11 告白知内
『こ、コバンクぅ————。大切な、私の最初の眷属がぁ』
フェアバールが作り芝桜が放ったアイスアロー。それと、敵戦列艦が撃った38発の鉄の弾。それらすべてを受け止めて、コバンクは撃砕した。ビーバーモンスターの可愛らしいヌイグルミは、床に散らばった落としたジグゾーパズルのように、海面にぱらぱらと散らばり波間へ消えていった。
『ザマァ! ナイトが一人減ったな。魔法少女ォ!』
スキル〔外部発声〕を有効にした知内が、フェアバールをあざける。敵の駒を打ち砕いたことで気を良くして、つい勝ち誇りたくなったのだ。コックピットの画面に大写しになってる少女は、驚いて四周を見まわしてた。そんな知内をとがめたのは、テゼール提督だ。
「シリウチ!黙っておくのではなかったのか」
どこかにいるが遭遇した者はないというウィル。伝説級の噂の産物を身中に独占したのだから効果的に利用したいのは当たり前の心理だ。存在を秘匿しておき、いざという時の切り札とする。それが提督お気に入りの戦法であり、知内との確約だったのだ。若者の一時の虚栄のために、白昼のもとのさらされてしまった。
『あっちもウィルだっつーなら、もう隠す意味はねぇべや————』
声は、甲板にあるすべての人間の耳に聞えていた。どこからともなく聞こえる少年らしき声が、少女を口汚くののしってるがわかる。声と会話をしているのが、艦隊の最高責任者であることも、すぐ知れ渡った。
『——バカだろオッさん』
少年の声は提督をも毒突いた。厳格な貴族主義で知られる提督を正面から、タメ口で悪く言ったのだ。船員や兵士は戸惑って青くなるが、ひそひそ話は無くならない。
「提督をけなした?」
「なんだこれ?」
「誰がしゃべってるんだ?」
部下の前でバカ扱いされた提督は、怒りで真っ赤になっていた。モニターのメッセージログには、「同調レベル低下」の文字が流れていったが、高揚する知内は気が付かなかった。
「モコト。向こうのウィルが、モコトに語りかけてるよ」
『フェアに言ってんじゃない? ——でも、でも、くくぅ——————。シャリーちゃんが悲しむかなぁ。コバンク居なくなって』
「そこなの?仲間がやられたんだよ」
でも、芝桜はドライに言い放つ。
『あと二匹いるから!』
オヤバンクが毛筋を立てて青ざめたように見えたのは、フェアバールの錯覚だろうか。つい、無意識のため息がでたとき肩が落ち、いっしょに力が抜けていくのを感じた。
「あ……身体が、動く?」
肩と腕が自由になっていた。
試しに、膝を曲げて首もまわしてみると、どちらも邪魔なく動いた。
『拘束が解けたの? さっきも動けたのを思えば、一回あたりの時間が決まってるとか?』
「動けたのは助かったけど。こっちの攻撃を返されるのは、なんとかならない?」
『何とか……ねえ。物の転移とか人間拘束とか、やっかいな相手すぎる。うーん。ん? モノが転移されるってなら……モノじゃなければ?』
話をするとき、フェアバールは言葉を口に出してる。芝桜のほうは、フェアバールにしか聞こえないようにしていた。
飛びつけば手が届きそうな、右舷からほんの数メートルの空中にいる少女は、風に乱れた髪を撫でつつ小声でつぶやいてた。耳元を抑えるしぐさ。知内はちらっと、スマホで通話でもしてるのかと思った。
『内緒話かよ。こっちは、オープン回線だっつーのに』
甲板に立つ壮年の提督。そこから聞える少年の声が文句を言ってる。
フェアバールは言い返した。
「誰だかしらないけど、そっちの都合でしょ」
『やっと返答したな。会話らしくなったべ。オレのことは、シリウチと呼んでくれ』
「シリウチ……シリウチ。変な名前。あたしは、フェアバール・グレイフェーダー」
ぷわぷわ浮いた少女は艦から距離をとると、両手を大きく広げた。
「乗ってる人をなぎはらえ、強風!」
