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1 フェアバール

レイアウト変更しました。

(ご連絡ありがとうございます) ^^;

 やや濁った小川のせせらぎ、ニワトリや豚などの家畜の鳴き声とニオイ。

 あちこちから聞える子供たちの騒ぎ声と、それを叱る大人の怒声。

 まばらに生える草花を、控えめな風がそよいでいく。


 恵みの少ない森に囲まれたツェルト村は、今日も死ぬほど「のどか」だ。



「隠せ。ポイントミラージュ」


 覚えたばかりの中級光魔法を唱える。薄いブルーの髪を垂らしておでこ付近をボヤかせば、見る人の目を誤魔化すことができる。


 これでよし。


 一応。魔法使いのあたしは、任されたちょこっとした仕事をこなすため、村の中をいったりきたりしている。


一応、と言ってるワケは、まだ魔法使いを名乗ることを許されてないから。村人のほぼ全員が魔法を使えるこの村では、初級レベルが使える程度は見習いに過ぎず、魔法使いと認められない。正しくは「見習魔法使い」になる。


 魔法使いを名乗るには、高位の魔法使いから認めてもらわなければいけないけど、まだ11歳のあたしは、年齢も実力も足りないと思われてる。


 村のみんなは、怪我や病気を治すことができる治癒魔法を得意としてる。村長がいうには、『治癒魔法使いの非公式一大産地』だそうだ。本当かな。


 治癒魔法にもいろいろあって、病気と怪我と疲労回復は、どれも別の魔法。風邪を治す術と怪我を治す術とでは、魔法がぜんぜん違っているし、疲れた身体を元気にさせる疲労回復も別。


 たとえば、魔物に食いちぎられた腕を怪我魔法で治そうとしても死んでしまうことがある。魔法が成功して腕が生えてとしても、体力が足りてなければ死んでしまうことがあるとか。


 難しい治癒魔法だけど、村で一番の使い手が村長だ。かなりの大怪我でも、アッサリと治してしまう。疲労回復しながら怪我も治してしまうという、驚きの治癒魔法使いだ。その村長さえも、使えない種類の治癒魔法があるとか。治癒に限ったことじゃないと思うけど、魔法は奥が深いんだと思う。


 あたしは、怪我魔法も回復魔法も苦手。使えないこともないけど、ぜんぜん初級レベル。ほかの魔法の方が得意なんだけど、ツェルト村で魔法使いと認められるのは、中級以上の治癒魔法使いだけ。そんなわけで、治癒魔法の上達が遅いあたしは、見習いのまんまで魔法使いを名乗れない。


 もっとも、11歳で初級治癒が使える人もあまりいない。15歳になる従兄弟のリーゼライからは、『ぜいたくすぎる悩みだ』と言われた。そうかも知れないけど満足なんかできない。あたしは、はやいこと村から出て行きたいんだから。


 父さんも母さんもいなくなったこの村で、仲間たちから世話を受けている。こんな暮らしは嫌だ。哀れんだ目で優しくされるくらいなら、不自由があっても一人で生きるほうを選びたい。


 あたしなりのざっとした計画では【魔法使いの称号】を得て、大き目な街で暮らしていくことが良いと思ってる。11歳で人生設計を語るのは、子供っぽくないかもしれないけど。


 魔法の狩りは得意だ。けっこう奥地な村のさらに奥地で誰にも会わずにヒッソリ暮らすのも悪くない。けど、獲物の数は限られてるので、同じ獲物を狙うゴブリンと競争しなければいけない。好戦的で群れなす敵を相手にするのはムリ。一人じゃやられてしまう。


 村のあたりでさえ、どこも作物の育ちが悪い。村だけでなく国のどこでもそうらしい。農作業の苦手なあたしが奥地へいけば、そのうちお腹を減らして野垂れ死にしそうな気がしてる。


【魔法使いの称号】をあきらめる根性があれば、今スグにでも飛び出したい。でもそれは絶対にできない。なにせ、ツェルト村からあまり離れたことがないので道がわからない。隣のジャルタ村へいくのさえ、馬車で半日ほどかかる。大きな町なら、何日かかるかわからない。たどりくまえに、やはり野垂れ死にしそう。


 もしもとっても運が良くて街に着いたとしても、あたしにできる仕事がみつかるかな。


 称号のない魔法師は、ペテン師扱いされているという。魔法の制御が下手でトラブルが多いから門前払いなのだそうだ。独り旅には危険も付きまとう。子供は人攫いに会いやすく、さらわれた先に待っているのは奴隷の人生だ。


