑な習性が一つある。オスに対して、メスの数が少ない理由から、人間の女を発情の対象にするのだ。
「メスの奪い合いには、決着がついたみたい。今さっき、二頭だけは仲良く引き上げていきました」
五頭いたアーヴァンクのうち、二頭はすでにいなくなってる。戦いに負けて、傷だらけで残された三頭は、頭をうなだれてたたずんでいた。取り合いに負けて、ヒューヒューと声を上げる男三匹。その哀れな姿に、剣を持つ騎士も同情を示す。
恋愛経験のないレガレルも心を動かされるほど、寂しい背中があった。同族のメスの奪い合いが決着したのだ。用のなくなったアーヴァンクが立ち去れば、すぐにも馬車を動かせるだろう。
「まぁ、そんなに気を落とすな、次があるさ」
魔物相手にそんな言葉をかけながら、ガスラーを連れ出そうとする。
うなだれていた魔物たちが鼻をピクピクさせ、首をユーモラスに振り始めた。なんの仕草かと注目すると、魔物のほうもレガレルのほうを注視。いや、ガスラーのほうを注視していた。みつけたっ、とばかりに、アーヴァンクの一頭が、ヨダレを垂らす。うれしそうにこちらに向かってきた。
「まさか?」
ガスラーが女性であることに気付いたようだ。一頭の動きに遅れて、ほかのアーヴァンクも頭を上げて動き出す。人間より大きな魔物三頭が、土煙をあげてダッシュしてきた。
騎士四人は、緊張が抜けて構えを解いていた。そのうち、地面に立っている二人が突き飛ばされた。
「ぐあー!」
馬上の二人が防御体勢を取ろうとしたが間に合わない。下に潜り込んだアーヴァンクに、馬ごと突き上げられてしまった。
「ぬぉあっ!」
「何やってんだぁーー」
レガレルは、背の高いガスラーの手を引いて、自分の後ろにかばう。
「とりあえず水の壁、ウォーターシールドぉ」
初級水魔法で水の壁をつくるとスグに、ずんっ、と魔物がぶつかる衝撃がする。壁の水しぶきが飛び散った。
「ながくは持たない、商人さん、武器はある?」
「な、ナイフはあるけど、得意なのは客車の中におきっ放し」
「じゃ、そのナイフを俺に貸して、そして後ろの連中を呼んできて」
わかった、とナイフを渡そうとする。しかしそれより早くウォーターシールドが破られた。水の壁の中からぬっと顔を現す魔物。アーヴァンクは水辺の生物だ。水中でこそ生き生き輝く。ウォーターシールドの水によって体のホコリが落ちたことで、さっきよりも元気になったようだ。
ガスラーを射程に捕らえた先頭のアーヴァンクは、前足を上げて尻尾をつっかえ、二足でのっしのっしと歩いてくる。立ち上がった姿は小柄なレガレルの倍に迫る。身幅さえ、四つ足のときより増したように錯覚する。
「こりゃ、本気でやばい」
破られたシールドから、残る二頭も顔を出した。
「商人さん、何か魔法は使える?」
「つ、使えません。町を移動するときは、いつも護衛を頼んでます。ここの街道は騎士が護衛してくれるから、安心してたのですが」
頼みの四人の騎士が起き上がれない。馬の下敷きになっているのか、腕か足の骨が折れたのか、うめき声が聞える。
「おーい、レガレルぅー!」
離れた馬車からの方から、モンテルの怒鳴り声がする。
よし。モンテルもツェルト村の魔法使い。頼りになるはず。
「わしをあてにするなぁー! すくんで動けないんだぁー!」
「わざわざ言うなよ」
思いがけなく情けない言葉に、ズルっとこける。
ジリジリ後ずさりする、レガレルとガスラー。好色な目を見開いて、三頭のアーヴァンクが寄ってくる。
「くそっ、貫け、ファイアーアロー!」
自棄っぱちに、炎の初期魔法を放つが、わすがな焦げ目をつけただけ。身体を覆う剛毛には全く影響がない。
「グァオオオオー!」
がばっと、両の手をひらいて、アーヴァンクがガスラーに飛びかかってきた。
が、そこでアーヴァンクの動きが止まった。まるで目の前に、見えない壁が現れかのように、ぴたりと張り付いてしまっていたのだ。




