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8 嫌がらせの結末

今回と次回は、一つの区切りです。

人の気持ってけじめをつけるのが難しいですね。




 夕闇が村を包む頃、家の窓からは灯り漏れ始める。光を使える者は光々とした光で、火が使える者は灯火で、魔法の灯りが家々にともるのだ。火も光も使える者が居ない家は、隣の家まで灯りをもらいに行く。そうして村は夜を迎える。




 人が家にこもり誰も歩いてない村の外れで、声をひそめる三人がいた。


「……本当にやるのか、トッパ? 放火は大罪だぞ」


 トッパは、腹を立てていた。あのフェアバールが英雄だと。特例で魔法使いだと。人を見殺しにした奴ら子供が英雄なんて理不尽だ、と腹の底が煮え繰りかえっていたのだ。


 あの娘の親は、盾魔法使いで優秀だと、みんなからもてはやされていた。ところが実際はどうだ。魔物との戦いで夫たちを守れず、あっさり敗退してしまった。優秀が聞いて呆れる。買い被りもいいとこだ。


「放火? そんな大袈裟なもんじゃないよ。ちょっと火を点けるだけさ」


 五年前のゴブリンの討伐。子供を産んだばかりのトッパを家に残し、夫が志願した。しかし、手を振って送り出した夫が戻らなかった。戦いで死んだという。報せを聞いたトッパはすべてを呪った。ついてやれなかった自分に、討伐作戦を企てた王政府に、攻撃連携が下手だった他村の連中に。そして仲間を守りきれなかった魔法使い達に。


 討伐戦で全員の無事を願うのは欲張り過ぎる。頭の中ではそう理解していたが、自分達は別だとも信じていた。誰が死んだとしても夫だけは戻ってくると。被害の中に夫が含まれなんて万に一つも思わなかったのだ。


 仕方がない。

 悔しい。

 仕方がない。

 悔しい。


 せめて、恨みをぶつける相手が欲しかった。防御の責任は、盾のリーダーであるグレイフェーダー夫妻。二人を見つけて悔しさをぶつけようとしたのだが、腹立たしいことにこの世を去ってしまった。仲間の壁になって散ったのなら良い。責任をもって最後まで踏ん張ったのだと賞賛するが、聞けば、戦いに紛れていた娘を庇って死んだという。なんだそれは。


 恨みをぶつける直接の相手をトッパは失った。

 家族を亡くしたのはトッパ達だけではないが、彼らは諦めることを知っていた。 トッパにはそれができなかった。


 恨みの矛先は生き残った娘へ向けられる。相手が大人だったら事情は違っていたかもしれない。恨み辛みを勢いに任せて吐き出し、吹っ切れたかもしれない。


 しかしフェアバール・グレイフェーダーは子供。思い切りぶつけることができないし、フェアは言い返す言葉を持たない。不完全燃焼恨み言は、五年にわたる嫌がらせとなってしまった。ちくちくといたぶるように。


「……だぁから、火を点ければもう放火なんだって」

「いいんだよ。あんた達だって腹が立ってんだろう?」


 火点きの良さそうなものを物色するために、グレイフェーダー家の裏のほうへとまわる。全く燃えないのでは目的は果たせない、かといって燃えすきても困る。家に一度もどって紙くずでも持ってこようか。そう思ったとき、焚付けに使う豆殻と薪が山と積んでるのをみつけた。


 山から二本の薪をだけ取り上げると、敷いた豆殻を置く。


「なあに、あいつは水魔法が得意だ。すぐに気づいて消しちまうさ」


 トッパは焚付けにアゴをしゃくり、諦めたように一人が火魔法を放つ。パチパチ。煙を上げた豆殻が燃え出す。

 これはただの脅しだ。いつもと同じちょっとした嫌がらせ。それで自分達の気が、また少しだけ晴れるのだ。


「ふふん」


 火に気づいた娘は、血相をかえて外に飛び出して火を消すはずだ。その吠え面を拝んで、嘲笑を浴びせて立ち去る。それが今回トッパが考えた嫌がらせだった。

 

 火は、豆殻から薪へと燃え移った。


 娘は出てくるだろう。

 そろそろ出てくるはず。

 

 あからさまに、豆殻が爆ぜる燃える音がしてるのに、なんで気がつかないんだ。耳が悪いのか。そんなことはないはずだ。


 --出てこない。なんで?


