表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/136

3 フェア起つ


「いいか? 食べ終わったら食器は重ねておくんだ。残すなよ。お前さんはしらんだろうが、艦の食事はそりゃ貴重なんだ。海の上の水兵ってなぁ、一欠片のパンでケンカすることもある。しっかり残さず味わって食うんだ」


 男の人は、そういいながら三人分の食事を置いて出て行った。昨日からあたしたちの面倒を見てくれてる人だ。へびのような男に逆らって追い出されたのもこの人だ。


 木窓から差し込む紅い光が白くなってきた。夜が明けたんだ。


 敵の船。まだ軍艦のなかに、あたしたちはいた。

 パスとクラウディとあたし。

 話によれば、あたしたち、帝国に連れていかれるかも。


 まだ、港の中にいるっぽい。

 けど、船が遠くの海に出る前に逃げないと、本気でもどれなくなる。


 なんでもいいから部屋から出て、身を隠さないと。

 そして、陸に戻る方法を考えないと。


 モコトは?

 まだ寝てる。


 いつ起きるかわからない。

 あたしには、あたしの腕の見せ方ってヤツがある、はずだ。

 起きたときに、ちょっとでも、いい展開になってなきゃいけないんだ。

 自分のためにも。


 机に置かれた食事は、黒パンとシチューが人数分。

 それとチーズが一切れづつ。意外とご馳走。お腹が鳴った。


「パス、クラウディ。二人ともご飯食べておいて」


 眠りっぱなしのクラウディと、疲れて寝いってしまったパスを揺すり起こす。


 狭い二段ベット。上の段のクラウディはハシゴを降りて、下のパスは毛布の中からもそもそはい出す。二人ともこちらの顔と食事を見比べるので、どうぞと言ったら食べだした。椅子は二脚。あたしは立ち食い。


 どれも美味しいのには驚いた。

 そういえば昨日の朝食ぶりだ。


 クラウディって子はほんとに寝てることが多い。昼間あれだけ寝てるくせに、夜もふつうに寝る。死ぬほどたいへんだった昨日でさえ、やっぱ寝てたみたいだし。動じないよね。


 カレンちゃん、この子は霧の巨人とか言ってたけど、ホントかな。


 まあいい。

 今は逃げ出すことだけ考えないと。

 お腹がふくれた行動しなきゃ。


「フェア、これからどうするの? 逃げるの……」


「シッ」


 人指し指を立てて、パスの口をふさぐ。


《〔心話〕で話せる?》


「え?」


《声、出さない! 言葉を考えて。聞こえるから》


《びっくりした。これが〔心話〕。ぼく初めてだよ》


《どちらか使えれば、会話できるから。距離は魔力次第。モコトは村とも話してた。それよりも逃げる相談》


《うん》


《部屋には見張りが付いてる。壁を壊して隣から出るよ》


《でもぼく、回復魔法しか使えないし……》


《あたしがやるから》


 下段ベッドにとすんと、膝で上がる。

 温ったかい。パスの温もりがまだ残ってる。

 ベッドのくっついてる壁はたぶん、隣部屋の壁。

 穴を開ければ通り抜けられる。

 小声で、呪文を唱えた。


「……小さく切れ、エアカッター」


 ・・・


 うそ?

 魔法が出ない?


 いつも生まれる空気の刃が、現れない。

 声が小さすかな。少しだけ声を大きく言ってみる。


「切れ、エアカッター!」


 また、ダメだ。

 どうして?

 回復魔法は昨日、使えたのに。


 いきなり、大きな音がして扉が開いた。


「魔法を使ったのは、嬢ちゃんか?」


「え?」


 なんでわかったの?

 声、そんなに大きかった?


「不思議そうだな。ああ、聞こえなくてもわかんだよ。こいつがな」


 そう言って、腕につけた腕輪を見せつけてる。


「な……に?」


「知らないのか? 嬢ちゃん。こいつは対魔法腕輪(キャンセラリスト)と言ってな。魔法を使うのを吸い取っちまう魔道具だ」


「吸い取る? 魔法を?」


「そうだ。それだけじゃねーぞ、魔法を吸い取ったとき腕輪が震えんだ。プルプルってな。嬢ちゃんの魔法はバレてんだよ」


「でも回復魔法が……」


「昨日か?あん時これは使ってなかった。おまえら、回復魔法しか使えないと思ってたもんで。でも、万一、別の魔法があると不味いよな。いやあ、貯めた魔法が無くなっちまうとヤバいんだが、腕輪使っといてよかった。ガハハハ」


 見張りの男の人は、にまっと表情をくずして笑った。

 あたしたちか食べた食器に目がいくと、笑顔が大きくなった。


「おう。余さず食ったようだな。エライぞ。子供はおっきく育たないとな」


 いい人だ。レガレルの父さんみたい。拍子抜けするくらいに。

 そのいい人は、外に立ってる別の見張り「子供たちに注意すしろ」と指図し、自分は片付けのため中へと入って来た。


《フェバール。逃げたいか?》


 偉そうな子供の声の〔心話〕が頭に響く。

 パスは〔心話〕を使えない。


 《誰?》


 あたしを見てる視線をたぐると……クラウディ!?


《我が手を貸すか?》


 クラウディの手の先が霞んでる。

 光魔法でぼかしてるのかな。ううん、あれは霧だ。

 左手の手首から上を霧にしてるんだ。霧の巨人。

 伝説が本物なら、船のひとつくらい、簡単にどうにかできるかも。


 だけど。


《いい。いらない》


 あたしがらやらなきゃ、ダメなんだ。


《なら、手出しはしない》

《うん困ったら頼むから》


今、相手にしなきゃいけないのは、いい人――が持っている対魔法腕輪(キャンセラリスト)だ。このアイテムはきっと一つだけじゃない。この先も行く手を邪魔してくる気がするから、なんとかする方法を見つけておかなきゃ。


「エアカッター!」


 腕輪が震えるのがみえた、微かだけど。

 魔法が消えるってのは、変な感じだ。 

 空気をつかむ?


