8. 出会い
ルナが孤児院に入って2年が経った。ルナはリリィと並んで院の庭で洗濯物を干していた。
リリィも最近は手がかからなくなってきたが、それでもルナには甘えたいようだ。
「ルナちゃん、洗濯ものは終わった?」
ひょっこりと顔を覗かせた薄紅色の髪を持つ巨乳の女性、カリーナの声にはっとして「もう少しです」と云うと、「ルナちゃんが来てくれて助かってるわ」ともう何度目かもわからないようなお約束の言葉を微笑みとともにもらう。
その言葉に苦笑を返しながら、ルナはリリィと共に黙々と洗濯物を干していく。
「もうここに来て2年かぁ…」
早いもので、ルナが前にいた場所から解放されて既に2年が経っていた。
この2年、ルナは前世での遊びを孤児達に教えたり、前世で好きだった料理の再現をしたりしてそれなりに楽しんでいた。
カイから勝負を挑まれる頻度も、カイが11歳となり、冒険者として働きに出るようになってからは下がっていた。0ではないが。
そのカイはと言うと、毎週のようにルナに勝負を挑んでいた間に無自覚に鍛えられ、同年代の中では頭一つ抜けて強くなっていた。
それでもルナには及ばないのだが、カイは今新人冒険者の中でも将来有望株として注目されているらしい。
洗濯物干しを終え、ルナは夕飯の買い出しに向かうことにした。今日はルナが料理当番なのである。
最初の失敗の後、カリーナと共に徐々に慣らしていき、今では鋼の精神力を持つリリィ以外の孤児たちとも一緒に厨房に立てるまでになっていた。
院では料理が得意なものが交代で料理を作っており、ルナは一週間のうち二日を担当している。他の子供達との共同作業はとても楽しく、ルナの楽しみの一つだ。
ルナの作る地球の料理も、物珍しさもあってカリーナや孤児達にも好評である。残念ながら他の転生者の手によって大方のレシピは既にあったのだが、細かい工夫等までは伝わっていないものも多かった。
さて、今日は東の広場で市場が開かれている日だ。
ルナの暮らす孤児院がある王国の王都は、南向きの王城を中心として東西南にそれぞれ大通りがのびており、その3本の大通りを軸に発展している。
各大通りはそれぞれ王城前の大広場と東西及び南の門を繋いでいて、両者の中間にはそこそこの広さの石畳の広場がある。各広場では1週間に1度、他の2つの広場とかぶらないようにして市が開かれている。
そして今日は孤児院から少し西に行ったところにある、院から一番近い東の広場で市が開かれる日なのだ。東の市では、王国の東にある海からの海産物や他の大陸との貿易で入ってくる輸入品が多い。
ルナの週に二日ある料理の当番は、それぞれ東の市と南の市が立つ日であり、ルナの作るご飯がどれだけカリーナを含め院の人たちに期待されているかがわかる。
因みに西の市へは王都を横断する必要があるため、お米が欲しいルナ以外の孤児院の人間が行くことはまずないので、豊富な食材が揃う市場の立つ日はルナが独占している形になる。
「んー、今日は煮付けでも作るかな……」
いつものように市場にやってきたルナが、市の魚介類を売る一角で店頭に並んだカレイに似た魚を眺めつつ、今晩の献立を考えながら様々なお店を回っていると、ふと広場の隅にいる一人の少女が目に入った。
ふわりとした長い見事な金髪にサファイアのように碧い瞳、ルナと同じ年頃の質素なワンピースを着た少女だ。
訓練で人を見る目は鍛えられているルナには仕草からその子が貴族であることはまるわかりだったのだが。
「……っていうか隠す気あるのかな、あれ」
ルナは思わず呆れたように呟いた。服装こそ町娘のように安っぽいものだが、ただ突っ立っておろおろしているだけなのに動作の端々に育ちの良さが滲みでている。
そのうえ、彼女の長い金髪は少し見ただけでよく手入れされていると解るほど輝いており、きちんと観察すれば最低でも大商人の娘くらいであろうとは容易に想像がつく筈だ。
いかにも町娘といった服装と見比べるとちぐはぐな印象をうける。
あれではルナではなくとも、見る人が見れば貴族かそれに準じる者だということに気付くだろう。護衛が傍に付いているようには見えないし、どうみても危険だ。
「……どうしたの? 迷子? お母さんはどこ?」
貴族なんて碌なものではないとルナは経験から知ってはいたが、このまま誘拐などされても寝覚めが悪い、とルナはちょっと迷った末に声を掛けることにした。
あくまでも、迷子になった子供を助けるただの善意の第三者を装って。……などというとどう見てもよからぬことをたくらむ人の行動ではあるのだが、ルナにその自覚はない。
市場なんていう平民の領域にいる時点で可能性は低いだろうが、傲慢なお貴族様だったらさっさと撒いて逃げればいいのだ。
少女は突然話しかけてきたルナを不安そうな目で見る。ルナは特にやましいことを考えているわけではないので、少女の不安を払拭しようとにこりと笑いかける。
「ああ、はじめまして、だったね。私はルナ、あなたは?」
「え……あ! は、はい、メアリです。ご、ごきげんよう?」
はっとした彼女――メアリはそう言って優雅なお辞儀を……しようとして慌てて止めていた。
それがルナと、後に太陽の聖女と呼ばれることになるメアリとの出会いだった。
やっとヒロイン(?)登場です。
今のところ百合は考えていません。