27 フェアというウィル
『どうした? もう里心がついたかリーゼ。こっちは皆んな、まあ、元気といえるな。サリサも誰も死んでないし。死にかけたヤツは多数だがな、わっはっは!』
昨日の朝のこと。ツェルト村の村長、別名奇跡のジェシュの場を読まない笑いで、会議は始まった。場所は、ポートベル冒険者ギルドバンの部屋。カレンが立てこもった最期の砦、ポートベルが反撃の狼煙をあげた拠点である。片付けされてないホコリっぽい部屋。銃痕が生々しい。
集まったのは、リーゼライ、フェアバール、レガレルのツェルト村組み。カレン、グレンの爆裂村組み。戦う商人ガスラー。シエラ、モリグズの誘拐組み。ウンベッター、フゥレンの海軍組。それにシャリーハットにバン、冒険者数人と、人質にされた有力貴族三人を加えた大所帯である。
モコトはフェアバールに、トカチガワにはシエラが、セットで付く。パスは疲れてベッドの中。理由は異なるが、クレストもベッドの中だ。クラウディは、番犬を真似して、入り口を塞いでる。
モコトが〔心話〕をつないだとたん村長の声が脳天を揺らす。耳を塞いでも防げない〔心話〕を全員が呪ったところで、会議の幕が上がる。
「証人は多い方がいい。メルクリートや、ほかにも何人か呼べないか、ジェシュ? あと、モリグズの兄殿もな」
大所帯がさらに大所帯となり、南クレセントの北西と南東を結んだ超長距離戦後会議が開催された。
会議の内容はシンプル。互いの場所で起きた騒動と顛末の付き合わせることが目的。記憶が新しいうちに、事件の全容を確固たる記録として残すのだ。
ツェルト村の西に上陸した、海兵本体を蹴散らしたリーゼライとシエラの件。ポートベルの街と海で起こった帝国海軍と海兵部隊による占拠と反抗戦。また、戦いに至った経緯。シャリーハットとフェアバール、リーゼライが話し、ほかのメンバーが補足を加えるスタイルで、その時間のその時間の銘々の動きと、帝国の作戦が明らかになっていく。
ツェルト村のことは、もちろん、村長とメルクリートが話した。村で、帝国兵の撃退に奮闘したのが、ゴブリンやオークの集団だった。ポートベルの面々は皆驚いたが、モリグズだけは平然としてた。魔物に集団暗示をかけるのは、ギャズモルの得意とするところだったからだ。
中心人物たる芝桜も、話しをするにはしていた。だが彼女は気まぐれで飽きっぽく、内容は、主観的で偏りが大きい。しかもシリアスなことは基本苦手ときている。参加者を巻き込んだ集団コントに陥りそうなところを、何度もシャリーハットが賢く軌道修正していった。
「敵の目的は、王家秘匿のツェルト村を暴いて外交的に優位に立つのが狙い……と見せかけて、ツェルト村の魔法使いを連れ去るつもりだったようだ。だとすると、ポートベル占領は軍部の暴走だな。結果的に壊滅のキッカケを作ったわけだから、自滅の道を選んだと、言えなくもない」
シャリーハットは少女然とした瞳でフェアバールを見た。どこかにあるコックピットのウィルの姿を探そうとするように。
「初めて知るものもいるだろう。ツェルト村の件は誰にも言うなよ。我が国最高機密のひとつだ。首が飛ぶだけではすまんぞ」
一同を見回して、キツく口止めも忘れない。モリグズとシエラは、念入りに睨む。
『ラフリールお兄様は、さぞや悔しがるでしょうね。近頃は、エリザベート様に手を焼いておいででした。帝国を追い払った現場には、立ち会いたかったでしょうに』
ふふふと笑ったのは、王女でツェルト村の監察官メルクリート。エリザベートは幼い頃にも兄をいじめていたが、伯爵となって外交トップとして頭角を現した今はより頭が上がらないらしい。と、姉の手紙に書かれていたのを思い出したのだ。
「王太子殿には、これを高く売りつけてやるさ」
バンが殴り書きしていた、この会議を書き留めた紙の束。シャリーハットがポンっと叩く。
「冒険者ギルドは、金がかかるからな。予算をシコタマぶんどってやる」
『敗走した帝国は、どのように出てくると思います? 我がクレセントはいかがすれば?シャリー姉様』
