3 フェア起つ
「いいか? 食べ終わったら食器は重ねておくんだ。残すなよ。お前さんはしらんだろうが、艦の食事はそりゃ貴重なんだ。海の上の水兵ってなぁ、一欠片のパンでケンカすることもある。しっかり残さず味わって食うんだ」
男の人は、そういいながら三人分の食事を置いて出て行った。昨日からあたしたちの面倒を見てくれてる人だ。へびのような男に逆らって追い出されたのもこの人だ。
木窓から差し込む紅い光が白くなってきた。夜が明けたんだ。
敵の船。まだ軍艦のなかに、あたしたちはいた。
パスとクラウディとあたし。
話によれば、あたしたち、帝国に連れていかれるかも。
まだ、港の中にいるっぽい。
けど、船が遠くの海に出る前に逃げないと、本気でもどれなくなる。
なんでもいいから部屋から出て、身を隠さないと。
そして、陸に戻る方法を考えないと。
モコトは?
まだ寝てる。
いつ起きるかわからない。
あたしには、あたしの腕の見せ方ってヤツがある、はずだ。
起きたときに、ちょっとでも、いい展開になってなきゃいけないんだ。
自分のためにも。
机に置かれた食事は、黒パンとシチューが人数分。
それとチーズが一切れづつ。意外とご馳走。お腹が鳴った。
「パス、クラウディ。二人ともご飯食べておいて」
眠りっぱなしのクラウディと、疲れて寝いってしまったパスを揺すり起こす。
狭い二段ベット。上の段のクラウディはハシゴを降りて、下のパスは毛布の中からもそもそはい出す。二人ともこちらの顔と食事を見比べるので、どうぞと言ったら食べだした。椅子は二脚。あたしは立ち食い。
どれも美味しいのには驚いた。
そういえば昨日の朝食ぶりだ。
クラウディって子はほんとに寝てることが多い。昼間あれだけ寝てるくせに、夜もふつうに寝る。死ぬほどたいへんだった昨日でさえ、やっぱ寝てたみたいだし。動じないよね。
カレンちゃん、この子は霧の巨人とか言ってたけど、ホントかな。
まあいい。
今は逃げ出すことだけ考えないと。
お腹がふくれた行動しなきゃ。
「フェア、これからどうするの? 逃げるの……」
「シッ」
人指し指を立てて、パスの口をふさぐ。
《〔心話〕で話せる?》
「え?」
《声、出さない! 言葉を考えて。聞こえるから》
《びっくりした。これが〔心話〕。ぼく初めてだよ》
《どちらか使えれば、会話できるから。距離は魔力次第。モコトは村とも話してた。それよりも逃げる相談》
《うん》
《部屋には見張りが付いてる。壁を壊して隣から出るよ》
《でもぼく、回復魔法しか使えないし……》
《あたしがやるから》
下段ベッドにとすんと、膝で上がる。
温ったかい。パスの温もりがまだ残ってる。
ベッドのくっついてる壁はたぶん、隣部屋の壁。
穴を開ければ通り抜けられる。
小声で、呪文を唱えた。
「……小さく切れ、エアカッター」
・・・
うそ?
魔法が出ない?
いつも生まれる空気の刃が、現れない。
声が小さすかな。少しだけ声を大きく言ってみる。
「切れ、エアカッター!」
また、ダメだ。
どうして?
回復魔法は昨日、使えたのに。
いきなり、大きな音がして扉が開いた。
「魔法を使ったのは、嬢ちゃんか?」
「え?」
なんでわかったの?
声、そんなに大きかった?
「不思議そうだな。ああ、聞こえなくてもわかんだよ。こいつがな」
そう言って、腕につけた腕輪を見せつけてる。
「な……に?」
「知らないのか? 嬢ちゃん。こいつは対魔法腕輪と言ってな。魔法を使うのを吸い取っちまう魔道具だ」
「吸い取る? 魔法を?」
「そうだ。それだけじゃねーぞ、魔法を吸い取ったとき腕輪が震えんだ。プルプルってな。嬢ちゃんの魔法はバレてんだよ」
「でも回復魔法が……」
「昨日か?あん時これは使ってなかった。おまえら、回復魔法しか使えないと思ってたもんで。でも、万一、別の魔法があると不味いよな。いやあ、貯めた魔法が無くなっちまうとヤバいんだが、腕輪使っといてよかった。ガハハハ」
見張りの男の人は、にまっと表情をくずして笑った。
あたしたちか食べた食器に目がいくと、笑顔が大きくなった。
「おう。余さず食ったようだな。エライぞ。子供はおっきく育たないとな」
いい人だ。レガレルの父さんみたい。拍子抜けするくらいに。
そのいい人は、外に立ってる別の見張り「子供たちに注意すしろ」と指図し、自分は片付けのため中へと入って来た。
《フェバール。逃げたいか?》
偉そうな子供の声の〔心話〕が頭に響く。
パスは〔心話〕を使えない。
《誰?》
あたしを見てる視線をたぐると……クラウディ!?
《我が手を貸すか?》
クラウディの手の先が霞んでる。
光魔法でぼかしてるのかな。ううん、あれは霧だ。
左手の手首から上を霧にしてるんだ。霧の巨人。
伝説が本物なら、船のひとつくらい、簡単にどうにかできるかも。
だけど。
《いい。いらない》
あたしがらやらなきゃ、ダメなんだ。
《なら、手出しはしない》
《うん困ったら頼むから》
今、相手にしなきゃいけないのは、いい人――が持っている対魔法腕輪だ。このアイテムはきっと一つだけじゃない。この先も行く手を邪魔してくる気がするから、なんとかする方法を見つけておかなきゃ。
「エアカッター!」
腕輪が震えるのがみえた、微かだけど。
魔法が消えるってのは、変な感じだ。
空気をつかむ?
