7 顔合わせ
「それでは、お待ちかねの訓練です」
枝払いの作業は終わった。落ちた枝をまとめる仕事もあるのだが、訓練訓練とモコトが煩い。リーゼライは、仕方なく、他の二人にお願いすることにした。お礼は野うさぎで手を打ってもらう。
『訓練って、ここでやるの?』
「まさかでしょう」
訓練は場所を変えて行わなければいけない。村で育成してる木材林で暴れたりすれば、どうなるか。
おそらくは林は焼け野原で、運がよくても残骸の山ができるだろう。
枝払いの終盤のことだ。フェアの放ったエアカッターには火魔法が付与されていた。内緒でモコトが実験したのだ。空気の刃が触れた瞬間、枝だけ切り落とされるはずの木の幹が轟音とともに破裂した。
バァァァァッ~ンッ
突然の爆破音。
魔法を放ったフェアとすぐ近くにいたリーゼライは、破裂音で耳が聞こえなくなった。
耳なりがキーンとする。何が起こったかわからない二人の頭の中にとモコトの声が響いた。
『あ、ごめん』
手塩にかけて育てたドーマ杉の破片が、バラバラと砕けて降りそそいでくる。
破裂した部分より上の、80メートルに達しているだろう幹が落下。
二人の真上に落ちてくるのを、モコトが慌てて防御した。
ズガガガガ……
3メートルほど地面に突き刺さった幹は、自重に絶えられず倒壊していく。
ウィルのもつ潜在力が発覚すると同時に、樹齢300年を越えるとされる貴重な一本を真っ二つにされた瞬間だった。
「2階建て住宅なら十軒分にも相当する木材を、みすみす薪にしてしまったんです。少しは責任を感じてください」
モコトの気紛れな実験で、これ以上、村の資源を破壊されてはたまらない。このままここにいたら、跡形もなく林が消えるかも知れない。村長の息子らしい経済感覚が首を持ち上げ、作業を切り上げたのだ。
『だからごめんって。聞こえなくなった耳も、ちゃんと治してあげたでしょ』
「そんなこと、ツェルト村の人間なら、誰にだってできます」
「ふ、二人、同時に治してしまうなんてね。あれって中級治癒魔法だよ」
フェアバールが怒り心頭のリーゼライを遮って、藻琴の助太刀に入る。
『へっへー。今さっき、できるようになったんだ!』
「そうなの? ものすごい速さで上達してるんだね。あたしもがんばんないと」
モコトがフェアに取り憑いてから、まだ二日。すでに二人は姉妹のように仲が良いが、フェアの警戒心の無さに、リーゼライは呆れている。村の窮地を救ってもらった部分には感謝しているが、ウィルについては当人のモコトでさえわかってないのだ。謎の多い存在とかんたんに慣れ合うつもりはない。
リーゼライが抱いたモコトの印象は、落ち着きのないお嬢様。会話には知性は感じはするが、行き当たりばったりの世間知らずだ。身体が死んでウィルになったというが、その場のノリで命を投げ出したのではないかと睨んでいる。
とりあえず年齢を聞いたところ、あっさり教えてくれた。二十五歳だという。オバさんと呼ばれる年齢のはずだか、アッケラカンとしている。子供はおろか、結婚さえしてないと。婚期を逃しているのは明らかだがモコトの世界ではそれが普通らしい。
「享年二十五歳ですね」
『き、享年・・・! フェアもそうだけど、リーゼって容赦ないのね』
ショックだったらしい。わずかながら、デリケートな心もあるようだ。
「ここです」
話しながら歩くこと30分。やっと目的の場所に到着する。ここは村のほぼ真北ある広い草原の台地。魔物の住む森に近いため、ときどきゴブリンやオークが出没する。獣の縄張りにもなっていて、野うさぎや、煮込むと美味しいステーバードもよく見かける。初心者の狩りの訓練には、打ってつけの場所なのだ。
「とりあえず、今出来る魔法を全部見せてもらいます。その次に対人訓練を」
『それはいいけど、このギャラリーは何?』
この草原は誰もがよく出入りする。数年前からは、いつのまにか食事のための頑健な椅子とテーブルが設置。村長、サリサ、バーレーン、ドワーフのカンラル、そしてメルクリートの5人がそこに座っていた。
