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9 爪痕

本日、3つ目です。


ゴブリン襲撃の事後処理ということで。

村長達、ゴブリンを討伐し行っていた15人が村への走る。


村に近くになるに従い、やたらの目についたのは、あちこちに集められたゴブリンの遺体。自分達が片付けたのとは、比べものにならない数のゴブリンが、いくつもの小山にされている。


門をくぐると、深く弧状に掘られた穴が目に入った。穴で区切られた足場にも、その穴の中にも、数えきれないゴブリンが死んでいた。どれもこれも、首や手足が切り落とされ、まともな一体は一つもない。


主力を欠いた住人だけで、よくぞこれだけのゴブリンを退治したものだ。


「被害は?」


「死人はいません。怪我人は多いですが、治せばいいだけなので」


村長は思った。ツェルト村は治癒魔法使いだらけの特異地。ここで生まれ育って、当たり前のことと受け入れてきたが、今ほど、それに感謝したことはないと。


「なんでこんなことに。ゴブリンが村を襲うなんて、聞いたことがない」


村の広場には、重い傷を負った人が横たえられ、高位の回復魔法を待っていた。討伐メンバーを解散して手伝わせる。


広場には、天幕が一つ張られている。中では、バーレーンがアレコレ指揮していた。


「バーレーン、聞かせてくれ」

「ああ、村長。戻ってくれてよかった。そっちも襲われたんじゃないかと心配してたんだが。見てくれ」


フェアバールが、寝かされている。

とくに傷はないようだが、なんだか顔の印象がいつもと違ってる。ブルーの髪がその右半分が赤になっている。それどころか、


「怪我どころか、顔の火傷も消えてるぞ? 」

「何から話していいものやら。とにかく、フェアと監察官がいなかったら、村は壊滅してた」

「監察官? サンドバン家の三女の? 」


「メルクリート・ヨン・サンドバンですわよ。いい加減、名前を覚えてくれてもよろしいのでは?」


しゃっと、長い黒髪を右手で払って、その女性が現れた。王族サンドバン家三女。メルクリート ヨン サンドバンである。執事や配下を控えさせ、優雅に登場する。


「相変わらず、チビだな」

「し、失礼で無礼ではありません!? それに、最後にお会いしたのはつい三日前のこと。そんなスクスク成長するものではございません!」

「監察官さまにおかれましては、三日どころか三年でも、その愛くるしいお姿のままでおられるかと」

「リーゼライまで! 村長! 目上の者を敬うことを教えていませんの?」


 監察官は、国政の影響が届きにくい辺境に派遣される。村の監視役であり、王家の意向を知らしめる職務だ。要職ではあるが、田舎の閑職ともいえる。


 メルクリートは、王族サンドバン家の三女という、本来なら遥か高みにあって礼節をもって敬うべき人物だ。しかし、童女にしかみえないため尊敬と憧憬をこめた愉快な扱いをされている。


 田舎の監察官に着くには地位が高すぎるのだが、ツェルト村の特殊性を物語る人事と言える。


二十一歳という若さに合わず魔法力も高く、風と火を使いこなす。今回の戦いで、ダークゴブリンにトドメを刺したのはメルクリートだ。


「この度は、我が村をお救いいただき、ありがとうございます」

「え? あ まあね。わたくしの実力なら、あんなダークゴブリンごとき……」


 そこで村長が、メルクリートを邪険に遮る。


「それで、バーレーン。ゴブリンが責めてきたのは分かったが、詳しく教えてくれんか。」

「ああ、そうだな。治療のほうは間に合ってるから、かい摘んで話そうか」


 横たえられている怪我人たちにチラと目をやる。サリサやトッパ達が、高位の治癒魔法を施してまわっている。そのおかげで、動けないほどの重傷者はいなくなった。いまはすでに、荒らされた村内の修復にとりかかってる。