無風から微風だった湾内に突風が吹いた。いや、突風が現れたと言ったほうが適切だろう。フェアバールの左右から、それは起こってるのだから。後方から空気を集めて前方に加速して送り出す。ダ○ソン エアマル○プライアーの魔法少女バージョンは、気象庁風力階級で風力8、ビューフォート風力階級表で「疾強風」という。
「ぶわー!」
「つかまれ! 飛ばされるな!」
「だ、誰か……」
「ギーシュが、海に」
秒速17メートル。海上強風警報が発令される小型台風並の風である。樹木が揺さぶられ小枝が折れる風の暴力に、大きく傾くキングウラガン号。マストは軋み声を上げ、索やロープに捕まりそこねた乗組員は、海へと放り出された。運良く甲板上に落ちた人間も、大砲や舷に激しく叩きつけられた。
「風で、風で艦が倒されるぞ!その前に、と、トップセイルを、き、切り裂け! 」
艦長が命令するが、動ける者はいない。テゼール提督以下、艦上にある人間は、暴れる艦にしがみつくのがやっとだった。
芝桜は、左舷と右舷と大きく揺れゆく艦が映るモニターを、穏やかな上空からみつめていた。不自然に霧が発生してるが、ニコニコとスルー。
『正解だったね〜!風の転移は不可能』
知内も、揺れに揺れていた。外部の振動や動きが伝わらないコックピットだが、映る景色が上下左右に激しく動きまわり、船酔いみたく胸が悪くなる。左右180度の迫力あるパノラマに映し出される、激しいカメラワークのせいで酸っぱいものがこみ上げる感覚は、アクションシーンで凝りすぎた映画を観るのに似ていた。
『ぐぶ。てっめー!仲間ごと吹き飛ばすのか?』
「それは、返してもらいました」
『なに?』
平然と言い切る少女。知内は、揺れる映像に目を凝らした。今しがたまでいたはずの子供たちの姿が、ない。
『オッさん!あいつらはどこだ』
テゼールに聞いてみるが、提督も、舷にしがみついてるのが精一杯だ。他人の行方を気にするゆとりはなさそうだ。
知内は、物体移動で、テゼールを揺れる艦から浮かせた。
「助かったシリウチ。だが、あまり艦から離すな。命令ができん」
空中にあってさえ、飛ばないように帽子を押さえるテゼール。依然、憮然とした態度は変わってない。
『オッさん、子供はどこだ』
「吾輩は知らん」
子供はどこだ。甲板から放り出された可能性もある。それを確保したのかも知れないと、マップの縮尺を変えてマーキングを見た。
『なんであそこに?』
キングウラガン号から100メートルは離れた場所に、三人はいた。平面地図なので高度はわからないが、マーカーでは、少女のずっと後ろに、子供ひとりと大人が二人が確認できた。モニターのビューに実像を映して拡大してみると、そこに映ったのは雲。
『また、別の魔法か』
ぶ厚い霧というべき、白雲にかくまわれ、どうにか姿形が視認できた。二人いた子供は一人に減ってる意味がわからない。いつ止んだのか魔法の強風は静まり、爽やかな微風にもどっていた。艦は転覆を免れた。
《いーや。働いてもらったんだよ。こっちの切り札にね》
コックピットに声が響いた。女性の声だ。
『なんだ?』
メッセージログには、芝桜藻琴からの〔心話〕とあった。
芝桜は、知内への〔心話〕を中断して、別の人物へ話しかける。
『カレンちゃんの話は、マジだったね。クラウディがまさか、幼児の皮をかぶった魔物だったとは』
《魔物は言い過ぎだ。人間は我を巨人と呼んでるぞ。霧の巨人と。それにしても眠い》
カウウルでカレンに気に入られ、以来氷虎クレストと同行してるクラウディであった。正体は霧の巨人なのだが、実際に姿をみているのはカレンだけだった。普段は寝ているか、たまに起きても、目立ったリアクションしてなかった。
それが今、霧となって、パスとウンベッター、フゥレンを抱えて、宙に漂っていた。
抱えられてる三人は、起こった事態に理解が及ばないようだ。パスを託したフェアバール自身、クラウディの変化には目を丸くしている。
『あんたは寝すぎだね。たまには仕事しなよ』
《だから運んでやったろうが。どこへ下ろす?》
そこにいち早く起動したのがウンベッター。少なくとも、危険がないことを感じ取った。