というか、太鼓を叩こうとしたら太鼓が無くて手が空を切った、
というか、よいしょと持とうとした荷物が軽かった、
というか、
…… 今だっ! の瞬間に手応えが消えるんだ。
「おい。嬢ちゃん、無理だって」
でも。
「もっと強く、エアカッター!」
「いいかげん、あきらめなって」
まだだ。
「もっともっと強く、エアカッター!!」
腕輪が、ぶんぶん震える。もう少し。
あたしの考えるがあってるなら、もう少しで。
「エーア――カッタァぁァ――――――!!!」
腕輪はブーンと大きく唸って止まった。
魔法は発動……しなかった。
あたしは、一度だか、大きく肩で息をした。
いい人は心配そうな、もう一人の見張りは見世物を楽しむような顔で、大人の高さから、あたしを見下ろてくる。
「わかったろう? 嬢ちゃん。対魔法腕輪ってのはなあ……」
「壁を壊せ――」
「まだ、やるつもりか」
あきらめない。
「キロ エアカッター」
「何? 中級風魔法?」
腕輪がまた震える。今度は震えてる時間が長い。
魔法が吸われていくって感覚が、はっきりわかる。
まだ震えてる、、やっと止まった。よし次。
「メガ エアカッター!」
「うそ、中級の最上位風魔法だと?」
腕輪が震える。相変わらず魔法は吸われているけど、少しだけ何かが変わった。口の大きい底無し瓶に、釣瓶で汲んだ水を流し込んでる。そういうのがさっきまでとすれば、今度のは口より大きい滝の流れを突っ込んでる感じ。中をのぞけば、水面が光ってる。
「ぬあ? あ、ああっ」
いい人の腕輪の震えが止まらない。魔力を帯びた魔具特有の、チカチカした光がくるくる回りだしてきた。
頭がふらふらする。でも。
「ギ……ガ………エア、カッターァァ――――!!」
「じ、上級風邪魔法ぉぉっ!?」
この人は言ってた。
腕輪は、貯めた魔法を使って発動する魔法を吸い上げると。
なら、腕輪は容器だと考えればいいと。あたしはそう思ったんだ。
一回に使う魔力は?
一回に吸える魔力は?
容れ物に貯められる量は?
量を超えた魔力はどこに?
吸うときに使った魔力を上回った分が、瓶に貯まる水だ。
限界を超えた魔力があったとき。余った魔力は瓶からこぼれるだけか。
それとも……。
バシッ
対魔法腕輪に亀裂が入った。
「ぐっうぅぅぅ……」
いい人は、自分の腕を押さえていた。
腕輪が壊れたせいで腕にも何かおこったみたい。
「こいつ、何をしたっ」
見張りの男が身体全部で怒る。
どかどかやってきて、あたしを捕まえようとした。
だけどもう遅いよ。
魔法を吸い上げる腕輪は壊れた。あたしの魔法を縛るモノは、もうない。
扉は開いてるし、わざわざ壁を壊さなくてもよくなった。
ごめんね。
「エアカッター」
二つの風の刃が生まれて、見張りの手首を切り落とした。
「のぉ-!!!」
両方の手だ。
痛そうにもがいてるけど、治してあげる義理はない。
この感覚。
心の芯にある粒のような種が根を伸ばして、ふわふわ漂う気持ちを縛る。どうしようかって戸惑い、ブルブルっていう怖さ、ワクワクっていう楽しさが、動かなくなって迷いがなくなっていく。
ときどきあるんだよね。自分がすぅーっと遠くに引いて、肉体に命令するような、起きていることを別の眼でみているような、感情が薄くなる気分。
冷めていく感覚が、あたしを覆っていくんだ。
「じゃ、行こうか」
扉を抜ける。振り返らなくても二人が続くのがわかる。
部屋を出ると真向かいに同じ扉で右は行き止まりだった。左へいくと部屋が三つ並び、奥に階段がある。狭いけど登りと降りの両方。上と下。出口はどっちだろう。
船の造りなんか知らない。ポートベルにくるまで、海なんか見たこともなかったんだ。山で育ったあたしに、この船が何階あって、ここがどの辺りかなんて、わかるはずがない。立ってる床が動くのにさえ、なかなか慣れないんだから。
迷いながら階段に寄ったとき、はじめて、ここが軍艦だということがわかった。その証拠が、イヤというほど目の中に飛び込んできてしまった。
だだっ広い空間。天井から床を貫くとっても太い柱が三本。奥から一列に並んでいた。それを中心に、大小の梁や柱と壁でフロアができていた。
そして、あたしの家が入るほど離れた左右の両側には、台車に乗った大きな鉄の太くて長い何かが並んでる。たぶん、あれが魔大砲なんだと思う。二つや三つじゃない。何十も圧倒的な数で並んでいた。
魔大砲には、それぞれ男たちが三人。待機中だったのか、思い思いに座ったり喋ったりしている。動きすぎて熱いみたいで、もろ肌脱いでる人もいる。ホコリだか垢だかで、顔も身体も真っ黒だ。
あたしたちは、そんな煤けた男集団の中に、飛び出してしまった。




