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10 出発

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 慌しい数日だったなあ。


 私が、ウィルになって、まだ何日も経ってない。その前は、札幌でプレゼンの準備をしていたはず。


 たった数日に過ぎないのに、もう、何年も、ここにいる感覚になってる。それだけ、濃厚だったわけだね。


 昨夜の火事は、フェアが家を燃やしたいって言ったのが始まり。リーゼライも村長も止めたけど、フェアは頑なだった。段取りとは違ったけど、結果的に家は灰と消えた。


 私も、やめたほうがいいと思ったよ。帰る場所がなくなるのは辛いからね。

 札幌で引っ越したときもそう。前のアパートの部屋に別の人が住んでるのを見ただけで悲しい気持ちになった。

 住処がなくなるのって、生きていた痕跡が消えること。

 どんな辛くてもそのままにしといたほうがいいんだ。


 フェアは結局、家を燃やしちゃったけど。


 ゆうべ、あの後、私たちは村長の家にお世話になった。

 五人でいろいろ話し合ったなあ。この村のことや世界の事を教えてもらった。

 お返しに、私の世界のことを話したらとっても驚いていた。いい思い出を作れた。


 言葉遣いは荒いが、心優しい村長。

 彼を支える、強気の奥様サリサ。

 皮肉屋だが、よく周りを見て頭の回るリーゼライ。

 そして、物静かだけと芯の強いフェア。


 フェアにとって、サリサさんは亡くなった母親の姉、リーゼライは従兄弟になる。家族なんだなと思う。私はすべての繋がりを無くした。そのせいか、壁を作ることなく怒ったり笑ったりできる関係がとても羨ましい。


 遅かれ早かれ、フェアは村から出て行くつもりだった。

 【魔法使いの称号】とやらをもらい次第に旅立つ。そう、以前から決めていたという。

 頑張り屋さんだね。

 いまやフェアは、私にとってかけがえのない繋がりになった。

 サポートしかできないけども、お姉ーさんの経験を惜しみなく教えてあげよう。


 眠ることさえ忘れた一晩は、あっ、と言う間に過ぎていった。

 テーブルを囲んで賑やかに話している空間に、朝の光がさしてきて、旅立ちの時間を告げる。




 習慣になってきたメッセージをチェック。

 未作成だった〔クラウドポーチ〕が、アクティベート可能になっていた。

 この機能は、選んだ対象を仕舞ったり出したり出来るらしい。

 エネルギーを1000も使うのは痛いけど、一回だけだからデメリットはない。


 〔クラウドポーチ〕アクティベート。

 おお、エネルギーゲインが半分にまで減った。

 ゆとりのある時に作ったのは正解だったか。


 さて、内容ブツは〔0/1000〕と表示。

 とりあえず、なにかないかと探すと、目の前にリンゴのような果実”リッコ”。ゆうべ、顔をイタズラ描きしたやつだ。ポイントするとテーブルの上から掻き消え、数字が〔1/1000〕に変更された。つまり、合計1000個格納できると。その下のツリーウィンドウには、

 〔リッコの実 01〕と出た。


 ゲームでよくあるアイテム格納ってのは、個数カウントのみだったよな。対象をポイントできる距離やサイズ、重さなんかは無視してた。似た性能に期待したい。ゆくゆく試していくとしよう。


 アイテムが収納できるようになったよと、リュックを背負って外に出たフェアに言う。


『そんなことができるんなら、もっと荷物持ってくるんだったのに』


 画像パネルの右隅に映るフェアの顔が、プンっと頬を膨らます。

 通信する相手の顔が表示できるようになったことで、私の顔も、フェアに見えるようにしている。お互いの顔を見ての話せる。そんな当たり前のことがとても嬉しい。


「いやー、気づいたのは、さっきだからねぇ」


 ポーチ機能がアクティベートされてたなんて知らなかったんだよ。

 わかっていたら、家を燃やす前にいろいと仕舞いこんだのに。ごめんね。


「そのリュックも、貸して」


 背中のリュックを降ろさせて、ポイントして格納。中身がバラけることなく、無事収納された。


〔リッコの実 01〕

〔荷物の入ったリュック 1〕


「身体が、重くなってない?」

『ぜんぜん。重さなんてひとっつも感じない。不思議』


 まさしく、ゲームのアイテムシステム。これなら旅も楽だろう。



『では、村長に母さん、行って参ります』


 少年が、大きめのリュックを足元に置いて、両親に別れを告げていた。


「あれ、リーゼくんは何処へ行くつもりかな?」

『一緒に行くんですよ。もちろん』


 対話パネルにはリーゼライの顔を表示させている。ただし私の顔を見せることはできない。「見えなくてよかった」と吐きやがった意味は、深く堀り下ないことにしよう。


 一緒にいくなんて話しは初耳だけど、そりゃそうか。考えるまでもない。フェアには私がくっ付いてるけど、端からは女の子の1人旅。奴隷人買いが横行するという世界で、どんな輩が襲って来ても不思議はない。彼は護衛だな。護衛。