「さあなあ。それこそトップの力量が試されるが。帝国はしばらく動けんと思う。小国と舐めてかかった相手に負けて、大国のメンツを失ったわけだ」
シャリーハットが、そうまとめた。
戦争からみの会議が終わったことを受けて、しばらく口を閉じていたモコトが切り出した。
『国同士のつまらない話しは終わったね。一旦解散してみんな、仕事に戻ろう。関係者だけは残ってね。ここからが本題だから』
「つまらないって……世界の行く末が決まったかもしれぬ戦いだったのだがなぁ」
貴族、冒険者、ウンベッターたちを帰らせた後、改めて席についたシャリーハットがそう言った。
『フェアのことのほうが、ずっともっと大事。二人だけで話そうと思ったけど、いろいろ、みんなを巻き込んでしまったっていう責任とか反省があるからね。いい機会だから、ちゃちゃっと、ケリをつけようか? ねぇフェア?』
「反省を口にしておきながら、まったくそのカケラも感じさせないとか。相変わらず、一方的な人ですよね」
そう語るリーゼライに全員が同意する。これまであまり接触のなかった面々も、会議中の言動だけで、彼女の性格を十分に知れたようだ。
『フェア。あなたがウィルだったっていうなら、ウィルは人間になれるってことだけど。その前に、時間がおかしいし、こっちに両親がいたのも変。それを全部忘れていたのも不思議。とにかく理屈が通らないことだらけ。説明して? いえ。説明できる?』
「全部じゃないけど、いきなり思い出したの。事故で体がなくなったことと、ウィルだったことと。そして、宿主が三回変わってから、身体を手に入れたことを。モコト。うさ耳の神様が言ったこと、覚えてる?」
芝桜が頭をひねる。
『顔が十勝川だった。今はあの子が最適だーとか言って、フェアの中に突っ込まれた……ってこと』
「もっと重要なことは?」
『さあ?』
さらに頭をひねったが、それ以上は出てこない。
変わりに、もう一方のウィルが口を開いた。
『ウィルは宿主を助ける……って言ってたかな?』
「トカチガワさん、当たり」
『ぐ。時間さえもらえれば思い出せたよ、私だって』
フェアバールは淡々と話していく。
「ウィルと宿主って、助けたことが多いほど仲良くなれる。仲良くなるほど、大きな怪我をしても、別れないで回復できる。コックピットの表には出てないんだけど、そういう数字があるんだ」
『?どゆこと』
『親密度とか貢献度の隠れ数値がある。そういう意味なのか? 』
十勝川の回答に、フェアバールがうなずいた。
「時間のことはわからないけど、あたし……」
言いよどむフェアバール。
みんなが、次の言葉を待った。
「……あたし、三回、宿主が変わってるって言ったけど。一人目は貴族の女の人。二人目は陰気で体がよく動く男の子。それで三人目が、母さん。うさ耳神様とは二回会った。この世界に来て最初と――――母さんが死んで、ウィルでなくなったとき」
村長がハッとした。
『村の戦士二十二人が死んだ、あん時か? フェアが瀕死になった5年前の魔物討伐』
リーゼライとレガレルも目を丸くしている。
「あたしは、母さんのウィルとしてあそこにいた。父さんと母さんが、盾役で、あたしが火の攻撃役。村の人がたくさんいて、村長さんもいたよ」
『あー、待て待てフェア。俺にゃ、炎のウィルと話をしたっつー覚えがあるぞ? それがお前だってか? だが、お前が二人の娘がだっつー記憶もある。おかしくねぇか?』
「たぶんだけど、うさ耳神様の力。あたしが人になったとき、ツェルト村のみんなの記憶を変えたんだと思う。あたしも、昨日までほとんど忘れて、母さんの子供だと信じてたから……」
「戦いだけどね。魔物のほうが多かったの。この前、200匹のゴブリンで村が危険になったけど、あの時の倍。ううん、それ以上いたかな。種類もごちゃ混ぜでね、ワイバーンの空から攻撃には手を焼いたっけ。それでも、順調に倒していってたんだよ。でも、誰だったか、盾の1人が、ダークオークにやられてね。回復魔法が間に合わないくらいの大怪我。抜けた穴は別の人がカバーしたけど、隊列が乱れちゃって。そこで父さんも怪我した。防御の連携が崩れをついて、魔物が陣に入り込んで……とうとう母さんも大怪我した。回復する前にウィルの繋がりが切れて……。あたしは魔物たちの中に放り出されたの」
