44. ジェフィードとの対話 2
ルナは先程までのジェフィードとの会話から、自分が言うべき内容と順番を頭の中で整理する。
これからはジェフィードの心証をどれだけよくできるかの勝負である。今の段階でルナはジェフィードにとっては背負わなくてもいい重荷でしかない上に、かつて敵対し、お互いの身内を殺しあった過去もある。
ジェフィードからの心証は、言葉ではどういっていても決して良いとは言えない。
「私にできるのは、『暁の槍』の詳細な情報の提供、屋敷の防諜体制の強化とそれによる自警団の人手不足の緩和、といったところでしょうか」
「ふむ、情報提供に関してはありがたいが、しばらくは裏付けをとる作業に追われそうだな。それで、防諜体制の強化とはなんだ?」
ある程度予想していたのだろう、ジェフィードは澱みなくルナに質問する。
「いま、自警団は『暁の槍』を襲撃した4年前の水準まで戻りきっていませんよね?」
「襲撃と言わないで欲しいんだが……」
「あ、申し訳ありません。こちらからすれば襲撃そのものでしたので、つい」
「...まあいい。そうだな、自警団の人手不足は私にとって頭の痛い問題だ」
失言だったかな、と内心ひやひやするルナだったが、それがどうしたんだ、とジェフィードは気にしたふうでもなくルナに先をうながす。
「なかなか人が集まらない要因は、伯爵家になり注目されはじめたことで自警団に潜入しようとする間諜が増えたことや、4年前の負傷者の状態が悪すぎることで入団に気遅れする人が増えたことの、主に二つですね」
「よく調べているな……」
ルナの言葉を言外にみとめたジェフィードの返事に、ルナは「これでも諜報・暗殺のプロですから」と肩をすくめる。
ルナは戦闘方面に特化しているように思われがちだが、実は『暁の槍』での任務は人を殺す暗殺よりも、むしろその隠密性を生かした諜報のほうが多かった。 幹部だったルナが直接手を下さないといけないような案件が少なかった、という理由もあるが。
「ちなみに情報源は屋敷のメイドたちや警備の自警団のみなさんです。さすが当主様がじかに選んでいるだけあって外部への口はかたいですが、程度のかるい機密が内輪の世間話として話されていました。特にこの屋敷内だと、身内しかいないという安心感からか雑談程度ならば多少口が軽くなるようです」
「……やはり、屋敷の防諜は不十分だったか」
「ええ、これがぎりぎりなのは見ればわかりますが、足りていません。今のところ重大な機密漏洩の気配はありませんが、たとえ本当に重要な書類は別の場所に隠してあっても、屋敷に忍びこまれて会話を聞かれることも問題がありそうです。そこで提案なのですが」
「なんだ?」
「私から諜報の方面に秀でた人材を数名、紹介できます。当然『暁の槍』との関係はありませんが、自警団に採用するかどうかは当主様が判断なされるとよろしいかと」
ルナの提案にジェフィードは怪訝そうな表情をルナにむける。
「暁の槍とつながっていない人材だと? 嘘はついていないようだが、どこから集めてきた?」
「この屋敷に侵入をしたフリーの情報屋をはじめとする諜報員のみなさんの中で、そこの金庫の二重扉にきづいた人たちの一部です。野放しにするとちょっとマズいのでつかまえておきました」
「かなり優秀、ということか。……だが、どうして捕える必要があった? もうわかっているようだが、この屋敷は囮だ。二重扉の中もふくめて、対外秘ではあってもたいした情報はないはずだが」
ジェフィードはそういうが、おおざっぱとはいえ『暁の槍』の施設内部の情報は、幹部の数が合わないことに気づくこともできる。答えを知っているルナだからこその過剰な心配といえばそれまでだが、実際に気づく一歩手前まできていた者もいた。
「ここにある情報とほかのいくつかの情報を掛けあわせると、『暁の槍』の幹部の数があわないことに気づく人が出てくる可能性がありましたので、私の存在が露見するのを防ぐための措置です。……ところで当主様」
「なんだ?」
「私が嘘をついているかどうかが判るのですか?」
ジェフィードが先ほどからルナが嘘をついていないと断定していることに違和感を持ってそう聞いたルナに、ジェフィードはさも当たり前のようにうなずく。
「当然だろう? 君より何年長く生きていると思っているんだ」
「……15年くらいですかね?」
「いや私はそんなに若くは……ああ、そういえば君は転生者だったか。まあそれだけ生きていればいろいろな経験もするさ」
ごく平然といってのけたジェフィードに、ルナはメアリはやっぱりジェフィードの血をひいているのだと確信した。
たしかに経験の差というのも大きいだろうが、うまれつきの資質が無ければただの年の功ではルナの表情を読むなどできない。どうやらメアリの無自覚にハイスペックなところも父親ゆずりだったらしい。
うわー、と若干引いたルナにジェフィードは一つ咳払いをして話を元に戻す。
「ともかく、君は防諜に関して我々の助けになれる、ということか」
「ええ。すくなくとも、屋敷の警備に割く人員は大幅に減らせるはずです」
「わかった、検討してみよう。……それだけか?」
ジェフィードが、試すような目でルナを見る。 ルナはその目を正面から見据え、はっきりとうなずいた。信用されているだけのルナが提案できるのはルナの手持ちではここまでだ。
「はい、今のところ私から提案できるものはこれで全部です」
「……よろしい、合格だ。では私から君にメアリを通さず一つだけ命令できるようにさせてもらう。それでいいか?」
「かまいません」
ルナはジェフィードの答えに。彼がルナの意志を正しく汲みとってくれたことを確信しながらうなずいた。
「ふむ、ではまた後日にメアリと二人でここに呼ぶことにしよう。……ところで、その首のそれはどうした?」
ジェフィードは先ほどから気になっていたことをルナにたずねた。ジェフィードの視線の先にあったのは、ルナの首にまかれている小さなガラス細工のついたチョーカーだった。
今までは暗殺者としての習性ゆえか、光り物を身につけることはなかったルナの首元に、緻密な蓮のガラス細工がきらりと瞬いていた。
不思議そうにルナの首元を見やるジェフィードに、ルナは微笑をうかべた。
「誇ってもいいと思いますよ。あなたの娘は《黒猫》に首輪を着けたんですから。……まあ、無自覚でしょうけど」
「やはりメアリか……」
「メアリ以外の理由で私がこんな隠行に邪魔なものを着けるわけありませんよ」
それは、先日の東の市で交易品区画にあった露店の店主から、肉屋の店員のおねえさんとうまくいったということで、かつての約束通りに貰ったものだ。
メアリの救出後、メアリの提案で少し東の市を散策していたところで遭遇した二人は、しばらく見なかったメアリが豪華な服を、ルナがメイド服を着ていたことに驚いてはいたが、メアリの身分を気にするふうでもなく、嬉しそうに二人の結婚が決まったことをルナ達に告げたのであった。
「メアリが選んでくれたんです」と嬉しそうにいう素のルナを、ジェフィードはただ「そうか」とだけ言って微笑ましそうな目で見ていた。