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5 集会


 ゴブリンの襲撃から一日。

 この事件は[ツェルト村ダークゴブリン襲撃事変]とか名付けられて、王都に報告されるとか。


 昨日は夢中で戦っていたんだけど、すごいことをやってのけたと思う。

 攻撃や防御魔法を使える人が正面でがんばり、傷を負ったらすぐ後ろに下げて回復して再び前に。

 こんな無茶な戦い方は、ツェルト村だからこそできただろうね。


「よそのお客さんに、村が全滅しそうになったんだよって言っても、信じないよね」


 倒したゴブリンは、使える部位を除いて村の外で灰にされた。

 足止めに掘ってもらった穴はみんな埋められて、植生魔法で青々とした芝に覆われてる。


 二百ものゴブリンが攻めてきたんだけど、死人はゼロ。

 怪我した人はぜんぶ回復してるから、ツェルト村史に残る騒動なのに、ほぼ平常にもどっていた。


 中心を流れてる小川に掛けてある足場で、ジャリキさんやコックワードさん達奥さんが洗濯している。ぐずる赤ちゃんをなだめながら、今朝のことを話し合ってるみたい。農耕を終えた牛の手入れをしているのは、ドワーフのカンラルさん。バーレーンさん達村の役人は、村を囲んでる柵を一つ一つ点検している。


『私は、元の状態を知らないけど。ウソみたいに長閑ってのはわかる』


 藻琴もそんな感想を返してくる。


『それはそうと、行くんでしょ? その【合わせ月の焚】だっけ?』


 むふふ。

 頬が緩んでしまうの抑えきれずに、朝のできごとを振り返った。





 今朝のこと。

 村長の呼びかけで、村のみんなが広場に集められた。

 昨日の[ツェルト村ダークゴブリン襲撃事変]のいきさつを確認することと何かの発表が目的だった。


「えーと。最初に、ゴブリン集団を見つけたのはヨーストだな。村に駆け込んでみんなに知らせまわったのが、カツワイ。門の外で壁のリーダーになったのが……」


 何がどうなって、そのとき誰が何をしたか。そうした事を書類にまとめて、王都に報告することになったらしい。広場中央の壇上からにには、村長とバーレーンさん、そしてメルクリート監察官が並んでる。まとめ役は、監察官のメルクリートさんだ。

 

 集会の前にとりまとめた事件のあらましを、村長がみんなに確かめ、メルクリートさんがうなずく。


「-ーこんなところでしょうか?」


「あー。客観的にみるとおかしなことだらけだが」

「一言でまとめるなら、ゴブリンの暴走というとで纏められるのでしょうけれどね」

「いや。死人がゼロってところが、ちと不自然すぎるな。五人くらい殺しとくか」

「それもそうですね。どなたか希望者を募っても?」


「「「「おいっ!」」」」


 真顔で相談しあう村長とメルクリートさんの不穏な会話に、村人全員がツッコミをいれる。


「はっはっはー冗談だっ」

「「「「当たり前だ!」」」」


「ま。冗談ではあるんだが、対外的にマズいってのも本音だ。調査と防衛を要請するにしたって、バカ正直にこのまま公式記録にはできん」


『ねえねえ、フェア、マズいってどういうこと?』


 藻琴が心の声で質問してきた。

 【心話】とでもいうのかなこれ。

 あたしも、心の中で答える。


《魔法使いは、それなりにいるんだけど、治癒とか回復とかできる魔法使いって貴重らしいの》


 声を出さないようにするのが大変だ。

 隣にいるリーゼライの、やってるな的視線がイタイ。

 顔に出ているらしい。


『へえ。でも、みんなつかってるよね?』


《そう。ツェルト村の人はなぜかみんな魔法使いで、しかも、ほとんど全員、強力な治癒魔法が使えるんだ》

『ふーん。珍しい村なんだね』


 幼いうちから、特別な事情なので秘密だと教え込まれる。

 絶対に誰にも言うんじゃないってね。

 外では、村人同士で話すのさえタブーになっていて、村を出た魔法使いが、どういう活躍をしてるかも知らされない。それでも時々、出世話がウワサに登る。

 