 というか、太鼓を叩こうとしたら太鼓が無くて手が空を切った、

 というか、よいしょと持とうとした荷物が軽かった、

 というか、

 …… 今だっ! の瞬間に手応えが消えるんだ。


「おい。嬢ちゃん、無理だって」


 でも。


「もっと強く、エアカッター!」


「いいかげん、あきらめなって」


 まだだ。


「もっともっと強く、エアカッター!!」


 腕輪が、ぶんぶん震える。もう少し。

 あたしの考えるがあってるなら、もう少しで。


「エーア――カッタァぁァ――――――!!!」


 腕輪はブーンと大きく唸って止まった。

 魔法は発動……しなかった。


 あたしは、一度だか、大きく肩で息をした。


 いい人は心配そうな、もう一人の見張りは見世物を楽しむような顔で、大人の高さから、あたしを見下ろてくる。


「わかったろう? 嬢ちゃん。対魔法腕輪(キャンセラリスト)ってのはなあ……」


「壁を壊せ――」


「まだ、やるつもりか」


 あきらめない。


「キロ エアカッター」


「何? 中級風魔法?」


 腕輪がまた震える。今度は震えてる時間が長い。

 魔法が吸われていくって感覚が、はっきりわかる。

 まだ震えてる、、やっと止まった。よし次。


「メガ エアカッター!」


「うそ、中級の最上位風魔法だと?」


 腕輪が震える。相変わらず魔法は吸われているけど、少しだけ何かが変わった。口の大きい底無し瓶に、釣瓶で汲んだ水を流し込んでる。そういうのがさっきまでとすれば、今度のは口より大きい滝の流れを突っ込んでる感じ。中をのぞけば、水面が光ってる。


「ぬあ? あ、ああっ」


 いい人の腕輪の震えが止まらない。魔力を帯びた魔具特有の、チカチカした光がくるくる回りだしてきた。


 頭がふらふらする。でも。


「ギ……ガ………エア、カッターァァ――――!!」


「じ、上級風邪魔法ぉぉっ!?」



 この人は言ってた。

 腕輪は、貯めた魔法を使って発動する魔法を吸い上げると。

 なら、腕輪は容器だと考えればいいと。あたしはそう思ったんだ。


 一回に使う魔力は?

 一回に吸える魔力は?

 容れ物に貯められる量は?

 量を超えた魔力はどこに?


 吸うときに使った魔力を上回った分が、瓶に貯まる水だ。

 限界を超えた魔力があったとき。余った魔力は瓶からこぼれるだけか。

 それとも……。


 バシッ


 対魔法腕輪(キャンセラリスト)に亀裂が入った。


「ぐっうぅぅぅ……」


 いい人は、自分の腕を押さえていた。

 腕輪が壊れたせいで腕にも何かおこったみたい。


「こいつ、何をしたっ」


 見張りの男が身体全部で怒る。

 どかどかやってきて、あたしを捕まえようとした。


 だけどもう遅いよ。

 魔法を吸い上げる腕輪は壊れた。あたしの魔法を縛るモノは、もうない(・・・・)

 扉は開いてるし、わざわざ壁を壊さなくてもよくなった。


 ごめんね。


「エアカッター」


 二つの風の刃が生まれて、見張りの手首を切り落とした。


「のぉ-!!!」


 両方の手だ。

 痛そうにもがいてるけど、治してあげる義理はない。

 

 この感覚。


 心の芯にある粒のような種が根を伸ばして、ふわふわ漂う気持ちを縛る。どうしようかって戸惑い、ブルブルっていう怖さ、ワクワクっていう楽しさが、動かなくなって迷いがなくなっていく。


 ときどきあるんだよね。自分がすぅーっと遠くに引いて、肉体に命令するような、起きていることを別の眼でみているような、感情が薄くなる気分。

冷めていく感覚が、あたしを覆っていくんだ。


「じゃ、行こうか」


 扉を抜ける。振り返らなくても二人が続くのがわかる。


 部屋を出ると真向かいに同じ扉で右は行き止まりだった。左へいくと部屋が三つ並び、奥に階段がある。狭いけど登りと降りの両方。上と下。出口はどっちだろう。


 船の造りなんか知らない。ポートベルにくるまで、海なんか見たこともなかったんだ。山で育ったあたしに、この船が何階あって、ここがどの辺りかなんて、わかるはずがない。立ってる床が動くのにさえ、なかなか慣れないんだから。


 迷いながら階段に寄ったとき、はじめて、ここが軍艦だということがわかった。その証拠が、イヤというほど目の中に飛び込んできてしまった。


 だだっ広い空間。天井から床を貫くとっても太い柱が三本。奥から一列に並んでいた。それを中心に、大小の梁や柱と壁でフロアができていた。


 そして、あたしの家が入るほど離れた左右の両側には、台車に乗った大きな鉄の太くて長い何かが並んでる。たぶん、あれが魔大砲なんだと思う。二つや三つじゃない。何十も圧倒的な数で並んでいた。


 魔大砲には、それぞれ男たちが三人。待機中だったのか、思い思いに座ったり喋ったりしている。動きすぎて熱いみたいで、もろ肌脱いでる人もいる。ホコリだか垢だかで、顔も身体も真っ黒だ。


 あたしたちは、そんな煤けた男集団の中に、飛び出してしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