 ぜーんぶ、村の大人たちが話してたことだから、真実は違うかも。

でも怖いので、人生を賭けてまで試したいとは思わない。


 そんなわけで、魔法使いの称号を手にするまでは、しっかりと修行。それがあたしの人生設計だ。魔法使いになれれば一人前と扱われるので、望めば、大きな街まで馬車で送ってもらえる。もしかすると、王都で行われるという魔法使い選定会にも参加させてもらえるかもしれないし。今、無理することはないと思う。




 治癒魔法使いが多いことさえ除けば、ここは普通の農村だと思う。小川が流れ、粉をひく水車があり、180軒ほどの家々を丘と田畑が囲む景色。ずっと先には森があって、はるか遠くには、霞んだ山々がたたずむ。一度だけ行ったことのある隣のジャルタ村も、景色はこことあまり変わらない。


 のどかだからといって、決して居心地がいいわけじゃない。こんな狭い村でできるだけ快適に暮らそうとするなら、みんなから可愛がられなければいけないし。可愛いがられるため努力してるけど、あんまり楽じゃない。


「 やあフェア。水汲みかい?」


 サリサおばさんだ。スラリと背の高い優しい人で、母さんの姉さん。あたしが幼いころから世話になっている。シユイ芋の入った手籠を両手に抱えている。


「・・・そうです、サリサおばさん。トッパさんのところへ」


 小川の水は、そのまま飲えばお腹をこわしてしまう。井戸もあるけど湧き出る量はイマイチ。村では、水魔法の得意な誰かが、交代で水瓶を一杯にしている。あたしは、水や風の魔法は中級。魔法力もあるので当てにされてる。家々を回っては大きな水瓶に水を満たしてる途中だ。


「トッパのところね。一人で行ける?」

「はい。瓶に水を入れるだけですから」

「じゃ、うちの瓶にもいれておいて」

「ウフフ。もう、入れましたよ。ヒビの入ったカメもあったので、それは土魔法で直しておきました。」


 会話には、笑顔が大事。じゃないとイヤミに聞こえることもあるし。


「えー? カメにヒビ? 気付かなかったなぁ。でも直してしまうなんて。そんなこともできるようになったんだね。ありがとね」

「ウフフ、どういたしまして」


 とりあえず、ウフフを入れておく。


「・・・あ、おばさん、リーゼは、どこにいます?」

「リーゼは、村長と一緒に出かけてしまったよ。魔物が出たらしくて。今日は、夜まで戻ってこないって」


 リーゼとは、リーゼライ・シュタール。幼馴染で優しくしてくれてる。サリサおばさんの息子だ。ちなみに村長というのもサリサおばさんの旦那さん。外ではいつも役職で呼んでいる。


