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6. 料理での失敗

 孤児院にはいって数週間で、ルナは院の空気に馴染んでいた。

 変わったことと言えば、リリィという美幼女にやたらと懐かれているのと、毎週のようにカイからの挑戦を受けるぐらいで、平和で平凡な日常を謳歌している、と本人は思っている。


 そんなある日、カリーナに「料理当番をやってみない?」と誘われて、ルナは孤児院の厨房にやってきていた。


「ここでみんなの分のご飯を作るのよ。大体私がやるんだけど、さすがに毎日っていう訳にはいかないから、子供達の中でも料理が得意な子がいたら手伝って貰ってるの」


 いつものおっとりとした口調でルナに調理器具の使い方などを解説していくカリーナ。その解説に一つ一つうなずきながらルナはカリーナと共に食材の準備をしていく。

 そんなルナの後ろを、リリィは何にも触らずに邪魔をしないという約束をしてとてとてと付いて歩いている。


「そういえば聞いていなかったけど、ルナちゃんってお料理は得意なの?」


 今更?! カリーナの天然さに若干どころではなく呆れながら、前世で趣味で料理をしていたルナは「まあまあです」と答える。


「うーん、それなら大丈夫かな? お芋の皮剥きとかできる?」

「少し練習して馴れればそれくらいならできると思います」

「よし、じゃあお願いするわ」

「ねーねーカリーナ、わたしはー?」

「リリィちゃんはルナお姉ちゃんの見学しててね」

「はーい!」


 カリーナはルナに皮むきとリリィの子守りを任せ、お湯を沸かし始めた。ルナは院でお世話になっている恩もあるし、前世で趣味でやっていた料理のリハビリがてら任された仕事はしようと包丁を手に取った。


 その瞬間、厨房の空気が激変した。


 後ろを向いていたはずのカリーナは背中に感じた凄まじい冷気にひっと小さな悲鳴を上げてびくりと体を震わせ、リリィは火がついたように泣き出した。

 凍りついた室内の空気の原因は、包丁という刃物を手に持ったルナだった。ルナからは尋常でない量の殺気が溢れ出し、その目は虚ろになって何の光も映してはいない。ただひたすらに怖気の走る殺気を放ち続けている。


「る、ルナちゃん! 大丈夫!?」


 珍しく取り乱し、真っ青な顔のカリーナに肩を揺さぶられ、ルナは正常な頭の片隅でぼんやりと、カリーナが慌てる光景って初めて見たなーなどと考える。


「あ、あれ? カリーナ……さん?」


 しばらくしてルナがはっと正気に返ると、室内に満ちていた緊迫した空気が霧散する。リリィはいつの間にかカリーナによって寝かしつけられていた。

 冷や汗を流しながらもずっと付き添っていたカリーナが、若干青い顔になりながらも安心したようにルナの顔を覗き込む。


「大丈夫だった? ……厭なことを思い出させてしまったならごめんね」

「……いえ、料理自体は普通にできる……筈です。どうも、刃物を持つと駄目のようで」


 ルナは自覚していなかったが、かつてのルナの経験がトラウマになっていたようだ。

 刃物を持つと、条件反射的に体が殺し殺される覚悟を決めてしまう。


「そ、そう。じゃあルナちゃんさえよければ、リハビリも兼ねて鍋を混ぜる所から料理に参加していこうか。そのうち包丁も扱えるようになると思うわよ」

「……でも、迷惑じゃ……」


 先ほどのルナの殺気は、間近で受けると心臓の弱い人間なら死ぬことすらありえるほど強烈なものだった自覚はある。そんなものを料理の度に浴びていたら事故のもとになるし、少なくともカリーナに益があることではない。

 そもそも、ルナの殺気を浴びながらも逃げ出さずにルナの傍に居続けられたのも十分に驚嘆すべきことである。

 普通は子供とはいえ明らかに病んでいる様子で刃物を握りしめていたら近づこうとは思わないだろうに。


「はぁ……子供が大人の迷惑なんてまだ考える必要なんてないのよ? それとも、料理をしたくないの?」

「それは……」


 やってみたいに決まっている。折角異世界に転生したのだ。既に大方過去の転生者の人たちに先を越されてしまっているとは言え、まだ料理革命の余地は残っている筈だ。

 前世で料理を趣味にしていた以上、やっと平和になった今の暮らしの中で、多少は異世界料理なんかのほのぼのとした分野で孤児たちからだけでもいいから尊敬を集めてみたい。


(……強さで尊敬を集めても何も嬉しくないし。いや、カイのあれは事故みたいなものだから、ああなるとは思ってなかったから私のせいじゃない、うん)


「じゃあ決まりね。私が一人の当番の時は一緒にリハビリしましょう。……いやな事を思い出しそうで辛かったら言ってね?」

「……はい、何から何まで済みません」


 料理で恩返ししようと思った初めからこれである。ルナは激しく気落ちしつつ、疲れたろうということで寝室に帰らされた。

 帰り際に、怖い思いをさせちゃったリリィちゃんにしっかり謝っておきなさい、という言葉と共に寝入っているリリィを託されて。




 院の寝室は応接室程度の広さの二部屋に、それぞれに男女が分かれて雑魚寝している。ルナはリリィを寝室に運んで、少し迷った後、隣で一緒に横になった。

 しばらくすると、リリィが目を覚ます気配がした。ルナは目を合わせる勇気がなく、リリィを抱き寄せて目が合わないようにする。


「……ん……ルナお姉ちゃん? え、あ、あれは……?」

「ごめんリリィ、怖がらせちゃったね。……本当にごめん」

「ううん、怖かったけど、お姉ちゃんだから大丈夫。大体、いつもカイとしょうぶするときもさっきぐらいじゃないけどあんなかんじだもん。びっくりしたけど、お姉ちゃんだからありえると思う」

「え?」


 リリィによると、カイとの勝負では毎回弱めではあるが殺気は出ていたらしい。だから慣れていたとリリィは至極簡単に言うが、どう考えてもリリィの精神力は4歳のそれじゃない。


「だからね、いつもの優しいルナお姉ちゃんも、カイとしょうぶするときのちょっぴり怖いルナお姉ちゃんも私の大好きなルナお姉ちゃんだから、とっても怖いルナお姉ちゃんでも私は大好きなの」


 どうやら本当にルナの殺気を浴びて泣き出したのは、いつもより格段に怖かったためだけらしい。

 ルナはカリーナといいリリィといい、自分をこの院のみんなが受け入れてくれることを不思議に思った。少なくとも、自分が逆の立場だったらみんなと同じように接することができるかどうか自信がない。

 次は泣かないもん、とかわいらしく宣言するリリィの頭を撫でながら、ルナはこの貴重な出会いに感謝するのであった。






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