 誰それの息子が近習の中にいるとか。どこどこ公爵に派遣されたとか、そんな話が耳に入るんだ。

 王族の行くあらゆる地域に隙間なく配属されていて、いつ誰が傷や病気になっても直ちに回復できる体制になっているんだとか。

 

 人の口を完全にふさぐぐことはできないって、バーレーンさんが嘆いてたっけ。


『王族にとっては誰にも渡せない貴重な資源ってとこかあ。そりゃ、隠しておきたくなるわね』

《でもね、そんな重要な村がこんな貧乏なはずない。話し半分に聞いといて》


 藻琴に説明している間にも、話が進んでいく。


「それじゃわかった。ゴブリンの数の方を割引いて報告しようぜ」

「いかほどに?」

「8割引き?」

「四十匹ですか。あまりに、実際の数からかけ離れてはおりませんか?」

「んじゃ、7割5分?」

「……五十匹ですね。悪くはありませんわね。それなりに驚異的な数ですし、死人が出ない程度には自然です。ですが、数がぴったりなのだけが不自然ですね。五十一匹にしましょうか」


 なんだか、お店の値引き交渉みたくなってる。

 村長のデカイ声と、監察官のひそひそ声が対照的。


「よぉし。みんないいか? 五十一匹に決まった。それで、五十一匹のうち誰が何匹倒したか、それぞれの活躍に応じて数を割振る。少なくて悪いが、表向き村からの褒賞を渡そう」


 褒賞宣言を受けて、歓声があがった。


「王家からは、実際の討伐数に則り、適正な褒賞が支払われることになります。もちろん、名目はゴブリン撃退ではありませんけど。」


 歓声が、もっと大きくなった。

 王家が頼りにしてるってのは本当なのかも。

 メルクリートさんは、実はお姫様だって聞いたし。


 銀貨や小麦を期待する声の中、村長がひときわ大きな声を上げた。


「フェアバール・グレイフェーダー!」


 え、あたし?

 いきなり名前を呼ばれた。


「は、はい?」

「ここに、上がってきな」


 なんだろう。昨日のことで怒られるのかな。

 穴を掘るようにとか、偉そうに指図してしまったし。

 みんなの視線が集まって恥ずかしい。


 壇上では、村長が怒ったように手招きしている。

 もじもじして動かないでいると、リーゼライに背中を押された。


「行けよ。フェアが出ないと話が進んでいかないからーー」


 そこで間を置いて、


「ーーちゃんと怒られてきな」

「ひ、ひえ~」

『大丈夫、その逆だよ。英雄にするって、村長が言ってたこと忘れた?』


 そういえば、昨日、そんなことも言ってた気がする。

 モコトの言葉に励まされ、おどおどと、下をむいたまま壇までの階段を上がる。


「フェアバール!」


 村長が、ひときわ大きな声を張り上げる。やっぱ、怒られるんだ!


「……昨日の活躍は聞いている!村のためにご苦労さんだった」

「は。はい? いま、『ご苦労さん』って」

「言ったが」

「……それは、新しく開発された懲罰道具ですか?」

「ああ? 作って欲しいのか?」


 村長のセリフに観衆がどっと湧く。

 は、恥ずかしい。


『フェアって臆病な子だったんだね。昨日はあんな凛々しかったのに……』


「あー、今回の騒動では、みんなに迷惑をかけた。突然起こったこととはいえ、衛兵役を買って出てる俺たちがいれば、もっと簡単に排除できていたはずだ。まずは謝りたい」


 村長がみんなに向かって頭を下げた。

 言葉は雑だが、決して尊大な人物ではないのだ。

 誰も彼もが神妙に聞いている。


「カツワイやヨースト始め、大勢の活躍がなかったら、悲惨な結果を招いてた。犠牲は一人や二人で済まなかったろう。みんなは、村の誇りだぁ!」


 目を細くさせて、頼もしい仲間を見回していく。

 みんな、うるうるした目になっている。


「そして、とくにがんばったのがフェアバールだ。おまえの指揮と頑張りがなかったら、壊滅してしまうって危険があった。フェアは村の英雄だ!」


 おおおおっ!