「・・・そうですか。聞きたいことがあったんですけど」


 また、ニコリと微笑んでおく。笑顔の小さな積み重ねは評価と待遇を上げてくれる。体験から学んだことだ。


「水汲みのほか、なにかできることあります?」

「 そうだね。東の森を枝打ちしたいって、ランクマが言ってたかな。風や水魔法のできる大人がみんな集まるそうだから。明後日の朝、一緒に手伝ってもらえる?」

「お役に立てるかどうかわかりませんけど、お手伝いします」

「 助かるわ。あんたの風魔法なら、百人リキよ。あ、それと夕食はリーゼ達が戻ってからね。」

「はい。いつも、ありがとうございます」


サリサおばさんは、立ち去ろうとして一度ふり返る。


「その、礼儀正しいのも悪くないけど、もっとくだけて欲しいなあ。あなたも大切な家族だからね」


 手籠を抱え直し、おばさんは村の中央へと歩いていった。いい人なんだと思うけど、わたしを見つめる目は哀しい。哀れんでいるのを隠しきれないでいる・・・と感じた。


 少し歩いたところで、トッパさんの家に着く。


「トッパさん・・・いませんか?」


 一声かけると家の中からわいわいと、かけ出てくる。トッパさんの子供で元気な兄妹だ。


「わー、フェアだー」

「フェアバール! 水汲み?」

「みてていい? いい?」


 トッパさんはいないようだ。農作業にでもでているのかも。ほっと息を吐いてから、勝手知ったる土間に入って、水瓶の木蓋を外す。


「見ててもいいよ。でも水がかからないように、離れててね。」


 水がめの上に右手をかざす。


「水精の主よ我に潤いの恵みをもたらされん ウォーターフォール」


 うっすらとした青い光が手の平を覆う。


「水、出ないね」

「出てこないよー?」


 どばばばばばばばーーーーーー


 桶を控えめにひっくり返したような量の水が、濃青光の中から溢れてくる。ちょっと多すぎるかな。水瓶からずれそうなので、量を少なく調整して扱いやすくする。


「うわーーーーすごーーーーーい!!」

「この前汲んだときよっか、増えてるね」


 あたしより幼い子供たちが、驚きの歓声をあげる。ふふんっ。これでも練習は欠かさないんだ。治癒は苦手だけど・・・。


 水瓶を2つ目まで満たした。あと一つ。とっとと終えて立ち去ろう。長居は無用と思っていたところに、帰ってきてしまった。


「 あん? フェアかい 」

「・・・はい、トッパさん」


「ママー、フェアの水魔法すごいんだよー」


 大柄なトッパさんが、入り口に右手にかけ、身体を預ける。そして、威圧感一杯で、あたしをにらみ付けてくる。


 3人の子供たちにほんの少しだけ目元が緩ませて、果物をそちらに差し出す。


「パス、リズ、ブレクス。ほら、おやつだよ」

「リッコの実だ~」

「わーい、ママ、ありがと」


 リッコの実をうれしそうに受け取った子供たちは、さっそく食べようと奥の部屋にどたどた入っていった。


 トッパさんという人は苦手だ。いつもあたしを目の敵にしている。何を考えているのかわからない。さっさと瓶を一杯にして、とっとと帰りたい。


 また、こちらをにらんだ。


「ふん。水汲みはやっと半人前だね。治療は赤ん坊並だけど」


 赤ん坊並で悪かったね!

 心の中でそう叫ぶ。


「はい、これくらいしかできないもので」

「そうだろうね」


 ぐっ・・・


「村で面倒を見てあげてるんだから、恩返ししなきゃね。リッコの種ツブほどしか持って無い能力でもね」

「・・・そうですね。そう思ってます」


 水瓶が一杯になった。用事は済んだ。それじゃ、と言って立ち去ろうとする。

入り口の左、手をかけられてないを通ろうとしたが、トッパさんは、その左側のほうに手をかけ直す。


「・・・あの、通れないんですけど」

「そうかい?」


 なんで、こんなことをするんだろう。

 顔を上げて、トッパさんの目をじっと見る。


「なんだい、その目は?」


 蔑むような視線を浴びる。心臓がパクパクと大きく鳴る。心の動揺をうけて、ミ ラージュポイントの魔法がはじけて消えた。魔法で隠していたおでこが露わになる。


「いつ見ても醜顔だね。それ。村の連中の哀れみを買ってるのかい? 火傷を負った醜い顔で、あたしは悲劇のヒロインです ってね 」



 分かっている。わざわざ言われなくたって・・・分かっている。

 あたしの顔の上半分には、醜い火傷の痕がある。いつも髪を垂らして、最近は光と風の魔法でぼやかしている。


 なんとか、自分の顔をキレイに見せたくて魔法練習をいっぱいした。眠る時間さえ削って努力したおかげで、光を反射させてごまかせる魔法ができるようになった。ちょっと見たくらいでは火傷だと分からない。水や風魔法が得意になったのはついでの副産物だった。


 でも見た目はごまかせても、火傷が治ったわけではない。

 肝心の、一番望んでいる治癒魔法には微かにさえ届かない。

 あたしは、両手で顔を隠した。


 大人たちの怒号と行く手を阻む業火がフラッシュバックする。

 詳しく覚えてはいない出来事。父さんと母さんがいなくなり、おでこに醜い痕が残ったあの時・・・。


「あたしにも哀れんでほしいかい! 騙されないよ!」

「あ、哀れみなんて!!!」


 あんたに、あたしの気持ちが分かるか!


 怒りと悲しみで髪の毛が逆立つ。

 体中に熱い何かがかけめぐる。

 大きくなった魔力を感じたのだろう、トッパが、すこしたじろぐ。


 このまま怒りのままにこいつを・・・しかし、それをやれば、この村にはいられなくなる。

 あたしは駆け出した。入り口を通せんぼしている女を突き飛ばして、そのまま走っていく。


 あたしは、哀れんでなんかもらいたくない。

 あたしは、こんな思いをするなら誰とも馴れ合わない。

 あたしは、こんな村になんかいたくない。


 そう。いたくないのだ。誰も知らない町で1人で生きていく。


 そのためには・・・。




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