 薪の火は大きくなって、薪の山へ、さらに家の木戸へと燃え移る。


「トッパ、やばいよ」

「う、うるさい。もう、出てくるから」


 トッパ達は、水魔法が使えない。火を消そうとするなら、川からバケツで水を運んでくるか、水魔法を使える誰かを連れてくるしかない。


「燃えちまうだろうに、なんで、消しに出て来ないんだ」


 炎はさらに大きくなった。木戸から二階部分の壁を伝って、屋根へと届き始めてる。三人は熱さで近くにいられなくなり、家から距離をとる。


 村で水魔法が使える人間はそれなりにいるが、ここまで炎広がってしまうと、ジャバジャバ水を出せる中級以上でないと鎮火は難しくなる。中級水魔法使いは、村に数人だけ。貴重な一人が、家の中のフェアバール・グレイフェーダーだ。トッパは焦った。


「だ、誰か呼んできて。中級水魔法が使える人を」

「ウ、ウォルか、ドーシューが近い」


「早く!」


 助けを呼びに行かせたトッパは、近くにあったバケツをむと川の水を汲みに走った。バケツの水をばしゃっと、家にかけるが、燃え盛る炎に効果は薄い。川へと取り返しては水を汲んきて家へかける。何度も何度も繰り返すが、火の勢いは衰えるどころが、勢いが増すばかり。


 軽い嫌がらせで点けた火は、グレイフェーダー家のすべてを包んでしまっていた。




「あーあ。やっちまったな」


 火消しに力尽きたトッパの後ろから耳に馴染んだ声がした。そこには、村長やサリサ、リーゼライやメルクリートほか、村の役人たちが立っていた。


「満足したかトッパ? これでお前も、晴れて人殺しの仲間入りってわけだ」


 表情のない村長の言葉が刺さる。人殺し。あたしが。ぶるぶると震えている手はバケツの持ち手を握ったままだ。強く握りすぎたせいで、手の感覚が遠のいていく。


「フェアの両親を人殺しだとか言ってたな。てめえが、とんだ言いがかりをつけてくれたおかげで、新しく盾役をやろうって奴が現れねぇ。そりゃそうだよな。どんな盾魔法が得意なやつでも、いつも完璧ってわけにはいかねえ。命を張って守っても、糾弾されちゃあ、やってられん。トッパには盾役不在の責任を、いつかとってもらおうと思ってたんだが……残念だ」


「残念?」


 残念という言葉の意味がトッパには分からない。


「犯罪者になったてめえは、衛兵に渡されて処罰される。運がよければ奴隷に格下げ、悪ければ死刑だ」


 人殺し、そして奴隷か死刑。残念だというのは、村長の手で責任を取らせることができない意味と悟る。


「そいつは、まぁいい。自業自得だからな、不憫なのは子供たちだよ」

「え?」


「マジに人殺しの子供になっちまったんだからなぁ。当人たちは何もやってないのに、人殺しと同じ目を向けられる。てめぇがフェアにやってたのと同じことが、自分の子供に起こるんだ」


 人殺しの子供……。可愛いあの子たちが?

 リッコの実を嬉しそうに食べていたあの子たちが。

 これから一生、人の目を気にしながら生きていくことになるのか。

 あたしのせいで。


 この世はままならない。盗人、盗賊はどこにでも出るし、わずかな食べ物の為に殺人を犯す人間も多い。しかしそうした世界と隔絶しているのがツェルト村だ。作物こそ育ちにくいが、王家直下の援助が手厚い。この村にいれば、長閑に学べて成長できるのだ。


 裏を返せば、犯罪者のいない村は、それ故に犯罪者には過酷になる。諸事情から奴隷を置くことも制限されている。自分が奴隷に落とされるということは、つまり村から出されるに他ならない。死刑でも結果は同じだ。村長が残念だと言ったのは、子供達が孤立するという意味でもある。


 残された子供たちのどういった扱いを受けるか。死にはしないだろうが、辛い日々であろうことは容易に想像できる。トッパがフェアバールに対したように。冷たい目を向けられ、雑な扱いをされ、どんなに頑張って貢献しても評価すらされない。そんな生き様が待っている。

 

 火事の知らせを聞いて、たくさんの村人が集まってきた。消化を手伝う心積もりするらしく、バケツを持ち出している人も少なくない。火の勢いから手の施しようがないと、思ったのか、トッパ達の様子を遠巻きにしている。


 なんということをしたのだろう。人の命を奪うとは。それも無抵抗の子供を炎でつつみ、住まいごと炭にしてしまうとは。子供を育てる親としても人としても、やってはいけない一線を踏み越えてしまったのだ。


 トッパは目の前が真っ暗になって、何にも考えられなくなった。


 パチパチと火が爆ぜる音に続いて、がらがらと大きな音と立ててグレイフェーダー家が燃え崩れていく。空を明るく照らす炎は、崩れて小さくなってるトッパの影を長く引き伸ばしていた。



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