40. 再び、東の市にて 2
「その後ーー死んだその後というのもおかしな話ではありますがーー私はこのルナに転生、というより毒殺された『ルナ』の体が今の『私』の意識をもって目覚めました」
「……毒殺?」
ルナの口から出た穏やかではない単語にメアリは思わず聞き返す。
「『ルナ』を産んだ母親もその夫も、黒髪ではなかったんです。外との接触があまりない村では、血が濃くなることを恐れて不貞はいとわれますから」
村に黒髪の男性がいなければ、珍しい黒髪を持つルナは不義の子であろうと外の血として重宝されたのだろうが、残念ながらルナと同じような黒髪を持つ男が1人だけ村にいたために、結果として彼は村を追われ、母親は陰質ないじめを受けることになった。
「だからって、自分のこどもを毒殺なんて……」
「これでも3年はよくもったほうだと思いますよ。今でこそこの黒髪は前世の影響だと推測できますが、『私』が目覚める前はただの不義の子の証ですし」
身に覚えのない、あるいはあったのかも知れないが、村の女社会からの村八分とでも言うべき状態を苦にして、ルナの母親はルナが成長して確とした自我を持つ前に毒を飲ませたのだった。 その行為が月海という人格を呼び覚ましたのは皮肉としか言いようがないが。
閉鎖的な村の中で疎外された状態では、どのみちまともな暮らしはできなかっただろう、と淡々と言うルナは、ルナの生みの親の行為については納得しているようだった。
親が子を殺すという話にショックを受けていた様子のメアリはそんなルナの様子を見て、自分が口を出す問題ではないと口を噤んだ。
「……それで、どうなったの?」
「毒に侵された状態から回復したあと、私は奴隷商に売りとばされました」
ルナの母親も、流石にもう一度娘に毒を飲ませることはできなかったようで、二度目はちょうど村に来ていた奴隷商にルナを売るという方法に出た。
そして、奴隷となったルナを買い取ったのが『暁の槍』だった。
一度殺された経験があったために殺気に敏感で、かつ魔力の属性が闇であったルナは、『暁の槍』内で諜報・暗殺を担当する部署である『参』に入れられた。
「ひととおりの訓練を受けたあと、私は同じ転生者だった『暁の槍』の総帥に目をつけられて幹部候補になり、『暁』に入って1年後には《黒猫》の名前をもらって幹部になっていました」
「ちょっ、ちょっと待って。『暁の槍』のトップは転生者だったの?!」
メアリの耳はルナの話にさらりと出てきた聞き捨てならない単語をしっかりと拾った。思わずルナの言葉を遮って聞き返したメアリに、ルナはなにごともないように頷いて肯定した。
「そのようですね。私も、まさか転生して早々に同郷の転生者と会えるとは思いませんでしたが」
『暁の槍』の正式な構成員になるために受けることになった手術の場で、いかにも悪役といった雰囲気を出しながら「これより人間改造手術を始める」と宣言した『暁の槍』の総帥に、思わず右手を上げて「イーッ!」と返してしまったルナは、同じ日本からの転生者だった彼にあっさりと目をつけられたのであった。
ルナはその時の軽卒な言動をいまだに後悔していた。
「その返事は手術後にするべきだったのに、なんで改造前に言ってしまったのでしょうか……」
どう考えても幼児にさせるものではない過酷な訓練を終えた精神的な疲れがルナをよほどおかしなテンションにしていたのか、ルナは誰にも通じない冗談のつもりでその返事をしたのであった。
「えっ……と、よくわからないけど、すごくどうでもよさそうな気がするから話を続けるね」
「重要ですよ!」
むっとするルナをメアリは軽くいなす。
「はいはいそうね……ところで、『暁』の総帥が転生者だっていうのはどこまで知られているの?」
「幹部は全員知っていますが、外部となると本邦初公開ではないでしょうか」
「お父様が聞いたら頭をかかえそうな話ね……」
現在、元幹部のルナがいろいろとぶっちゃけているため、これまでほとんど知られていなかった『暁の槍』の詳細な情報のオンパレードになっている。
確かに、かつて『暁の槍』の情報収集に骨をおったジェフィードが聞けば、あまりの呆気なさに頭を抱えそうな状況ではあった。
その後は幹部候補として要人の暗殺や、どこそこの屋敷に忍び込むといった諜報活動を続け、転生者ということで『肆』にアイディアを提供したりしているうちに『参』の幹部に欠員が出たことで、ルナは《黒猫》の名前をもらって幹部となった。
「幹部になる際、これは幹部全員に言えることなのですが、私は『枷』をつけられました」
「『枷』……もしかしてそれ、『主』っていうのと関係ある?」
ルナの言葉に、ふと思い当たるものがあったメアリはルナにたずねてみる。そんなメアリの質問に、ルナはわずかに目を見開いて「勘がいいですね」と苦笑した。
「幹部になる者は、全員体内に追加で特殊な魔法陣を埋め込むんです。効果は、詳細はお話しできませんが、要するに『強大な力を得る代わりに、誰か一人に定めた『主』の為にしかその力をつかえない』というものでした」
幹部全員がもつその術式の効果は『条件付きでの体内に保有する魔力の最大量の拡張』という、人の魔力量は幼児期に魔力の器が完成して以降は増えることはない、という既存の概念をくつがえすものだった。 しかし、そんな術式がノーリスクで使えるわけはなく、身体の容量の限界を超えてい拡張された魔力は、使えば使うほどに身体を傷つけていく。
魔力の保有量の拡張の条件である『ただ一人の主のためにしか拡張されたぶんの魔力は使えない』とは、力を得るための代償であることはもちろん、強大な力を得た幹部達が暴走したり、際限無く力をふるって自滅するのを防ぐための措置であった。
外科的な手術が発達していないこの世界において、死亡率が9割を超える危険な術式ではあったが、戦闘に耐えうるだけの魔力を持たない大多数の魔術師の魔力を拡張し、貴重な『戦力としての魔術師』を量産しうる可能性を持っている。
転生者二人分の技術とそれなりの経験のある『暁の槍』ですらその致死率である。下手に素人が再現しようと試みれば、血の雨が降ることは簡単に予想できた。
ルナはモルモットになるつもりはなかったし、すでにルナの『主』となったメアリがまきこまれる可能性も考え、この術式については黙することを選択した。
「そんな術式ですが、本来選ぶ『主』というのは自分で決めていいはずだったのですが、幹部の中で私だけ、強制的に総帥を主だと認めさせられていました」
「どうして?」
「さあ……? 転生者ということで、なにがなんでも手元に置いておきたかったのかも知れませんね。ほかの幹部のみなは強制されることはなかったようですし」
「ってことは、ルナ以外の幹部は絶対に総帥が主っていうわけじゃない?」
ルナの言葉にメアリは意外そうな顔をするが、ルナは首を横にふった。
「いえ、全員が自発的に総帥を主だと認めていましたよ。私もそうするつもりではあったのですが」
「逃げようとか思わなかったの!?」
ルナの思いもよらない発言にメアリは目をまるくする。そんなメアリに、ルナは自嘲するような笑みを浮かべた。