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5. 勝負

「おいお前、オレの子分にしてやる」


 突然言われた言葉に、ルナは理解が追い付かずに暫し呆ける。


 この子、こんなキャラだったんだ………とややあって我に帰り、あらためて目の前の赤毛の男子を見る。

 カリーナの前では生意気ではあってもちゃんとした兄貴分、みたいな言動だったが、猫を被っていたのか。


「オレはカイだ。オレの子分になれっていってるんだよ」


 いつまでも無言のルナに、いらだったように重ねて言うカイ。周囲の子供達はまたか、といった目でカイ少年を見ている。リリィがこっそり耳うちしてくれた話によると、男子に対してはいつものことなので諦めて従っておけばいいらしい。長いものには巻かれろということか。

 というか男に対してはいつものことって言われても、自分は女なんだけど……とルナは理不尽に思う。


「え? いやだけど」


 しかし生憎と、ルナには自分より弱いやつの子分になるつもりはない。あっさりと断ると、カイは断られるとは思っていなかったらしく顔を真っ赤にして怒りはじめた。


「くっ……ならルナ、オレと勝負しろ!」

「やだ」


 なにが悲しくてこんな暑苦しい体育会系男子の自己満足に付き合わないといけないのか。


(こいつさっきから完全に私のこと女だと思ってないよね……、顔真っ赤にして勝負しろとか言ってくるし)


 ルナはカイの反応を窺う。コロコロ変わる彼の表情を観察するのは、思いのほかたのしい。


「い、いいからオレの子分になれっ!」

「だから嫌だって」


 いい加減しつこい。さっさと勝負なりなんなりして勝った方がいいかもしれない。


「わかったわかった、勝負すればいいんでしょ。私が負けたら子分になってあげるから、勝ったらもう子分にするなんて言わないで」

「さいしょからそういえばいいんだよ」

「うるさい。で? 何で勝負するの? 私はなんでもいいけど」


 ルナがそう言うと、カイは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「なら、けんかで勝負だ」

「いやちょっと待て」


 仮にも女の子とする勝負の内容ではない。どこに初対面の女子相手に喧嘩吹っ掛ける8歳児がいるんだよとルナはカイの思考を軽く疑うが、カイに嘘をついている様子はない。なんでもいいとは言ったが、せいぜいかけっこぐらいだと思っていた。


 不思議に思いながらカイを観察していると、カイは顔を赤くして「な、なんだよ」と怒り始めた。その様子を見てふとルナはひらめいた。

 そういえば前にいたあの場所では、周りは結構な割合で戦い大好きなアグレッシブな方々だった。この世界では、こんな戦闘脳というか脳筋は意外に珍しくないのかもしれない。


(うん、説得力ある)


「お、おい、いいから始めるぞ」


 ルナから脳筋認定されて勝手に納得されていることなどつゆ知らず、カイは心ここにあらずなルナに催促する。

 因みに、カイ本人は勢いでルナに喧嘩勝負を挑んだはいいものの、勝つには最低でもルナの体に触れなければならないことに気付いてさらに顔を赤くしている。


 カイが戦闘脳だと気付いたルナがやることはもはやただ一つ、自分がカイよりも強いということを体でわからせることだけだ。

 事実、こういうタイプの脳筋達は自分より強いものには一定の敬意を持つものだ、とルナはこの世界での経験から学んでいる。


 あさってな解釈をしたルナは、これ以降のカイの干渉を避ける為にカイの喧嘩勝負を受けることに決めた。


「いいわよ、じゃあルールはどうするの?」

「どう見ても負けていたら負けだ。あと、こうさんしても負けだ」


 まさかあっさりと勝負にのってくるとは思っていなかったカイは、とっさにそう返して普通に返事できたことに安堵する。

 返答も、アドリブにしてはまともなルールにできてカイは安心してルナを見る。これなら考えなしに喧嘩を挑んだなどとは思われないだろう。


 一方、ルナはカイが即答した内容にやはり脳筋だったと確信するのだが、お互いそんなことには気付かない。


「わかったわ、いつ始める?」

「いつでもいい。おい、だれか始めのあいずをしろ」


 カイは後ろにいる数人の子供達に指示を出す。この子達がカイの言う子分なのだろう。


「じゃ、じゃあ……はじめっ」 


 カイの子分の合図で、遊戯室でルナとカイの勝負が始まった。他の子供達は二人を遠巻きにながめ、リリィは唐突に決まった喧嘩に呆気にとられながらもルナを心配そうに見つめている。


「どうした、かかってこいよ」

「は? あなたのほうからかかって来ればいいじゃない。それとも私が怖いの?」

「なんだと!」


 こちらから攻めるのは8歳でも一応男女の体格差があるので遠慮したい。

 今回使おうと思っている戦法をとるために定番の挑発をしてみたのだが、カイはあっさりとかかってルナに向かって掴み掛かってきた。ちょろい。


「よっと」


 ルナは半身横にずれることであっさりとカイをかわし、足を出してカイの足を引っ掛ける。一応意識は17歳の高校生なのだ。8歳児のスピードなどたかが知れている、対処も余裕だ。


「ぐあっ……! く、くそ」


 カイはつんのめって転ぶも、すぐに起き上がってルナに再び掴みかかる。


「せいっ」


 さっきはただ出すだけだった足を今度は後ろからはらうと、カイは尻もちをつく。

 まさか前世で護身用に習っていた柔道を8歳児に使うことになるとは思わなかった。

 大人気ないという言葉がルナの脳裏にちらつくが、自分も一応8歳だからセーフだと自分に言い聞かせる。


「……は?」

「わかった? 私の方が強いわ」


 突然尻もちをつき、何が起こったのか解らずに呆けているカイにルナは話しかけた。周りでハラハラしながら事の成り行きを見守っていたリリィ達もぽかんとしている。

 完封したのだ、実力差は嫌でもわかるだろうし、これでもうカイは自分に余り関わってこないだろう。


「う、うるせー! いつかぜったいおまえに勝つ! 勝って子分にしてやるからな!」

「……ええー……」


 しかしそんなルナの期待とは裏腹に、カイはルナへの謎の執着を強くしただけのようだ。どうしてこうなった。

 その後、騒ぎを聞きつけたカリーナが遊戯室に表れ、ルナはカイ共々こっぴどく怒られた。


 それからというもの、孤児院のガキ大将的存在だったカイを倒したルナは孤児達から一定の尊敬を集めつつ、一週間に一度はカイに勝負を挑まれるようになったのだった。

 それをよほどのことがない限り律儀に相手をしてコテンパンにしつつ、カイには気取られないように稽古のようなことまでしていたルナも随分と面倒見がいいお人よしであった。

 別に逃げたと思われるのが厭だったり挑発についムキになって勝負していた訳ではない。





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