腰まである手入れの行き届いた長い金髪をふってメルクリート観察官が立ち上がる。両の手を腰にあてて、小柄な身体をどんと構えた。
「あなた方。いい度胸をしてますわね。このわたくしに隠し事をなさるなんて」
村長が後ろで苦笑いしている。
「ウィルの件を話したらついて来ちまったんだ。まあ、姫さんにも協力してもらったほうがいいだろう。バーレーンや、カンラルにもついてきてもらった。何かと参考になればと思ってな」
たしかに。ウィルについて調べるなら、幅広い情報が必要だ。バーレーンは村役人のまとめ役で、カンラルは、外周部の責任者だ。
見た目と態度は残念なメルクリートだが、頼りにできる人物だ。さらに王家には、古来からの文献が数多く貯蔵されてると聞く。村に常駐している彼女に協力を願い出るのは自然な成り行きだ。
『ええと。会議を仕切ってた女の子よね? 偉い人なの?』
モコトが心話で聞いてくる。今朝からの会話をしてたことで慣れたつもりでいだが、別人の声がフェアから聞こえてくることには、まだ違和感がある。
「王家から監査役として出向いてる、メルクリート殿下です」
『あの、黒いゴブリンに留めを指してくれたのもこの娘でしょう? 殿下?』
訝しげなモコト。
「そう、この国の王様の三女。お姫さまなんです。あれでも」
「あれでもとは、なんなのです? フェアバールさんを見ながら独り言ですか? 変わった趣味ですわね」
リーゼライとモコトの会話は、当然、メルクリートには聞こえてない。
『フェア、この人、巻き込んじゃってきまわないの?』
「リーゼは、どう思う?」
モコトがフェアに尋ねれば、フェアはリーゼライに丸投げする。
「協力してもらいます」
ニヤリと笑って親指を立てた。
『驚かせってことかいな。お主も好きよのぅー。えーと。全員のほうがいいかな』
再びサムズアップ。
『じゃ、10メートル以内の人を認識して、通話設定--っと。準備完了』
藻琴が間を空けて話し始めた。
『コンニチは。本日は私のためにお集まり頂きまして、まことにありがとうございます!』
見知らぬ声が頭の中で挨拶を始めたことに、バーレーン、カンラル、メルクリートが目をぱちくりさせる。周囲をキョロキョロ見回して声の主を探すカンラル。頭が乗っ取られたと頭を抱えバーレーン。これ以上ないほどに目を見開くメルクリート。対照的に、村長とサリサが涼しい顔だ。
やれやれという仕草をする村長。ニマニマするリーゼライをサリサが睨みつけている。前置き無しで発せられた脳内への挨拶に萎縮しながらも、メルクリートが言葉を返す。
「は、始めまして。あなたがウィルさんですね」
『はい。芝桜藻琴と言います。一昨日は、救っていたたきまして、ありがとうございました』
「礼儀正しいのですね。あれしきのこと、私にかかれば--」
メルクリートの言を、リーゼライが遮る。
「時間がないので、はじめましょうか」
ぶうぶう文句を言うのを無視して、構わず訓練を開始した。
王族をないがしろにするのは、不敬にあたるが、メルクリートの長話につきあっていられない。もう夕方に近いのだ。日が暮れる前に終わらせてしまわないと、夜の魔物が俳諧してくる。
訓練を待ちきれなかったのはモコトだけではない。リーゼライも、モコトの魔法力には興味を抱いいた。異界のウィルとやらの力がどれほどのものなのか、直に見たいのだ。
『じゃ、始めてもいいのね?』
元気にモコトが答えてくる。
「どうぞ」
『会話を距離で固定している方々は、10メートル以上離れたら声が聞えなくなるんで、よろしく。じゃ、まず防御から。全開でかけまくるから、フェアはそのまま真っ直ぐ歩いて』
赤や青などの色が、一瞬だけフェアバールを包んで消える。
言われたとおり、フェアは真っ直ぐに歩く。
足元に当たる草花が、見えない何かにぶつかって外側に押しのけられていく。
20歩ほど行った先には幹が一抱えもある立ち木がある。
そのままではぶつかるので、フェアは右側へと向きを変えようとした。
『だめ。そのまま真っ直ぐに』
「え、ぶつかるよ?」
モコトに従って、立ち木に向かう。
