7. 読み聞かせ
ある日の孤児院で、ルナはリリィにせまられ、困ったような笑みを浮かべていた。リリィは両手で抱える程の大きな本を持ってルナの周りをぐるぐる回っている。
「ルナ姉、このほんよんでー」
「……いいわよ、リリィ。夕ご飯の準備までまだ少し時間あるから、遊戯室に行ってそこで一緒に読もうか」
「やったー!」
ルナが仕方無く溜息を吐いて了承すると、リリィはわあいと歓声を上げる。その大きな目はまっすぐに喜びを映しており、見ていて微笑ましい気持になる。
リリィは孤児の中でもルナに特になついている一人で、4歳年上のルナを「ルナ姉」と呼んで慕っている。始めのころは「ルナお姉ちゃん」呼びだったのだが、何につけても基本的に冷静な表情を崩さないルナに影響を受けたのか、この呼び方に落ち着いた。
何だかんだで自分に向けられる好意が心地良く、ついお姉さんぶってしって自分の時間を減らしてしまうのがルナのここ最近の悩みだった。少しだけならまだいいが、よっぽどのことがない限りルナの気持ち的に美少女の頼みごとは断れないのが難点だ。
前世ではそれを拗らせて、高校では王子様などと呼ばれていたこともあった。一応補足しておくが、ルナは前世でも今世も女である。
「じゃあこの椅子に座ろうか。はい、隣」
「おひざ」
「……」
「おひざ」
「……どーぞ」
「わーい!」
嬉々としてルナの足の上に跳び乗るリリィ。
いくら改善しようと思っても、美幼女の愛らしさと向けられる好意についリリィを甘やかしてしまうルナだった。
「じゃあいくよー『ゆうしゃとまおう』」
「わーぱちぱちぱち」
リリィを膝の上に座らせ絵本を広げ、本の朗読を始めたルナ。先ほどからのリリィの様子に頬が緩みっぱなしである。
今回ルナが読み聞かせをせがまれたのは『ゆうしゃとまおう』。二百年前に実際にあった『災厄の魔王』と国内から召喚された勇者との戦いをモチーフにした子供向けの絵本だ。
この世界には魔王も勇者も存在するが、残念ながら勇者召喚で異世界から勇者が召喚されることは殆どないらしい。大体は国内外の勇者の資格を持つ人間が召喚魔法陣の中に現れるとのことだ。
もっとも、魔王も数百年に一度現れるかどうかといったところなので、勇者召喚自体が滅多にないことなのだが。
「ゆうしゃはまおうに言いました。
『みんなを守るためにおれはここに来た。しょうぶしろ、まおう!』
まおうはゆうしゃのことばにそのじゃがんにけいべつの色をうかべ、はなで笑いました。
『ふん、そんな小さなおまえたちがだれをどう守るというのだ。小さきものは小さきものらしく、けちらされるがいい!』」
これ絶対対象年齢間違ってるわと思いつつ、無駄に平易な文章のわりにテンションの高い絵本を膝の上のリリィに読み聞かせる。
ルナは役に応じて声を変えるという器用なことをしているため、徐々に二人の周りに子供達が集まってくる。
戦いはクライマックスに入り、勇者のセリフもそれに伴いますます盛り上がっていく。
「『おれたちだって、むねをはって大きく手をふって、足音たかく、声たかくあしたをめざしているんだ! おまえにじゃまをするしかくなんてない!』...っておいおい」
どこかで聞いたことがあるような言い回しにルナは思わずツッコミを入れる。ルナが突然朗読を止めた意味がわからないリリィ達は、ただ突然中断されたことに文句を言う。
「むー、ルナ姉、止めないで」
「あ、ごめんごめん。えーと、『おれたちは、みなぎるゆうきとあふれるげんきでなんどでも立ち上がれるんだー』」
「なんか今までと違うー」
つい棒読みになってしまうルナを誰が責められようか。
この世界には、数十年に一度程度の間隔で転生者が現れるようで、ルナと同じ地球世界や、地球よりもさらに進んだ科学を持つ世界、この世界とはまた別系統の魔法が支配する世界など、世界にもいくつかの種類が確認されている。
そのためか、こちらの世界にも時折地球を彷彿とさせるものを見掛けることがある。
今回の絵本もそうだが、院の図書室に世界に散らばる七つの宝玉を集めて皇竜――この世界の実在する種族である――に願いを叶えて貰う話が『里見八犬伝』のようなノリで数百年前の文学として書架に並べられていたのを見た時は流石に噴いた。著作権なんて知ったことかとでも言うかのように、いっそ清々しいほど盛大にパクっていた。
数百年前の大ヒットシリーズだったそうだが、ある話から突然面白くなくなって打ち切りになったらしい。ストックを切らしたのだろう。作者のオリジナル部分(?)の展開の突飛さや会話のテンションを見る限り、アメリカ人かなんかだったのかも知れない。
それはさておき
「こうしてさいやくのまおうはたおされ、せかいに平和がおとずれたのでした。めでたしめでたし」
それからも魔王が目潰しを喰らって叫んだり膝に矢を受けたりとどこかで見たような言い回しや展開のオンパレードに、内心ぐったりしながらルナはなんとか読み聞かせを終えた。
そんな内心疲れ果てているルナとは裏腹に、子供達は大喜びしている。なにせ元ネタを知っているルナがそれぞれ原作に忠実に迫真の演技で読み上げたのだ。
ついでにと今世の特技の一つで声も原作通りにしてみたところ、子供たちに大うけした。代償としてルナのげんなり感と引き換えに。
「ルナ姉、じゃあ次はねー」
「えっ、まだ読むの?」
「ルナ! 勝負しろ!」
「なんで?!」
そんなこんなで、ルナは過去の柵の一切ない場所で、楽しい時を過ごしていたのだった。
一旦ここで孤児院編(仮)は一区切りです。
次回からは少し時間が飛んでヒロイン登場