閑話 聖なる夜に 前編
それは、黒髪の少女がとある貴族の令嬢に仕えることになる、少し前の話。
「はー、今年もこの季節かー」
冬のある日、孤児院に寄付された古着を着た黒髪の少女――ルナは誰にともなく呟いた。ルナの視線の先には、広場の中央に設置された赤や白、金色等のいろとりどりの装飾がほどこされた深い緑色の針葉樹と、その木の周囲に集まっている、赤を基調にした服装のお祭り気分の一団の姿があった。 彼らはこれから王都内の子供がいる家庭をプレゼントをくばってまわるのだ。
聖クラウスの日。この世界には実在しない、貧しい子供達に施しを授けてまわったという聖人にちなんでの祝日である。ようするにクリスマスだ。
この日は王都全体がお祭りも同然で、三つの広場のすべてで市場が開かれているため、ほかの広場に行っているのかいつもより馴染みの店は少ないものの、臨時の屋台などがならびたち、むしろ活気は普段よりもあるくらいだった。
古今東西、どころか世界の壁を超えてまでこういうイベントのとらえ方は変わらないようで、広場のツリーの下には待ちあわせらしい男女の姿がちらほら見える。
「まあ恋人いない歴イコール年齢+17年の私には関係ないけどね……なんか言ってて悲しくなってきた」
転生者ならではの自虐ネタに一人ダメージを受けながら、ルナは買った食材をまとめて院に帰る支度をすませる。 ルナが住むカリーナの孤児院は決して裕福というわけではないが、この季節は多くの寄付をもらえるため、毎年ささやかなお楽しみ会をすることになっているのだ。
今日は本来なら東の市がたつ日ではないため、毎週いっしょに市場で遊んでいる金髪の友人は来ないだろうとルナはふんでいた。しかし、
「メアリ? どうしてここに? アランさんもこんにちは」
ルナはひとごみの中で誰かを探してきょろきょろしている当の金髪の友人――メアリの姿をめざとく見つける。
メアリのそばにはアランもいたが、探しているのは十中八九自分だろうと予想が付いたので、このまま帰るわけにもいかなくなったルナはメアリに声をかけた。
「やあルナちゃん、久しぶりだね」
「あ、やっぱりルナいたんだ。……あれ、もしかして、もう帰るところだった?」
「もう、質問しているのはこっちなんだけど。今日は市の日じゃないよ?」
「実はパーティーの帰りに西の市が立っているのを見て、もしかしたらこっちも立ってるんじゃないかと思って慌ててきたの。東の市が立ってるならルナもいるかもしれないし」
「パーティー?」
たしかによく見ると、メアリの普段市ではわざと少しくすませている美しい金髪は、家の使用人にでも磨かれたのか、いつもよりも格段に艶がある。貴族社会にも聖クラウスの日の習慣は浸透しているため、メアリが貴族の子供向けのパーティーに参加していたとしてもおかしくない。
「あ、い、いや。パーティーっていっても、親戚が集まった感じのちょっとしたやつで、そんなに大きいものじゃないよ」
「ふうん、そうなんだ」
しかし、思わずおうむ返しに聞いたルナの言葉を猜疑の声ととったのか、メアリは両手を前で降って慌てて弁明をはじめた。 そう必死に否定されると逆に怪しいのだが、メアリがそれに思い至る様子はない。
しかしルナとしても別にメアリの出自を追求したいわけではないし、むしろもうほぼ見当はついているので、ルナは知らないふりをすることにした。
「そ、そんなことよりさ、ルナはもう帰っちゃうの? 今日はお父さんも忙しいらしくて、帰りは遅いって言われたし、せっかくのお祭りだからルナと一緒にいられればいいなと思ったんだけど……」
「あー、ごめんメアリ。今日は院のほうでお楽しみ会をやるから……。お料理もしなきゃいけないし、今日は無理かな」
ルナがそういうと、メアリの背後で二人の会話を見守っていたアランが、安心したようにそっと息をはいたのが見えた。 やはりというか当然というか、父親の帰りが遅いからと言って令嬢を屋敷から長くだしておくのはマズいらしい。
「そう……今日はルナと一緒にいたかったんだけどな……」
「うーん、じゃあウチに遊びにくる? いつも買い出しのときは助かってるし、歓迎するよ」
「いいの!?」
「えっ、ルナちゃん?」
ルナはアランの心労も察してはいたが、メアリの満足とどちらが優先かと考えると即座に天秤は後者にかたむいた。 毎週のようにメアリに買い出しを手伝ってもらっていることに、恩返しをしたいというのもあった。
「いや俺たちは……「行く!」……わかったよ」
