42. 再び、東の市にて 4
明けましておめでとうございます。
「それで、ルナの今の『主』は私ってことでいいんだよね?」
メアリの確認に、ルナは後ろめたそうにしながらも、しっかりとうなずいた。
「いつから私はルナの主になっていたの?」
「先日の《伝書鳩》のイレイズが襲撃してきた日です。……正直、お嬢様をまきこむつもりはなかったのですが、あの場で当主様を守るためには【影遁】が必要でした」
「意外と最近なんだね」
メアリはもっと昔からだと考えていたため、自分が主となったのがつい先日のことだったことに拍子抜けする。 しかし、ルナはもともとメアリを主にするつもりはなかったのだ。だが、先日の襲撃でそうもいかなくなった。
「私の主となることでお嬢様をこちらの世界にまきこんでしまうかもしれませんでしたので。 当主様がたに頼まれていた学院でのお嬢様のつゆ払いも、最悪でも体術だけでなんとかできるでしょうし、わざわざ『力』を使う必要もないだろうと判断していました」
「まあ、そうなんだろうけど……」
「そもそも、原則『主』は一度定めると自分かその主のどちらかが死なない限り一生変えることができません。なので、一時の感情だけで決めていいものではありませんでした」
「……え? 一生? でも、『暁の槍』の総帥は生きてるんだよね?」
メアリを誘拐した《天蜘蛛》から代償としてルナが引き出した情報では、『暁の槍』総帥は生きていることになっていたはずだ。 首をかしげるメアリに、ルナも同じように首をかしげてみせる。
「そうなんですよね。スーリヤ家自警団が襲撃してくる直前に、とつぜん力が使えなくなったので、てっきり総帥も死んだものだと思っていたのですが」
《天蜘蛛》が総帥の生存という情報のカードを切ったおかげで、聞こうと思っていた今の『暁の槍』の行動方針などを聞けなかった、とルナは残念そうにいった。
あれ以上の情報を聞き出そうとしていれば、なにかしらの対価をこちらも要求されていただろう。
「……ということはもしかして、摘発作戦のとき、ルナ達十二……人の幹部は万全の状態じゃなかったっていうこと?」
摘発作戦で自警団にでた被害を思いだし、頬をひきつらせるメアリ。そんなメアリに、十二将といいかけたことには目をつむってルナは至極あっさりと首肯した。
「そうでなければ、あのメンバーが多対一の戦闘に長けていた自警団はともかく、騎士団ごときに討ち取られるわけがありません。個々の力が強いだけでは何人集まろうとも幹部、とりわけ戦闘に特化していた『壱』の幹部に勝てるわけないですから」
「う、うわあ……」
自警団に5年近く経った今でも消えないきずを残した相手が万全の状態ではなかったと聞いて、メアリは『暁の槍』の底知れない実力を垣間見てみぶるいする。
「まあ、あの常識の埒外にいる総帥がどうやって主ではなくなったのか、なんて考えてもどうせわかりませんし、いま悩んでも仕方ありませんよ」
「ずいぶんとあっさり割り切ったわね……」
「あの人《総帥》はお嬢様とはまたちがったベクトルで予測不能な人でしたから。そうでも考えないとあれの部下なんてやってられません」
「ちょっとルナ、『暁の槍』の総帥と私を同列にしないでほしいんだけど」
不服そうにルナを見るメアリだが、いつものようにルナはその視線を受け流す。
「お嬢様も私の主ではないですか。変わりはありませんよ」
「そうなんだけどさ……ふふっ」
「どうなさいました?」
ルナに言いまかされて不満そうな表情から一転して、突然顔をほころばせたメアリをルナは不思議そうに見つめる。
「いや、なんかさ、やっぱりこういうの、いいなーって思って」
「…………」
「転生とか『暁の槍』でのこととか、ルナはいろんな経験をしてて、話を聞いてルナがなんだか私とは別の世界にいるみたいな気がしてた」
「まあ文字どおり別の世界から来てますから」
「むう、ルナは真面目に聞いてよ……それでもルナにはこうして、いままでみたいに私のそばにいて欲しい、かな」
「……お嬢様」
ルナはまぶしいものを見るようにして、恥ずかしそうにはにかむメアリを見た。メアリのこの無垢で底抜けの笑顔こそがルナにとっての癒しであり、いつの間にか心の支えになっていた。
ルナはかつて東の市で遊んでいた頃からこの笑顔に惹かれ、ジェフィードの誘いにのってメアリに仕えることを決めたのだ。
「私は人殺しです。しかし、これまで私自身がやったこと、積みあげてきた技術を否定して恥じるつもりも、罪を償うつもりもありません」
「言い切ったわね」
ルナの宣言を聞いたメアリはルナらしい、と苦笑する。
「それでも、お嬢様が私にそばにいてほしいと望んでくださるのでしたら、私は喜んでこの命をお嬢様に捧げます」
「うっ、ちょっと重いよルナ……」
メアリの目をまっすぐに見て放たれたルナの言葉にわずかに戸惑ったような声をあげるメアリ。
年齢が二桁になったばかりのメアリには少しはやかっただろうかと思いつつ、しかしルナはメアリの目を反らさない。 身勝手かもしれないが、メアリならば大丈夫だと、ルナの決心を理解し、受けとめてくれるという確信が不思議とルナにはあった。
「たとえ私がスーリヤ家を放逐されようとも、私はお嬢様のそばにいましょう」
「……うん、わかった。私だって貴族だもの、ルナ一人分の人生くらい背負ってあげるわ」
そう言ってメアリは、ルナと一緒にいられることへの喜びと、貴族としての覚悟を決めた自信ありげな笑顔をうかべた。
「……ありがとうございます」
「でも、主になったからといって、私たちが友達なのは変わらないからね?」
「それは……もちろんです。私もお嬢様を、いやメアリを支えるからね」
支えられっぱなしだとメイドとしても失格だからね、と一瞬だけ素の口調に戻って言ったルナに、メアリは目をまるくしたが、すぐに「うん!」ととびきりの笑顔でうなずいた。
今回のメアリとのお話はこれで最後になります。次はジェフさんとの対話です。
はやくほのぼの日常に戻したいけどこれやっとかないとすすめない…
本年もどうぞよろしくお願いいたします。