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0 プロローグ


 私こと芝桜藻琴は、とあるコンサルタント会社に勤めていた。地方都市では中堅に位置するこのコンサル会社を、私の器のデカさで最大手にするという目論見をもっていた。


 目論見を持っていたのだが、つい5時間ほと前、在らぬ事情から、カンタンに終えてしまった。





 私だって、このプロジェクトに賭けてたんだよ。

 ライバル会社のプランを予想して、あたま3つ抜き出た企画をプランニングしたはずと自負してた。課長のヤローめ、私のアイディアを握りつぶすなんて。


 私のプレゼンは、課長のしょーもないプランに置き換えてられていた。


 おかしいと思ったんだよ。1時間遅れて来いだなんて。

 先方の役員がズラリの並ぶ前に立ち、いざプレゼンを始めたら、すべて私が用意したものと違う資料になっていた。


 青ざめたなー。


 何が起こっているか、わからんかった。

 私の説明と、クライアントたちに行き渡っていた資料とが全く噛み合わないんだ。 ちぐはぐな質問に頭を捻った。頭が真っ白ってこんな状況なんだなって、変に冷静になった。


 会場がざわついたところに、颯爽と出たのが課長。

 私の横にスッと立った。


「申し分けございません。芝桜はテンパっているようなので、ここから先は私が続けます。」


 課長が横目でこちらを見る。してやったりの視線に私は悟った。

 そうか、あんたの仕業か。


 この男は、己れの能力の無さを棚上げして、私を目の敵にしていた。


 昭和のアイデアだと、わあわあこき下ろす。

 私の提案したデザインに、どこからか買ってきた赤インクをブチまける。

 翌日提出のデータを、まるごと消去されたことさえある。


 社長に直訴したりこともあるが、「まあ、壁だと思って超えてみろ」とスルーされた。自力でなんとかしろと言うことらしい。


 私はめげなかった。ヤツが足元にも及ばないレベルの高い提案を、次から次へと突きつける。自らの提案が通らない課長は、社内での評価を下げていった。


 私の昇進は目前。シーソーが下がるように、課長の降格も決まるだろう事態に、ヤツは焦ったのだろう。トラブルを演出し、オオゴトにすることで公然の場で私を蹴落とすよう段取りを決め込んだというわけだ。


 課長の後ろの席には、私と同じセクションの上司や同僚も並んでいた。

 私からの視線を受けて、何人か目をそらす。


 頭に血が上った・・・が。

 あまりの低次元な思考と行動に、バカバカしくもなった。

こんな連中を飼っている会社のことも、どうでもよくなった。なにが壁だ。


 辞めてやる!

 辞めてやる!!

 そう。辞めてやるが、あんたらも巻き添えにしてやろう!


 私はニッコリと小声で呟く。


「やってくれましたね?」


 そっと課長の手を掴んで丁寧に開かせると、自分の胸を握らせて思い切り叫んだ。


「キャアアーーー!」


 資料に目を落としていたクライアント達が、一斉に注目する。


 呆然とする課長。

 私の意図を察し手を離そうともがく。

 離してなるものか。しっかりホールドする。

 100人ほど詰めていた広い会場が騒然となった。


「なにするのよ! 変態オヤジ!」


 課長の手の甲を捻り上げる。

 体勢を崩した課長の懐に入りつつ、両の手で胸を後ろへ押しやる。

 ヤツは盛大に後ろへと倒れていった。並んで席にいた上司らを巻き込んで。


 ざまあ、みろ!

 すっと指を伸ばし、赤みのショートヘアをかき上げる。


 課長に、セクハラオヤジの汚名を被せてやった。事態の収拾に責任をとらなきゃならない。もちろん、プロジェクトに我が社の提案が採用される可能性も霧散。上手く立ち回ればクビにはらならないだろうけど、ヤツの出世は閉ざされた。


 がっはっはー!


 ドアを抜けて、そのままビルを出た。

 気分はスッとした。しかし、私も詰んでしまったのだ。






 そして、5時間余りが経った。


「はあ〜。」


 一人暮らしのワンルームに帰る気がせず、気がつけば、ただ夜の街をふらふら歩いてた。横をみれば、ビジネスマンたちが、信号待ちの暇つぶしにスマホをいじってる。


 ここは創生川をまたぐ歩道のようだ。どこをどう歩いたのたまろうか。私は、立ち止まって、テレビ塔やら街灯をキラキラ反射させている狭い川面を見つめていた。


「これから、いったいどうしよう。」


 誰かに誇れるような能力も才能もない私が、気合いと粘りでやっと入り込んだ職場だった。気に入らない上司もいたが、誠心誠意、今日まで3年心骨を注いできた。半人前ながら自信もついて、あてにしてくれる仲間、ささやかな人脈さえ構築しはじめていた。


