2 回復
「うーん」
目を開けると、見慣れない部屋のベッドに寝ていた。
見慣れないないけど、入ったことはある。ここはリーゼの家だ。なんでこんなところに寝てるんだろう。
不思議に思いながら、身体を起こす。
リーゼの家。つまりこの村を束ねる村長の家だ。部屋の中は質素そのもの。家具やテーブルなどの調度品に質の良さを感じるけど、石を敷き詰めた床やむき出しの柱とか、装飾のない造りは、親が残してくれた家とそんなに変わらない。
我が家と違ってるのは、片付けが行き届いてることかな。
自分のところは、あたし一人には広すぎて、ついつい放ってしまってる。
花の刺してある洒落た花瓶が窓に置いてある。
土魔法でつくったのだろうか。
サリサおばさんのセンスが感じられる。
窓の下には、あたしのリュックが置いてあった。
なぜだろ、いつもより身体が軽い気がする。
おかしいな。あたしは、たしか怪我を……。
そこまで考えたところで、いきなり思い出した。
あたしは戦っていたんだった。
「あ! ダークゴブリンは?」
『目が覚めたようだね。あのゴブリンは、手足を切り落とされたよ』
頭の中に声がした。戦ってる最中に、聞こえてたのと同じ声だ。
「さっきの人ね? 誰? どこにいるの?」
『うーん。どう説明したらいいのかなー。私も戸惑ってるんだよね』
困ったような、自信のなさそうな答えが帰ってくる。
『まあ、順番にいこうか。名前からね。私は芝桜藻琴っていうの』
「シバザ、クラモコト」
『切るところがちがう。しばざくら、そこで切って、もこと』
「しばさくら、もこと。ね。へんな名前」
『いきなりディスりますか? け、けっこう、いい性格してるのね』
面食らったような、いじけたような声色に、思わず吹き出してしまう。
「ゴメンなさい。全然、意味がわかんないし、聞いたことない言葉だったから」
相手は正体不明。なのに、なんでか居心地よく話せてる。
いつもなら視線や表情を気にしながら、言葉ひとつにも気を使っているのに。
顔が見えないからなのかな。こんな気楽なやり取りは、久しぶり。
生まれて初めてかもしれない。
『ま、まあ、いいよ。ちなみに芝桜ってのは、地面を埋め尽くすように群れて咲く小さな花。藻琴のほうは植物と楽器の組み合わせだけど、そういう地名があるの』
「しばざくらさんって呼べばいの? 年上のようだし」
『藻琴でいい。そっちが名前だし。あなたのことはなんて?』
「フェアバール。フェアでいい」
『よろしくフェア。仲良くやっていきたいね』
お互いの呼び名は確認しあったけど、顔も姿もまだわかってない。
「それで、あなた・・・モコトは誰なの?」
『まず、それだよね。フェア? ・・・ウィルって分かる?』
「知らない」
ウィル。ウィル?
聞いたことのない言葉だ。人の名前かな。
それともゴブリンのような種族。モトコは、別の種族なんだろうか。
『そうか。この世界じゃ当たり前の現象かと思ったんだけど』
「モトコが、ウィルってこと? それは、種族なの?」
『種族? 種族っていえば種族か。いやー違うな。どっちかいうと・・・生き霊?』
「い、生き霊!? モトコは、死んだ人なの?」
恐怖で身がすくんだ。
死んだ人間の魂が、天に帰らないでそのまま地上に留まる。それが生き霊だ。普通は薄い影のように漂って消えていくけど、人に取り憑いて悪さをすることもあるとか。霊に取り憑かれるなんて、そんな! 人に恨まれるようなことなんか、なにもしてないのに!
そのとき、部屋の扉がすーっと開いた。
「きゃー! 出てって、出てって!出てって!! 」
『落ちついて! フェア!』
扉から顔をだしたのは、サリサおばさんとリーゼライだった。
「ゴメン。フェア。気が動転してるんだね」
見知った顔が登場したことで、ほっと安心する。
二人は、あたしの慌てぶりをみて、すまなそうに出て行こうとした。
「あ。そういうんじゃないんです。ごめんなさい。だ、大丈夫です」
ベットから起きて立ち上がろうとするあたしを、サリサおばさんが慌てて押さえ込む。
「まだ、起きてはだめ」
大げさだなぁ。怪我人扱いに苦笑い。
あたしの身体におかしなところはない。前よりも軽くて調子がよいくらい。
おかしな霊が取り付いてるようだけど。
顔を二人に向けてにっこりと微笑んだ。いつもの倍増しで。
「いえ、あたしは元気ですよ。寝ているわけにはいきません」
おばさんは、それでも押しとどめてくる。
「だーめ。治癒魔法で治したつもりだけど、完全とは限らないの。フェアの身体に何かおこったか、調べなきゃいけないし」
身体に何かおこったかって?
確かにいろんなことがおこった。飛んでたし防御もしたし。
でもあれは、きっとモトコがやらかしたことだ。
聞きたいことは山ほどあるけど。
「モコト?」
『私の声って今、そこの人に聞こえてるかな。あ、これテストね』
なるほど。幽霊でもなんでも、とり憑いてるのがあたしの身体なら、モコトの声は周りに聞こえてないかも。
「もこと? それは何?」
おばさんが、首をかしげる。決まり。
すぐ前のサリサおばさんにさえ、モコトの声は届いてない。
『ほー。他の人には聞こえてないみたいね。えーと・・・あった。外部スピーカーみたいにもできそう。必要なら、その人とも話せるよ。それと、フェアが強く考えたことはこっちは聞こえるから、心でも会話ができる』
モコトの声がおばさんに聞えたりすれば、幽霊の説明をしなきゃいけなくなる。
「ウィルがなんなのか分かるまでは黙っておいて」と考えると『りょーかい』と帰ってきた。
ちょっと楽しいけど心が筒抜けになってる。
変なことは考えられないなあ。
「いえ、まだ頭の中が混乱してて」
「ほーら。大人しくしてなきゃ、いけないの」
サリサおばさんは、ほぼ無理やりにあたしをベットに寝かしつけると、小さく息を吐いて、顔をじっと見てくる。とくに、おデコのあたりを。おばさんは上級治癒魔法士。身体に異常がないか診ているのかも。
でも、おデコを見られのは、気分のいいものじゃない。
火傷の痕に痛みはない、
「フェア。火傷の跡--」
ないけども、心がズキズキしてくるんだ。
「--自分で、治したの?」
何を言ってるのおばさん。
あたしのこの痕は、誰にも治せないって言われてる。
村長でさえ治せなかったんだよ。
人のいない花瓶のほうに顔を向け、小さな抗議をする。
「サリサおばさん。からかうのは、やめてください」
「気づいてないの? 髪の色も?じゃあ、なんで治ってるの? 」
おばさんのほうを見ると、目が真剣そのものだった。
からかってるようには、みえない。
モコトが謝ってくる。
『あー。ゴメン。きっとそれ私だ。まずかった?』
意味がわからないけど。まさか。まさか。
そんなことが・・・でも、今日はやたらと信じられないことが連発している。
さっきは、ゴブリンからあたしを護ってくれたし、モコトという生霊なら、奇跡も起こせるのかもしれない。
恐る恐る、おデコに指を這わせてみる。
ない。
なかった。
いつもなら指に触る、ゴワゴワした不快な感触が、きれいさっぱり消えて無くなっていた。




