39. 再び、東の市にて 1
「なんだか懐かしいわね」
「そうですね」
メアリが「話を聞かせて欲しい」とルナを引っ張って向かったのは、屋敷ではなく市場の開かれている東の広場だった。《天蜘蛛》ら『暁の槍』の残党は、東の広場で市場が開催される今日、早朝の広場に向かう馬車の行列に紛れて移動していたのだ。
自警団の目をかいくぐるには十二分な偽装ではあったが、『暁の槍』の隠れ家を知るルナが逃走経路を絞り込み、その付近を走る「荷台の見えない明らかにただものじゃない御者の引く馬車」ということであっさりと特定されている。
二人はかつてそうしていたように、並んで広場の中央付近の椅子に座り、クレープを食べていた。一年前と違うのは、二人の服装が令嬢とメイドのそれだというところだろうか。
クレープ屋台のおばちゃんをはじめとして、約一年ぶりに会った顔馴染みにはほぼ例外なく目を丸くされた。
「さて、ルナのお話を聞かせてもらうわね。よく考えたら私、ルナのことほとんど知らなかったみたいだから」
「わかりました。……では、お嬢様は何から知りたいですか?」
「そうね……じゃあまず、お父様の話だと《黒猫》があらわれたのは少なくとも6年以上前だったらしいけど、ルナは本当にあの《黒猫》なの?」
ジェフィードにレクタン湖からの帰りの馬車で《黒猫》についてある程度話を聞いていたらしいメアリが、ルナを見て当然抱くだろう疑問をルナにぶつける。 今年で11歳になるメアリより少し背が高く、二人で並ぶと仲のいい友達、といった雰囲気のルナは、どう見てもその道で名の知れた暗殺者には見えない。
ルナの強さを疑うわけじゃないのだけど、というメアリの言葉にルナはしっかりとうなずいた。
「はい、襲名というわけでもなく私が正真正銘、元『暁の槍』幹部の《黒猫》です。年齢はお嬢様の一つ上の12歳で間違いありませんよ」
「……えっと、じゃあルナが『暁の槍』に入ったのはルナが6歳のときってこと?」
「それについては、当主様の情報が不正確ですね。正確には、私が暁に入ったのは9年前、私が3歳のころです。《黒猫》になったのはその1年後ですから、4歳の時でしたか」
ジェフィードの情報が不正確だとは言ったものの、本来表舞台に出ることなく、犯人の特定が難しい暗殺者、それもフリーではなく一つの組織に所属しているだけの存在を『個』として把握していたという時点で、『暁の槍』という化け物揃いの組織をまがいなりにも壊滅に追いこんだ自警団と、彼らを指揮したジェフィードの優秀さがうかがえる。
ルナが実は魔力が異常に多く、寿命が長いという可能性を考えていたメアリだったが、ルナの答えでその可能性は消えた。 そもそも、メアリは知らなかったが、魔力量が寿命に影響する際はこの世界での成人するまで、つまりは15歳程度までは成長に影響することはない。
9年という年月はメアリにとって人生の大半、それこそ記憶にないほどの大昔である。同年代のはずのルナの口からそんな数字がさらりと出たことで、メアリの信じられないという視線に気付いたルナは、言いにくそうに口を開いた。
メアリにはいつか打ち明けようと思っていたが、いざ話すとなるとメアリの反応が気になってなかなか言いだせなかったことだ。
「……私は、他の世界で17年生きた転生者なんです。なので3歳とは言っても、お嬢様が想像なさっているよりも精神年齢はずっと高かったのです」
「転生者!? ……でも、確かにそれならいろいろと納得がいくわね」
「……えっと、それだけですか?」
予想していたよりもはるかに淡白なメアリの反応に、ルナは肩すかしをくらったような顔で思わず聞きかえす。
「ん? なにが?」
「転生者なんですよ? 中身が歳をとった別人だったなんて、不気味に思ったりはしないのですか?」
事実、この世界で転生者は10年に1度といったレベルの珍しい存在ではあるが、存在自体は一般にも周知されており、ルナの言ったような理由で親にすてられるなどして、共同体から疎外されるケースも少なくないらしい。
しかし、メアリは心底不思議そうな顔で「そんなことないよ」と言った。
「私はむしろルナが大人びてる理由とかがわかって納得したぐらいなんだけど……。私にとってのルナはいっつも冷静で頼りになるルナだから、中身がずっと年上でも、もっと頼りになるってだけじゃない、気にしないわよ」
「……お嬢様」
ルナはメアリがまったく嘘を言っていないことがわかって言葉に詰まる。 最悪の場合はメアリに疎まれるところまで覚悟していたが、杞憂に終わってほっとする。
「それにしても転生者って珍しいわよね。アーク世界? それともガイア世界?」
「ガイア世界です。ストーカーに刺されたと思ったら、気がつくとこの世界でルナとなっていました」
メアリの言うアーク世界は物理法則を無視して魔術が発達し、魔力を税として納める制度が存在する完全に魔力でなりたっている世界で、ガイア世界は地球世界の名称である。現在この世界では、アークとガイアの二つの世界からの転生者が確認されている。
ルナが転生者だと判っても、いつもと変わらずに未知のものへの好奇心に目を輝かせてルナに質問を始めたメアリに、ルナは嬉しく思いながら答えを返す。
王子様キャラで通っていた高校3年の夏休み、ルナの前世――月海は、幼馴染だった少女と街に遊びに出たときに刺殺された。月海を男だと勘違いした幼馴染のストーカーに。
あれはひどい経験でした、とルナは遠い目をする。
「一応、当時は護身術も習ってはいたのですが、犯人の言葉にとっさに動けませんでした」
「なんて言われたの?」
「『俺の女を寝取ったのはお前かぁ!』、と」
「…………」
理解できない、というより頭が理解を拒む言葉に月海が呆気にとられている一瞬の隙に、ストーカーに接近され、ナイフで刺し殺されたのだった。
その頃は背が高く、また顔の彫りがほかの女子に比べて深かったこともあり、バレンタインではチョコをあげるより貰う側だった月海だが、流石にそのせいで自分が死ぬことになるとは予想だにしていなかった。
言うことは言ったという態度のルナと、そんなルナに掛ける言葉を探そうと変な汗を流しているメアリの間に何とも言えない沈黙が落ちた。 日も昇り、だいぶ活気づいてきた東の市の喧騒がやけにうるさく聞こえてくる。
「い、生きていればそんなこともあるよ、うん」
「死んでいるのですが」
「あ、あはは。そ、それでルナはどうなったの?」
やや強引に話をすすめようとするメアリにつっこんでもどうしようもない。ルナは軽く肩をすくめるに留めて話を続けた。
いつも2000~3000文字程度で投稿しているのですが、今回のお話はちょっと長くなるかもです。3.4話くらい?