あと一歩で当たるというところで迫ったとき、フェアの前にそびえていた木が、半透明になって消えた。まるでフェアを労わるように、行動を妨げることを恐れるように、身体の外周に沿うように、立ち木の幹のぶの部分だけが無くなったのだ。
「うわっ、おもしろい。」
フェアが歩みを進める。立ち木を通過するに合わせて、消えた幹が復活していく。描いた絵をいったん消して、再び描きなおしたかのように、消えたことがウソだったように元に戻っているのだ。
『これはね、対象物の触れた部分を、その瞬間だけ部分的に次元転移させているの。逆にフェアの方を透明人間にすることもできるよ』
「・・・」
「いやぁ。あきれたね。最初からこれじゃ、向かうとこ敵無しじゃねーか」
言葉が出ない一同と、ひとり感嘆の声をあげる村長。
リーゼライもこれほどとは思っていなかった。これでまだ序盤だという。
固まった空気の中、モコトの魔法披露会は続く。
空を飛ぶのを始め、フェアの魔法に付加する独特な方法が目を引く。防御魔法なのに、攻撃に有効なタイプもあるようで、軽く手を振っただけで幹が折れたりした。モコトの魔法は、リーゼライがこれまで親しんだ魔法とは全く異なるようだ。ただしそれらには共通点があった。
『私からは、直接攻撃できないのよねー』
モコトだけがそうなのか、全てのウィルがそうなのかわからない。しかし、彼女の魔法はフェアを護るだめだけに存在しているようなのだ。何者をも通さない防御も、100メートル越えの樹木を砕く付加魔法も、すべてはフェアを庇って支えるためだけに存在していると思えた。
--人間の中に入って、そいつを助けるって話しだ--
村長が言ってた言葉を思いだす。
ウィルが、宿主を護る壊れない壁でいるなら、フェアに害をなすことはないだろう。悩みの種になることはあるだろうが、きっと大きな助成となるに違いない。リーゼライは、すこしだけ安心感を覚えた。
防御の疲労が終わると、対人訓練が行われた。相手になるのは、カンラルとメルクリートだ。
同じ土魔法にも種類がある。土建に特化したバーレーンとは違って、カンラルは土魔法での攻撃ができる。始めは5ミリほどの〔グラベルバレット〕を打ち出していたカンラルだったが、防御に弾かれるたびにサイズが大きくなっていく。最終的には80センチ級の攻撃土魔法を、ムキになって放って。
「うぉりやややぁ!、デカクて堅い岩の塊を飛ばせ、ロックバレットォー」
あらん限りの魔術で作り出した岩が欠片と散った。魔力が尽きたカンラルは、地面に座り込んでしまった。
風魔法の得意なメルクリートは、エアカッターとエアアローを同時に放ったが届く前に無効化された。ぐぬっと唸って剣を抜いたが、突如現れた大容量の水の中に囚われた。フェア得意の水魔法ウォーターフォールを、モコトが立方体に固定したのだ。
メルクリートは冷静にレジストし、濡れた衣服を風魔法で乾かす。
「・・・や、やるわね。こんな魔法の使い方があったなんて」
次から次へと趣向を変えていく訓練に、全員が夢中になった。
魔法の素人とも思えない、いや素人だからこその思わず使い方に、集まったそれぞれが、さまざまな対処法などを検討しては試していったのだ。訓練は、辺りが黄金色になるまで続いた。
「それではみなさん、もういいですね」
リーゼライが、この場を閉めようとする。
想定される魔法が飛び交ったおかげで、草原だった土地は草も木もなくなっていた。むき出しになった土砂の大地を見渡しながら、村長がうなずいてる。
『私は十分よ。いろいろ試せたしね。フェアは?』
モコトの声が弾んでいる。顔が見えてればきっと満足そうな笑顔ではないだろうか。
「もう、ふらふら。こんなに力いっぱい魔法を使ったのって始めて。みなさんありがとうございます」
「私も心身ともに納得しましたわよ。今日はいろいろと勉強になりました。お礼といってはなんですけど、モコトへの強力は惜しみません」
メルクリートが、ウィルに関する情報提供を請け負ってくれたところで解散となった。




