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49. ギルドでの再会 3

 ルナの言葉を聞いたエバンズが「ひゅう」と口笛を吹いた。


これ(・・)を感じたのか。ルナ嬢、すげえな」

「兄貴、どういうことだよ」

「あー、カイ坊、お前じゃまだルナ嬢には勝てねえってことだ」

「!?」


 尊敬する兄貴分の突然の言葉で固まったカイを見遣りつつ、エバンズが続ける。


「カイ坊の『師匠』がカイ坊と同い年の娘っ子だっていうもんだから、一体どんな嬢ちゃんかと思ってたが、やっと合点がいったぜ」

「し、師匠なんかじゃねえって。なんてこと言うんだ兄貴」

「あら、いつものカイ君の話を聞いていたらそうとしか思えないわよ? カイ君に体の使い方を叩きこんだ女の子の師匠だって」


 ちゃちゃを入れるジャネットに、カイはなにも言い返すことなく黙りこんだ。普段からの言動のなかに、なにか思い当たるところがあったのだろう。

 そして当の『師匠』であるルナは曖昧に笑うだけで、心ここにあらずといった様子でいた。そのことに気付いたメアリがルナに声をかける。


「ルナ、さっきから黙ってるけど、どうしたの?」

「……メアリ、そろそろ帰ろうか」

「え、突然なんで……って、ちょ、引っ張らないで」

「ではみなさん、カイをよろしくお願いします。カイも、またね」


 突然のことに戸惑うメアリの手をとると、ルナは《アイゼン》の面々に別れを告げ、ギルドのエントランスへと歩いていってしまった。


 一連の流れるような動作に完全においてけぼりにされたカイたちが、ややあって言葉を交わしあう。


「嵐みたいに帰っていきましたね」

「……突然どうしたのかしら」

「あいつ、さっさと帰っちまった……」

「カイ、残念か?」

「そ、そんなことねぇよ」


 面白がっているウォードの言葉にむきになって返すカイ。

 そんな様子を楽しみながら見ていたジャネットが、ふとエバンズに声をかけた。


「エバンズ、どうしたのよ。いつもならあんたが率先してからかうところでしょう?」


 ジャネットの疑問に「ああ、いや、ちょっとな」と曖昧な返事をすると、今度はそれを振り払うように「よし」と両の頬を叩いた。


「カイのお師匠さまとも会えたんだ。休憩はこれで終わりにして、次の依頼の準備を始めようや。 カイ坊、次の依頼はカイ坊が選んでくれ。ジャネットとリヒターは触媒の調整でもしてろ。それが終わったらウォードの大盾とギル達を回収して依頼に出るぞ」


 了解、と言ってめいめいに動き出す自分のパーティーのメンバー達を見ながら、エバンズは先ほどの少女のことを思う。



 最初は、ただの小娘だと思っていた。


 カイ坊の師匠とはいうがずっと昔の話で、幼い日のカイがちょっと護身術をかじっただけの幼い彼女にこてんぱんにされていただけだろうと。

 そんな印象を抱くほど会った当初のルナという少女は油断しきっていて、ピクニックにでも来ているのかというくらい無防備だった。


 だが、すぐにその認識は改めさせられた。


 きっかけは、彼女が、エバンズの実力が本当にSランクに見合っているのか、という疑問をあろうことかエバンズ本人にむけて放ったことだ。


 正直、こいつは駄目だと思った。


 Sランクという称号は、ギルドという公的な機関が発行している最高ランクの称号だ。自分の尺度で判断してそれを持つ者の強さを疑い、あまつさえその疑問を本人にぶつけるなど、愚かとしかいいようがない。カイの体格を読んだ(・・・)まではよかったが、やはり所詮はただの小娘だったのかと失望した。

 そして、ついその質問に苛立って、魔獣狩りのために普段から抑えている『気』を出してしまったのが悪かった。


 変化は劇的だった。


 まだ未熟なカイや後衛のリヒターとジャネットはともかく、熟練の前衛であるウォードですら気付かなかったエバンズの『気』に気付いたあげく、エバンズの間合いの外ぎりぎりまでさがったのだ。

 エバンズの実力をかなり正確に把握したと思っていいだろう。そして、彼女の警戒そのものに気付いていたのは、ギルド内でもエバンズだけ。

 相当な経験を積んできているというのは間違いない。


 一見自然体に見える一分の隙もない警戒は、まるで日向ぼっこをしていた猫が突然現れた敵に毛を逆立てて威嚇しているような印象を受けた。

 頭でっかちの小物かと思っていたら、一皮剥けば実力も経験も申し分ない実力者が出てくる。引退した冒険者が多いギルド職員ではわりとあることではあるが、あの歳でその境地までいっているとも考えづらい。

 ついでに、帰る間際の動作もエバンズが茶々をいれる隙もなかった。


 はあ、と息を吐いたエバンズは選んだ依頼書を持って受付と話しているカイを見た。


「なんというか、お前も大変な女に惚れちまったなあ、カイ坊。なんだあれ、わけがわからん」



 *



「わけがわかりません。なんですかあれ」


 ギルドの建物からある程度離れたところで、無言で歩いていたルナがいきなり大きく息を吐いた。


「うう……藪をつついたら眠っていたライオンが出てきたみたいな気分です。本当になんなんですかあれ」

「ルナ、口調が……。エバンズさんとなにがあったの? わたしには全然わからなかったんだけど」


 メアリの疑問にルナが弱々しくかぶりをふった。こころなしか顔が青い。

 ルナが「口調はもう少しこのままでいさせてください」と断りをいれ、言葉を探すように思案して、やがて口を開いた。


「あれは……わかりやすく言えば、気迫とか、そこにいるだけで感じる迫力みたいなものですか」

「……はあ、それがどうしたの?」

「はじめて会ったときから、あのエバンズという冒険者にそういったものをほとんど感じなかったのです。なので、ついカイが騙されていたりはしないかと疑ってしまって……」

「ああ、だからあんな質問をしたのね」


 悄然としたルナが、メアリの言葉に「ええ……」と力なく答える。


「正直、軽率だったと思います……。最低限あるはずの実力に対しても『気』が弱すぎることで察するべきでした」

「エバンズさんってそんなに強かったの? ルナがそんなになるくらいに」

「あれだけの気を練って押し込んで蓋をして隠せるような人間です。私では勝てません」


 即答したルナの答えにメアリが息をのむ。かつてメアリを守っていた自警団の精鋭たちを蹴散らしたイレイズを、ルナがたった一人でねじふせた光景はメアリの記憶に鮮明に残っていた。

 驚いたように目を見ひらいているメアリを見て、ルナが苦笑しながら補足する。


「勝てないからと言って、彼のほうが絶対的に強いというわけではないですよ。相性というものもありますから。私は主に影なので、正面きっての戦いは苦手なんです。なので」


 と、そこまで言ったルナが不自然に言葉を切る。

 きょとんと首を傾げるメアリに、ルナはゆるくかぶりを振り、口調を戻して明るく言った。


「……いや、なんでもないよ。帰ろうか、メアリ」

「そうね。帰りましょう」


 なので、勝てなくても殺せはします――その言葉は、自分の言葉に純粋に感心しているメアリを見て呑みこんだ。


 今の自分はもう『殺す』力だけではなく『護る』力でもあるのだと。そう自分に言い聞かせ、ルナはメアリといっしょに、今の帰る場所であるスーリヤ家の屋敷のある方角へと歩んでいった。





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