 極めて活動的な村民であり、その根元にあるのは、間違いなく治癒魔法だ。


「キーっ! わ、わたくしの話は、お終いなの?」

「まあまあ。メルクリートさんもご一緒にお願いいたします」


ジタバタ騒ぐメルクリートを リーゼライがフォロー。


 いつまでも目を覚まさないフェアをそのまましておけない。サリサが、そっと浮遊させて、村長家へ運んでいった。それを見届けた、バーレーンが、今回の事態を話していった。





 地面にぺたりと座り、腕を組みながら耳を傾けていた村長が、うーむと唸る。


「フェアか。ヤルとは思っていたが、とんでもねえな」

「ああ、最初の状況判断もさることながら、光に包まれた後がスゲェ」


 自ら瀕死の傷を治し、ダークゴブリンの攻撃を全て退ける。

 さらに、空中からの連続魔法攻撃。

 治癒・防御・攻撃。普通なら三人のチーム連携を一人でこなしてしまっている。


「魔法ってやつは、いくら力量があっても得意分野が偏るからな。だからこそ連携するんだが。こんな状況どっかで……」


 村長の言葉に、リーゼライが疑問を口挟んだ。


「前々から気になってたんですが、フェアの力量は、認識してたんですよね?」

「ああ、村の魔法力を知っておくことも、俺の仕事だからな」

「ならなぜ、魔法使いの認証を与えなかったんですか? 嫉妬?」


 村長はリーゼライを横目で睨む。

 当たり前のことを言うなと言いたげに言葉を吐く。


「おめぇ、認証なんか与えちまったら、スグにでも、フェアがこの村を出ちまうだろう。いくら技量があっても十一歳の娘が一人でやっていけるか? 長としては、そんな無責任ことはできねえ」


 リーゼライが驚いた。

 みんなの目も丸くなっている。


「なんだぁ お前ら、その面は?」

「いえ、村長がそんな優しい思慮のできる人だったとは。知りませんでした」

「おめえ息子の癖に、オレをどんな目でみてたんだい」


 ふぁーっと、大げさなため息をつく。


「とにかく、フェアが粘ってくれたおかげで、村の外に出ていたメルクリート監視官さんが、駆けつけてくれるまで時間がかせげた。最大の功労者なんだぜ村長。認証も、一考しないとな」


 バーレーンがまとめた。メルクリート監視官が、付け加える。


「フェアバールさんは、身体全体が光りましたわよね? 防御でも光ってましたけど、最初のほうの光り方は、わたくし見たことありませんわ」


 村長は自分の家の方に目をやる。

 土と壁で造られた二階建て。


 この村の村長は合議で選ばれており、他の村のように長を血族で代々引き継ぐ慣習はない。村の長だからといっても、他と大きな違いはない。少しばかり、傷みが目立ってきた壁を補修しなければと思いかえる。

 いま、家の中にはフェアバールが寝かされている。


「それで続きだ。ダークゴブリンがそう言ったのか。自分の村を滅ぼされたと。復讐するためにここに来たっていうことか」

「そういう風に、受け取れるよな」


 村長の言葉にバーレーンが相槌を打つ。


「それはおかしいですね。ゴブリンの村がどこにあるかなんて、普通は誰も知りません」

「そうですわね。深い山の奥にあると、何かの物語には記してありますけど、本当に見つけたという方をわたくし存じ上げません」


 ゴブリンは、小集団で行動する。しかし、見かけるのはいつもオスだけ。メスや子供もいなければオカシイのだが、小集団にメスが混ざるのすら珍しく、高値取り引きされているほどだ。


 ゴブリン村はどこかにある。あるはずだが誰もみた者はいない。憶測や神話的逸話が絶えないのはそのためだ。かつては、一山当てようとする冒険者が、山奥まで探索することがあったようだが、どれも空振りだったという。

 そんな村をみつけて滅ぼしたなどという話は、にわかに信じられるはずがない。


「誰かが攻め滅ぼしたのか、ゴブリン側の勘違いかだ。滅ぼされたのが事実だとしても、こっちに八つ当たりされては同情もできん。だいたい、どうにも調べようがねぇから、こいつは考えても仕方ねえな」


 ゴブリンにフェアバール。

 疑問は尽きないが、村の立て直しは急務だ。

 それぞれ、混乱の後片付けに重い腰をあげる。


 ここまで大勢のゴブリンが攻めて来たことはないが、魔物の来襲はときどきあって慣れている。襲撃で荒れた村を立て直そうと動き出した住人たちを眺めながら、メルクリートが呟いた。


「たくましいですわね。国を預かる血族の一人として、こんな誇らしいことはないですわ」


村の守りを固めるよう、控えていた配下に指示すると、自らも手助けできることを始めた。


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