魔物討伐の大人の集団に、たったひとり加わっていた少女、いや幼女がいた。フェアバールを庇ったせいで、多数の死者がでたといわれ続けていたが、その場に幼女がいた不自然さを指摘する者がいなかった。それが今明らかになった。
長い沈黙。それを破ったのはリーゼライだ。
「それがあの火傷ということですか。トッパのおばさんが、ずいぶんといじめのネタに使っていましたね。トッパさんで思い出しましたが、パスを村に返さないといけませんね」
場の空気を和ませたつもりだったが、いまひとつ重さが取れない。村長が助け舟をだす。
『ふーん。人の体をもらったはいいが、ウィルとしても力も記憶も奪われたってかぁ。ずいぶんと意地の悪い神様だな』
「そうなのかな……。火傷はモコトが治してくれたけど。ほんとは、もっともっと酷かったって聞いてる。村長たちが必死に助けてくれたから死ななかった」
『生きていてくれて、ありがとう。私にとっては、フェアが人としても生きていてくれだけで、うさ耳には感謝だね。ツェルト村のみんなにもね。で、親密度とか貢献度ってのは、どこに絡んでくるの?』
「宿主からウィルが出るには、二つの方法があるの。ひとつはその人が怪我して繋がりが切れてしまうこと。トカチガワさんなら、この意味がわかるでしょ。プルカーンの炭屋さんから、シエラさんに移ったんだから」
『ああわかる。この凶器娘のおかげで、オレは死ぬ目にあったからな』
そういう十勝川を、シエラがにらんだ。
「親密度が低いと、大怪我でなくても繋がりがなくなるの。その時、宿主から出たウィルのそばに、新しい宿主がいれば移れるけど、いない場合もあるよね。それがもう一つの条件とかかわるの。貢献度が高ければ、ウィルは身体をもらえる。でも低いと…………ウィルは、消える」
モコトとトカチガワが、同時に唾を飲みこんだ。
「ウィルが、人に宿れるのは三人まで。それまで、宿主の役に立って貢献度をあげておかないと、死ぬことになるんだ。飛行機墜落のときのようにね」
『提督に怪我を負わせるって言ったのは、そういうことだったのね。じゃ……知内は……?』
「提督さんと、仲良さげには見えなかったから。たぶん……」
テゼール提督が、ボートに掴まっているとこを見た人間がいる。投降した捕虜の中にはいなかったから、そのまま流れさていったか、ほかの舟に救助されたか、または溺れたかだ。知内が健在なら、すでになんらか行動を起こしているはずで、帝国兵が集団で捉えられてる現状を見過ごしはしないだろう。
おそらく知内は死んだのだ。策略に嵌って。
それきり、フェアバールは黙ってしまった。
『おい、何を二人で納得してるんた。知内って誰だ?』
十勝川が訊いてきた。
「そうだ。ひこうき? なんだそれは」
レガレルが質問してきた。
それを皮切りに、ウィルとウィルがいた元の世界への質疑応答大会となったいった。
『あー。さっきの戦闘会議で言わなかった? 知内は、飛行機を墜落させた人物で三人目のウィル。港でみんな、転移させられたそうだけど、それが、知内の仕業ね。私達三人の仇でも……、それで飛行機というのは』
『芝桜、説明難しいぞ。お前の能力で間に合わないくらいに』
『ケンカ売ってんの十勝川?ウィルバトルで決着させるか?』
「おー!観てみたかったんだ。バトルやってみてくれ」
『まて、なにか見世物か?村にきてやってみせろ』
口論なのか、じゃれ合いなのか、二人のウィルを挟んでの喧騒はまだまだ終わらない。溜めていたことを残らず語り終えたフェアバールは、そっと席をたつ。部屋の隅っこ、倒れた本棚の陰に身を隠すと、コバンクを枕に、小さな寝息を立て始めた。
夢の中で思い出す。ウサ耳神様の顔を。あれは、あっちのママでも、こっちの母さんでもなかった。あれは、事故のときにあたしを庇ってくれたお姉さん。赤い髪の女性だった。
モコトは、自らは喋りながらも、フェアバールには喧騒が届かないよう〔静音〕スキルで、自分の声と、会議の喧騒を遮った。
『おやすみ。フェア』