「誰だか知らないけど、帝国艦から助け出してくれたんだよな? ついでといってはあれだけど、オレの艦に連れてってくれないか? 港の片隅で傾いてる艦だ。礼ははずむから」
『艦長さんはああ言ってる。丁度いいんじゃない?カレンちゃんもそこにいるし』
《わかった。そっち方向に風を作ってくれ。自力で漂うよりも早くつける》
話しを聞いてたフェアバールが、風魔法を唱える。三人を抱き込んだ厚い霧のクラウディは、ピングイーン号へビューっと吹き飛んでいった。
さて、と。芝桜はテゼール提督の中にいる知内へと向き合う。
『はじめまして。私は芝桜っていうの。あんたがどこの誰でもかまわない。でも、フェアを虐めたことは許さない。借りはきっちり返そうと思ったわけよ』
フェアバールは、うん、といって可愛らしく腕組みする。
『芝桜ぁ? 道東の滝の上だったか?バリバリ道産名だべや』
『あんたも道内?ああ、知内ってのは道南だったか。温泉もあったかな』
意外。思いがけず懐かしい地名の登場で、芝桜の口元がゆるむ。
『思い出したくもねぇけどな』
地方色丸出しである。そんな二人の会話に、フェアバールが割って入った。
「ねぇモコト。ほっかいどーの家ってみんな、地名をつける習慣なの?」
『そんなわけない。たまたまだよ、たまたま。それで?知内も、飛行機事故に巻き込まれたクチ?』
『飛行機事故? 巻き込まれた?』
知内の思考が一瞬止まると、このわずかな情報から、導きだされる可能性を推論し始めた。
知内も巻き込まれたと言ったか。この女は、事故で死んでここにきたらしい。そして、ほかにもいるということも分かった。飛行機を基点に、ウィルになったヤツがまだいるのだ。
『はは、はははは』
『? なにが可笑しいの』
『はははは、はははは、わーハッッはぁ、ふふ、ふははははは。ごほっ、はははは〜〜、はっはっ、腹イテ、はははは、はははは……、ウソだろー! はははは…… は、は、』
コックピットで、知内は笑いころげる。こんなことが、あるのかと。
『おれが、はははは、巻き込まれたたって、はははは。はははは。で、オレもお前もウィルか、これが笑わずにいられっか』
芝桜とフェアバールは、わけがわからずに眉をしかめる。憮然としてたテゼールは、知内の乱心ぶりに呆れを通り越していた。
『はは、ふぅ〜。いやあ悪い説明するわ。17:25、丘珠空港発ー函館空港行。これが、あの飛行機の便名だ』
飛行機の便名を知る男。おそらくは中学生か高校生くらいだと、芝桜は想像する。言い様が子供臭く、大人に対する礼儀ができていないのは、あの提督への態度からもわかる。事故を起こした飛行機を知ってるからには、乗客か、その関係者であろう。航空機マニアという線もあるが、死んでウィルになったことから、墜落の犠牲者であることは間違いない。
『あんた、乗客だったの?』
『乗客? ああ、確かに乗客だったな、機内シートに座ったときには。だが離陸してから堕ちる最後の数分間は、違う名前で呼ばれたと思う。たぶん、落ちてからもな』
まさかと、芝桜は思った。言い草に含みがあった。ありすぎた。声の調子からもわかる。この男は歪んでいると。ある可能性につきあたるが、全力で頭をふって否定する。でも完全な否定ができないトゲを男はまとっていた。まさか、そんなことがあり得るのか。
自分から死を望む人間が、この世にいるのはわかる。自殺のニュースなどめずらしくもなんともない。しかもそれが、その身勝手な願望のために、自分たちが死んでしまうなんてことが、本当に起こりうるのだろうか。
『やったのは、オレだ』
死は思いの外、側にあったらしい。それも、我が身にふりかかるほど身近にありふれていた。生きてる時には、そんなことは考えたことがなかった。いや、異世界にいる今だってそれほど深く考えたことがなかった。死を望む狂気はカンタンに他人を巻き込むことを。
『ハイジャック犯。いや墜落自殺テロのがかっこいいな。オレのデスネームだ』
こいつが、自分たちを殺したのだ。