『【合わせ月の焚】に出場する人間は、皆とっくに出発してるんです。ゴブリン討伐の余波で、ぼくともう一人が遅れて行くことになったんですよ』

「そうなんだ。で、目的地は遠方だって聞いたけど、とことこ歩いていくん?」

『王都まで? 徒歩でもいいですが、一年はかかりますよ。次の、二年先に開催される【合わせ月の焚】には、十分間に合いますけどね』


 こ、こいつは。

 怒りが噴き出る言葉を、わざわざ選ぶ奴だった。


『いいよねー、モコトは。自分の足を使わないから』


 こ、こいつも。

 フェアは、小型のリーゼライ的な部分があった。

 スタンプがあれば、怒りのクマさんマークを表示させたい。


 扉を抜けて表に出る。

 朝の太陽光を改めて眩しく感じるが、あの方向は地球と同じく東だろうか。素朴な疑問に〔マップ〕で方角を確認。うん東だ。正しくは東南東くらいか。地軸が太陽に対して傾いてる証拠と考えいいのかな。

 四季も期待できそう。


『モコト……』


 おっと。

 まだ、旅立ちのイベントの最中だった。

 この声はサリサだね。

 私の置かれた位置って、客観視がまさるなあ。


『……お礼を言わせて。あなたが現れてくれたおかげで、フェアが明るくなったことに』

「フェアが? 私は何にもしてないよ。もともと最初から明るい子だと思ってたけど」


 そのフェアはリーゼライと並んで、広場の中央に留まっている馬車の方を見ている。週に一度だけやって来るという、10人乗りの客車だ。


 サリサの声は、フェアにも届いている。自分が話題になり居心地が悪そうだ。後ろにいるサリサは、フェアの頭に話しかけてる格好。私からは顔が見えるが、彼女からは私が見えないので話しにくそうだ。私の代わりになる対象物が欲しいところ。

 これも、今後の課題としよう。


 サリサの音声ボリュームを落として、フェアの耳には聞こえにくくする。その上で私は、サリサと直通で通話する。


『根の明るい子だからいつでも笑ったりしてたけど、どうにも不自然だったの。なんというか、周りを遠ざけるための笑顔っていうの? そういう顔だった。だけども、昨夜は違っていた。ごく自然に笑ったり怒ったり。心から打ち解けてくれて、初めて、家族になれた気がしがしたの』


 そっか。

 私が抱いた感想は半分だけ当たってたけど、あと半分は違っていたのか。


『フェアが抱いていた私達への壁を、あなた壊してくれた。お礼を言わせて』

「いやいや、そんなご大層なことはしてないから、謝られると恐縮してしまいます」

『昨夜の時間をくれたのは、間違いなくあなたよ。ありがとう』


 こういう、改まった場面は苦手なんだなぁ。感謝されることなんかしていないけど、気持ちは受け取っておこう。変な断りをいれて気持ちに水を差すのもよくない。私は空気を読める女なのだ。




 広場に移動して、たくさんの住人に取り囲まれた馬車に乗り込む。知らない人ばかりだけど、見た顔が何人か。目立っているのは、訓練でさんざんお世話にメルクリートさんだ。風の魔法でずいぶん苦しませてくれたっけ。


『王宮には通信鏡で連絡を入れてますが、こちらも渡してください』


 メルクリートさんがリーゼライに手紙を手渡す。国のお姫さまと聞いたけど、この腰の低いさはなんなんだろう。この世界ではこれが常識なのだろうか。


 馬車に乗り込んだのは、御者のほか6人。馬車はもう一台あって、そちらには収穫されたばかりのリッコの実が満載だ。ほかには護衛騎士が4人。それぞれの馬を操る。


 出発する6人と送り出すたち人々の間に、別れの言葉が交わされる。今生の別れのような悲壮感はないけど、涙を流している人もいる。交通機関が発達してなさそうだしね。この世界では、王都という目的地は途方もなく遠隔地のようだ。

 この別れの場面は、歩けば一年という距離を裏付けている。

 

 昨日はあれだけしゃべりまくっていた村長が、ひとつうなずいだけで、ずっと黙りこくっている。思うところがあるのだろうが、不気味だ。


 からんからん。


 御者が鐘を鳴らす。出発の合図のようだ。

 馬に軽く鞭をいれ、馬車が、がたごとと動き出す。

 馬車を囲む人々の輪が離れていく。人の輪の向こうにぽつんと立っているのは、昨夜、家に火をつけたトッパ。いま彼女は、何を思っているのだろう。


 村の門を通り抜けた道は畑中を通っている。真っ直ぐ先に見えるのは、谷間に続く街道だ。子供達がわいわいと競争して馬車を追っかけてくる。沿道から、仕事の手を休めて手を振る人がいる。


 がたんがたん。


 フェアは、じっと黙っている。さっきから一言も口を開かないが、心の声は私にだけ届いてくる。


《もう帰らないんだ。もう・・・》


 そのとなりからリーゼライが静かに見守る。


 一緒に乗り込んだ連中は、追いかけてくる子供達に、さっきまで手を振っていた。今は、次の村までの時間をうれしそうに確認しあっている。



 こうして私は村を後にした。

 この世界に始めて降り立った土地を。


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