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52. 決意


 アルトは一通り自説を述べた後、メアリに「貴女はどう思いますか?」と質問し、答えに窮したメアリをまだ精神的なショックが癒えていないと思ったのか、一方的に話を続けたことを詫び、メアリの体調を気遣いつつ帰っていった。


 笑顔で優雅に礼をし、アルトを見送ったメアリは、アルトが扉の向こうへ消え、ぱたんと扉がしまった瞬間、小さく俯いて「ルナ、いるでしょう」とつぶやいた。


「……お疲れ様でした。お嬢様」


 いまのいままで誰もいなかったメアリの背後から、ルナがそう言ってメアリをねぎらう。


「大丈夫ですか? ご気分がすぐれないようですが」


 うつむいたままのメアリに、ルナが心配になって声をかけた。

 メアリはそれに答えず、ただ小さなこぶしを握りしめ、口をきゅっとひきむすんでいる。

 ルナが再度「お嬢様?」と呼びかけると、ややあってメアリが口を開いた。


「……ねえルナ」

「なんでしょうか」

「アルト様のこと、ルナはどう見ているの?」


 メアリの問いに、ルナはどう答えたものかしばし悩む。アルトへのルナの好感度的にはアルトをぼろくそに貶すことになる。

 とはいえ、それと結婚することになるメアリにそれは駄目だろうとも思うのだ。

 その思考そのものがわりと酷いというのはさておいて。

 ルナの迷いを察したのか、返事を待たずにメアリが続ける。


「わたしは、アルト様との結婚なんていや」


 メアリの言葉に、ルナがぱっと顔を上げる。ルナはこれまで、メアリから直接アルトとの婚約について聞いたことはなかった。おそらくは、父親であるジェフィードも。

 ルナは無言で続く言葉を待つ。俯いたメアリの表情をうかがうことはできない。


「わたしたち自警団が守ってきた平民を軽んじすぎてるし、なによりティムを貶めるような発言が赦せないの」


 ティムとは、あの日、メアリの護衛をしていた自警団員の名前だ。やはり、メアリにあの発言は相当マイナスだったらしい。

「でしたら」と1歩前に進み出たルナに、メアリがゆるりとかぶりを振った。


「わかってる。お父様にお願いしたり、ルナに命令すれば、たぶんこの婚約はどうとでもなるってことも」

「それは……」


 それはそうだろう。

 メアリの言う通り、親バカなところのあるジェフィードはメアリが本気で嫌がっているとわかれば、破談に向けての手段は選ばないはずだ。もちろん、ルナも。

 しかしメアリはそれではだめだと言った。


「あの人は、アルト様は何も知らないだけなのだと思うの」

「何も知らない、とは?」

「自分とは違うものの見方をする人の気持ちとか、そういうものよ」


 メアリの言いたいことが掴めず、ルナが「はあ」と相槌をうつ。


「自警団のみんなの頑張りも、市場で会う平民たちの活気にあふれた顔も、知らないから、尊重できない。それって、とても哀しいことだと思わない?」

「……そうですね。もったいない、とは、思います」

「わたしは、お父様からお許しを貰えて、ルナに出会えて、物凄く世界が広がったわ。でも、それは貴族として少し珍しいんだと思うの」

「当たり前です。これが普通であってたまりますか」


 メアリの言葉に看過できない文言を聞いて思わずルナが突っ込む。

 なにか以前にも同じようなのがいた気がするが、そもそも下町に平然とおりていく貴族なんて天然記念物だ。

 ルナの突っ込みをさらりと流し、メアリがクスリと笑って続ける。


「だからね、ルナ」

「はい」

「わたしは、アルト様を説得してみたい」

「……はい?」


 貴族としてそれはどうかと半眼継続中だったルナが、予想外の言葉に目を大きく見開いた。


「アルト様も、きちんと自分の目で見たら、自警団や平民のみんなは道具なんかじゃない、一人の人間なんだってわかってもらえると思うの」

「無謀です。アレがそう簡単に変わるとは思えません」


 一瞬驚いたものの、すぐに冷静になったルナがいつもの調子で淡々と反論する。


「一度そういう性格になってしまったら、その後は色眼鏡で見てしまい、そうそう性格の矯正なんてできませんよ」


 三つ子の魂百までという言葉がしめすように、一度形成された性格はそう簡単に変えられない。とルナはいう。

 しかし、メアリは納得しないようで、首をひねっている。


「そうは言うけれど、たぶんアルト様の言動は性格だけの問題ではないと思うわよ? なんだか、実体験じゃなくて、聞いたことをそのままわたしに話しているみたいだったもの」

「……そう、でしょうか」


 思い返してみると、まあ確かにアルトの言葉はそうとれなくもない。じかに話していたメアリがそう感じたのなら、本当にそうである可能性もあるだろう。

 まあ、ルナの感覚からすれば、最大限アルトに好意的な見方をすれば、だが。


「それに、あの人に平民と触れ合う機会がそうそうあるとは思えないし、あったとしても自分から避けてそうじゃない?」

「……確かにそうですが」


 学院で何かあった可能性もなくもないが、まあアルトのあの様子では、実体験よりも誰かに吹き込まれた話をそのまま自慢げに語っているだけにも見えた。

 だからね、とメアリはルナの目をまっすぐに見据えた。


「お父様やルナがわたしのためにいろいろと動いてくれているのはなんとなくわかるわ。でも、わたしは? アルト様の前で、ルナ達がなんとかしてくれるまで『物わかりのいい令嬢』を演じていればいいの?」

「それは……」

「そうやってわたしがごまかしているうちにルナ達がアルト様との縁談をなくしてくれたとしても、わたしは嬉しくないと思うわ」


 そういってメアリは申し訳なさそうに笑った。


「もっと早くお父様にも言っておけばよかったのだけど、今日やっと決まったわ。どんな経緯があれ、アルト様はわたしの婚約者よ。簡単だとは思わないし、絶対にうまくいくなんて言えないけれど、やれるだけのことはやってみたいの」


 もう逃げない、と、力強く宣言するメアリの目はいつになく真剣で。これはメアリに折れる気はなさそうだとルナは溜息を一つつく。

 ここでルナが強硬に反対したとしても、メアリはこっそりと計画を立てて実行するのだろう。アルトとの破談は、メアリが失敗したときにでもまた考えればいい。


 やや間をおいて、ルナは口を開いた。


「……仕方ありませんね。お嬢様の御心のままに」


 ほとほと困った、といった声音で白旗をあげたルナだったが『仕事モード』の中こらえきれないとでもいうようにわずかに上がった口角が、何より雄弁にその内心を物語っていた。





え…っと、メアリさんが作者わたしのプロットから直角に脱線して爆走しはじめました。

おかしい。ちょっと前まで 不満が爆発→婚約破棄スタート の流れだったはずなのに。


でもこっちのほうがメアリらしいので、しばらく更新を止めてプロットの見直しをします。

プロットが甘かったなあ…

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