 そ・れ・が・す・べ・て   パァ~。


 誰でもない、自分のせいで。


 あの上司は、私を失脚させようと躍起になっていた。年下に目くじら立てて、子供っぽい経略を練る時間があるなら、そのエネルギーで精進すればいいのに。

 冷静になったせいか、ほんの少しヤツを憐れむ心も生まれる。


 振り返ってみると、私自身のクビを賭けないやり方があったはずだ。力で叩きのめすにしてもだ。


 短気はいけないとわかっている。ジィちゃんからも言われていたし。


 あそこで押したのはまずかったかな。逆に引いて投げるべきだった。

 ・・・いや、技の問題ではないだろうに。なにを言ってんだか。


 終わったことだと忘れよう。

 さっきのはきっと将来へ教訓だ。

 この三年は出来過ぎた夢。

 私は前に進むオンナだ。

 新たな一歩を踏み出すのだー。



 なまら困った状況になってしまったけど、確かなことは一つだけあった。


「また、仕事を探さなきゃいけないなあ。」


 その前に一度、田舎に帰るか。ジィちゃんにもキチっと報告しよう。ガッカリする顔が浮かぶが、これもケジメ。


 そう決めた私は、近場の地下鉄駅へと向かうことにした。明日にでも丘珠から飛行機に乗って女満別へ。いや列車のほうがいいか。安いし時間をかけて言い訳を考えられるし。

 

 そう思っていたところに、通りのずっと遠くから、何かが向かってきた。


 あれは・・・飛行機?

 こんな道路の上を低空飛行で?


 片側3車線道路に覆いかぶさるように、徐々に高度を下げてくる飛行機。真っ黒なシルエットでわかりにくいが、私が田舎に帰るときに乗るような、小型サイズの旅客機のようにみえる。


 バシッバシッと、火花が飛んで踊る。

 電線を引っ掛けてるようだ。

 その音に、ほかの人たちも気がつきだす。


 指をさす人、逃げろと大声をあげる人、信号を無視して道路に逃げ出す人。

 辺りは騒然となった。


 ビル灯り、信号機のLED、テレビ塔のライティング。

 そうした灯りを浴びつつ、飛行機はついに道路にタッチダウンする。


 そこは車で埋め尽くされた国道。トラック、ワゴン、軽自動車。たくさんの車両のボンネットを滑走路代わりに、重く跳び跳ねながら飛行機が胴体着陸した。


 ドッグアァァァァーーーん!!


 一瞬のフラッシュバックの後、炎が上がる。

 機体はバラバラになったのだが、その速度は殺されなかった。胴体、左右の翼、飛び出したプロペラ、エンジン、タイヤ。炎をまとった大小の残骸が、クルマのボンネット上を水切り石のように跳ねてくる。


「こ、こいつは、命がヤバイ」


 私の場所からはまだ数百メートルもある。速度は速いが、今ならまだ逃げられるかも。


 予想される衝突線から抜けようと走りだそうとしたとき、突き飛ばされて転んだ幼児が視界に入る。母親らしい女性が絶叫して探しているが、人混みに囲まれて見つけられてない。


 びゅんびゅん唸ったプロペラが、右のホテルの窓を切り裂いていく。エンジンが、スゴイ速さでゴロンゴロン近づいてくる。あの子はもう逃げられない。


「うう・・・しゃーないか!」


 むんっ、逃げるのは諦めた。


 もしかすると、これが、人生のラストシーンかもしれない。

 であるならば、最後くらいは、カッコよく極めておこうじゃあないか。

 今夜のニュースで、美談として大きく報道されるかも。じぃちゃんも喜んでくれる。いや、普通に悲しむか。


 時が遅くなったように、全ての景色がゆっくりと流れていく。私はおもむろに、体の向きを変えて、六歩ほど歩くと、幼児の身体を両手で地面に押さえ込んだ。



・・・そこで




・・・意識がなくなった。




 存在感が消えたといえばいいか?





 物体が近づく音も、群集が叫ぶ怒声も、何もかも聞えない。

 何も感じない。

 手のひらに感じているはずの、幼児の感触さえなくなった。



 死んだ?


 ねぇ死んだの?





 体が光となって、宙に浮いたようなふわりとした感覚。


 浮いた?・・・


『浮いてる』というのは、どこかに意識が残っている証拠。

 浮いて、光のまま、高い速度で上へ上へと引っ張られる。

 どこかへ動いてる。



・・・天国へでも、いくのだろうか?




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