第三話/はぶ、ゆー、えばー、しーん、ざ、れいん
こんにちは。
菊千代です。
今日は相変わらずの雨です。
こちらの世界では昨日から雨期に入りました。
それからというもの、ずっと雨が降り続いています。
地球では大雨が降る事で災害に繋がったりしますが、
それはこちらでも変わりません。
むしろ、こちらの方が頻繁に水害には見舞われます。
本当に日常茶飯事のように思います。
しかし、誰もその事を恨んだりはしません。
水害に限った事ではないのですが、
自然災害は常に我々と共にあるのです。
日常の一つと化してもいるのです。
勿論、それにより大切なものを失う事もあります。
しかし、それを無理に否定しようとはしないのです。
所詮、この世は飛花落葉であり、全ては行雲流水の如く。
命には限りがあり、限りがあるからこそ尊いのです。
地球にいる時は、どちらかと言うと「死」は、
否定すべきものだと僕は思っていましたし、
地球人はそういう感覚の方が多いのではないでしょうか。
しかし、こちらの世界では「生」も「死」も
どちらも自然の営みの一つにしか過ぎないのです。
「生」も「死」も我々の生活のすぐ傍に位置しています。
だからこそ、常日頃において「生」という未来が尊ばれ、
同時に「死」という過去もまた、尊ばれもするのです。
どちらが正しいのかはわかりませんが、少なくとも、
僕はこちらの方が水に合っている感じがします。
そして、こちらの世界では、それら全てを
「くやほが」に委ねてもいるのです。
「くやほが」とは何なのか。
地球で言うところの「神」のようなものでしょうか。
いや、「神」以上の存在と言った方がいいのかもしれません。
世界は常に一つであり、全てである。
その一つとは「くやほが」であり、
その全てもまた「くやほが」なのです。
そして、我々の存在は「くやほが」の一部でしかなく、
また、我々の歴史も「くやほが」の一部でしかない。
そのような信仰ともいうべきものが、
この世界を支配しているのです。
地球の方々にはちょっと解り難いのかもしれませんね。
僕も最初は戸惑いました。
しかし、こちらの世界ではこれが当たり前なのです。
そして、その当たり前に身を委ねる事で案外と、
僕にとっては水が合ってしまったという感じでしょうか。
地球の外にはこんな世界があったりもするんですよ。