4. 紹介
「はいみんな、注目ー!」
ルナがカリーナと共に孤児院の遊戯室だという大きめの部屋に入ると、カリーナが孤児たちに向かって声をかけた。
ルナの黒髪はこの世界ではいないわけではないものの珍しい。孤児たちはルナが入室した時点で既にルナに注目していたため、余り声を掛ける意味はなかったが。
「誰だよそいつ、新しい仲間か?」
その場にいた孤児たちの中でも、リーダーらしいくすんだ赤毛の男の子がぶっきらぼうにカリーナを見て質問する。年齢はルナと同じくらいだろうか、8歳程度に見える。
言葉こそ素っ気ないが、その目は明らかにルナをちらちらと見ている事から察するに、やはり黒髪黒目という珍しいルナの容姿が気になっているようだ。
正にガキ大将、といった感じの少年だが、まとめ役というと15歳くらいのお兄さんを想像していたせいで、自分と同年代の子がまとめ役をしている光景に少し拍子抜けしてしまう。
不思議に思っていると、年長者は商店や工房で働くなどして、今の時間は孤児院から出ているのだとカリーナが耳打ちしてくれた。どうやら年少組のリーダー的存在だったらしい。
「そうよ、この子はこれからここで暮らすことになったルナちゃん。はいルナちゃん、挨拶して」
「ルナです。……何を言えばいいんでしょうかね、こういう時」
自己紹介なんてもう十年以上やってない。そもそも孤児院なんて入った経験があるわけがないし、この状況で何て言ったらいいのか想像もつかない。
困って傍らに立つカリーナを見上げるも、この位置からだとカリーナの顔が乳に隠れて見えなかった。
「いや、こっちを見られても困るんだけど……。じゃ、じゃあみんな、何かルナちゃんに質問はある?」
見えてねえよ、見えてんのは胸だ胸。とルナは微妙に負けた気分になりながら内心で突っ込みつつ、とりあえずカリーナの助け舟で質問を考え始めた孤児たちの質問に答えることにした。
「その髪と目、珍しいな、……き、綺麗だと思うがどこから来たんだ? 東の大陸とかか?」
一番手は、意外にもというか矢張りというか、例の赤毛の男子だった。真っ先に髪のことを聞いてくる辺り、相当気になっていたのだろう。
まあ特に隠すことでもないので正直に答えることにする。一応カリーナから見ても不自然ではない程度の子供のフリをしておく。
「残念ながら王国内だよ。両親ともに黒髪じゃなかったせいでお母さんの浮気が疑われてね。そのせいで売られて色々あってここまで来たの」
「そ、そうか、大変だったんだな」
「別に不幸自慢したいわけじゃないから普通に聞き流してもらっていいわよ。こんな話、どこにでも転がっているでしょ?」
「そ、そうか」
赤毛の少年は微妙そうな顔をしてだまってしまった。
「ね、ねえ、好きなものとかある?」
暫く孤児達の質問に答えていると、萌黄色の髪をした小さな女の子がおっかなびっくり声をかけてきた。4歳ぐらいだろうか、先ほどから素っ気無く質問に答えるルナの様子に怯んでいるようだ。
(怖がらせちゃったかな? そんなつもりはなかったんだけど……)
「んーっと、読書と……お料理とか、かな」
怯えられるのも不本意なので、努めてにこやかに当たり触りのない返事をすると、彼女は不思議そうに首をかしげた。
「? ……ドクショ、って何?」
「ん? ああ、本を読むことよ。ほら、そこに本棚があるでしょ?」
「おねえちゃん、本を読めるの!?」
どうやら読み書きの習慣がない彼女達には、ルナが本を読めることが衝撃的だったらしい。
実際、この世界の識字率はこの国は高いほうではあるがまだやはり全体的に低く、商人や貴族、聖職者を除くと、一部の人間にしか読むことはともかく文字を書くことはできない。ましてや孤児ともなると、文字を読むことすらできないのも珍しくはないようだ。
周りの孤児達も、皆が多かれ少なかれ驚いた目でこちらを見てくる。
遊戯室内には本棚もあるようだし、もしかしたら仲良くなるきっかけになるかもしれない。
「うん、読めるよ。もしよかったら、読み聞かせしてあげようか?」
そう誘ってみると、女の子はぱあっと笑い、嬉しそうに「お願い!」と答えた。
「ねえねえ、わたしも読み聞かせしてもらっていい?」
「いいわよ」
見ると、周りの数人の孤児達も期待に目をかがやかせている。それ以外の大半の子供たち、主に男子はやはり外で遊びたい年頃なのか「本なんか読んで何になるんだ?」といった顔をしていたのだが。
(これは成功かな? なんだかこの萌黄色の子にやたらと懐かれた気もするけどまあいいか)
「わたしはリリィっていうの。ねえお姉ちゃん、ルナお姉ちゃんって呼んでもいい?」
「もちろんいいよ。仲良くしてね」
かわいい妹ゲット! とは流石に口にだせない。一応そこは自重する。
「うん! ルナお姉ちゃんもよろしく!」
どうしようこの子、可愛すぎる。
早速自重でずに抱き着きそうになる欲求をルナは頑張っておさえこむ。ここで突然抱き付きでもしたらいくら何でも引かれてしまいそうだ。
「ええと、早速仲良くなれたようでよかったわ。それじゃあ、私は晩ご飯の準備をしないといけないから、みんなで遊んでてね」
子供達の会話に入れずにルナの隣でやり取りを傍観していたカリーナが安心したように息を吐いてそう言った。
「「「はーい!」」」
「カイくんにルナちゃん、しばらくみんなと遊んでて」
「わかりました」
カリーナは子供たちの返事に満足そうにうなずくと、赤毛の男の子とルナにそう告げて遊戯室から出ていった。
カリーナの姿が廊下の角を曲がって見えなくなると、例の赤毛の少年が近づいてきて声をかけてきた。
「おいお前、俺の子分にしてやる」
「………は?」