 さっきより一段と高い歓声がおこった。

 英雄? あたしが? 冗談でしょ?


 壇上のあたしに、みんなそれぞれの表情を向けてくる。

 笑顔。不思議そうな顔。

 ムッとしている顔はトッパさん達だ。


「さぁて。英雄になったフェアへの褒賞だがーー」


 再び静かになる。

 何が与えられるのだろうと、みんなが羨ましそうにする。

 村長とあたしとの間を、注目が行ったり来たりしている。


『フェアに褒賞がでるんだね。何がもらえるんだろう』

《別に、何にも欲しくないけど》

『へえ。無欲なんだね』


 身の丈に合わない物をいただくのは困る。

 余計なやっかみを受けるくらいなら貰わないほうがずっといい。

 どうせそのうち出て行くんだから。今のままで十分。

 だいたい、英雄なんて言葉も邪魔。冗談だよって取り消してくれるのが一番の褒章。

 そういいたいけど、言葉が出ない。


 長いタメをあけて、村長が発表する。


「--特に何もなぁい。そもそも、子供が村を守ったなんて、外聞が悪いし。」

「「「「なんだそりゃー!!」」」」


『フェア? この村の人達って、ノリがいいのね。集団ツッコミがスゴイ楽しい!』


 期待をもたせてなんだそりゃー的なブーイングが鳴り止まない。

 見当違いの方向に感動してるモコト。

 何もないのは肩透かしだけど、むしろありがたい。


「フェア、お前は孤児だ。金や小麦を山ほど渡されても、扱いに困るだけだろう。だから物品的な支援は、これまでと変わらずになる。その代わり特例になるが。魔法使いの称号を与えて、【合わせ月の焚】の参加てきるよう要請しよう」


『魔法使いの称号と、何?』


 魔法使いの称号!あたしが?

 称号があれば一人前の魔法使いとして仕事ができる。

 どこの町へ行っても、雇って貰える。

 何よりも願っていてまだまだ届かないと思っていたものだ。

 それをくれるって言った。


「どうだ?」


 うれしい。

 願ってもみなかった褒賞に言葉がでない。


「あ、あたし。あたしは・・・」

『よくわからないけど、嬉しいんだね。なら、ちゃんとお礼を伝えないとね。がんばれフェア!』

「ありがとうございます! うれしい。うれしいです!」


 大きな声でお礼を言った。

 こんな、大声を出したのは、初めてかもしれない。昨日から『始めて』が多い。


「スゲェじゃねえかフェア」

「フェア、おめでとう!」

「11歳で、もう一人前か! よかったな」


 あちこちから、お祝いの言葉をかけられた。


「ありがとう、ありがとう! みんな。」


 あれ涙が流れてきた。泣き虫で困るなあ。

 でも今のはいつもの涙と違う。喜びの嬉し泣きだ。


 何人かが、背中を向けて去っていったけど、知ったことじゃない。

 もう、あたしはいつでも村を出ていける。

 これで嫌味や嫌がらせから解放されたんだ。


《藻琴、あとで相談がある。話しを聞いてくれる?》

『もっちろん。なんでも聞いちゃうよ』


 村長、メルクリートさん、バーレーンさんたちは、あたしが壇上から下がった後も何が話していた。でももう、何も聞こえない。先に待ち受けてる明るい将来に胸が一杯になっていた。




--むふふ。


 興奮冷めやらぬってのは、こんな気持ちを言うんだろうね。

 何時間も経ってるのに、ワクワクが止まらない。


「【合わせ月の焚】は、もちろん行きたいし、出てみたい。でもそんなのはついでかな」


 父さんたちが亡くなり、1人になった家の広さ。

 いつも空気が冷たくて重かったけど、今日はなんだか気にならない。

 お昼の用意をしなきゃいけないのに手がお留守。


 突き上げ窓から外の様子を眺めると、洗濯は終わって川の周りには誰もいない。


『魔法使いの称号だもんね。これが、村長が言ってた落としどころか。それで、相談っていうのもそう言うことでしょ?』

「うん。とりあえず一緒に訓練したい。あとはその時に」


『いいねー! 望むところだ』




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