かくして、アランの抵抗むなしく、メアリの一声によって二人の孤児院訪問が決定した。
* * * * *
「おかえりルナちゃん……あら、うしろの子はおともだち?」
「カリーナさんただいまです。私の友達のメアリと、そのお兄さんのアランさんです」
「はじめまして。メアリです」
ルナに紹介されて、メアリはカリーナにぺこりと頭を下げた。アランは以前にもメアリが買いすぎた食料の荷物持ちとして、何度か孤児院に来たことがあったため「お久しぶりです」とカリーナに挨拶している。
「それでメアリ、この人はここの院長のカリーナさん。私の、お母さんみたいな人だよ」
「うふふ、ルナちゃんみたいな娘なら大歓迎だわ……カリーナよ。よろしくね」
カリーナはルナの紹介に若干照れつつ、メアリに頬に手を当てておっとりとあいさつをする。
「カリーナさん、今夜のお楽しみ会に、二人を呼んでもいいですか?」
「ええ、ルナちゃんがお友達を連れて来るなんてはじめてだもの。もちろん歓迎するわ」
「ありがとうございます! メアリ、こっちだよ」
カリーナの快諾にルナは顔を輝かせて礼を言い、メアリの手を引いて奥に歩いていった。そんな二人の後ろでは、アランとカリーナが顔を見合わせて苦笑していた。
「あ、ルナ姉だ! おかえり!」
遊戯室の入り口の前に立つと、絵本を眺めていたリリィがいち早くルナの姿に気づいて嬉しそうな声を上げ、ルナに文字を教えてもらって読めるようになったその絵本を脇に置いてルナに抱きついた。
「リリィ、ただいま」
「……ルナ姉、その人たちだれ?」
リリィはルナのとなりに立つメアリを見て首をかしげた。
「わたしはメアリっていうの。よろしくね、リリィちゃん」
「私の友達のメアリとそのお兄さんよ。仲良くしてあげてね」
「わかった! リリィだよ。よろしく!」
メアリがかんたんな自己紹介をすると、孤児たちの間にざわめきが広がった。
「メアリ?」
「メアリってあの?」
「きんぱつだ」
「ほんとだ」
「ほんものだ」
「「「……すげー!」」」
「えっ、えっ、何?! ルナ、これどうしたの!?」
突然自分に集まった孤児たちからの尊敬のまなざしに、メアリは困惑してルナに助けを求めた。ルナはそんなメアリの様子を見て肩をすくめ、苦笑しながら状況を説明する。
「メアリのおかげでご飯がちょっと豪華になったことはみんな知ってるからね。みんなメアリには感謝してるんだよ?」
メアリがルナの買い出しを手伝うようになってから、ルナが当番の日のおかずが一品増えたのだ。孤児院の中では、メアリはちょっとした有名人である。 ルナからメアリの話を聞かされていた食べ盛りの子供たちがそんな反応をしてしまうのも仕方のないことであった。
それからしばらくルナ達が遊戯室で遊んでいると、カリーナが少し困ったような顔をしてやってきてルナを呼び、申し訳なさそうな声音でルナに言った。
「ルナちゃん、実はさっき連絡があって、今日これからお客様がいらっしゃることになったの」
「お客様……ですか?」
「ええ、この院に援助してくださっている貴族様なのだけど、昔からよくしていただいているから、私がお迎えしないといけないの」
だから、とカリーナは困ったように続ける。
「今日のお楽しみ会の準備を手伝えそうになくて。 ルナちゃん、悪いけれど1人でお料理できる?」
「大丈夫ですよ。もうほとんど作ってありますし、いまから作りはじめたら間に合うと思います」
「そう、よろしくね、ルナちゃん」
「はい!」
カリーナが去ったあと、ルナはメアリたちのところに戻ってこれから準備を始めることになったと伝えた。
「じゃあわたしがルナ姉のおてつだいする!」
すると、リリィが勢いよく手を上げてそう言った。
「リリィはカリーナさんと一緒にお客さんにお茶を出してあげてくれる? 今日のお楽しみ会の主役はリリィ達だもの。準備を手伝わせるわけにはいかないわ」
「ええー」
「カリーナさんも一人で貴族様の相手をするのは大変よ? リリィにしかできないの。やってくれないかな?」
「……はーい」
ルナはリリィの頭をなでながらそれをたしなめると、リリィは渋々ながらもうなずいた。 リリィに手伝ってもらえるのは嬉しいが、せっかくのお楽しみ会だ。主役の子供たちに準備をさせるのは何かがちがう気がする。
それに、カリーナにも手伝いがいた方がいいのは事実だ。ルナに憧れて育ったからか、同い年の子供よりもしっかりものに成長したリリィならば、貴族の前でもそうそう粗相はしないだろう。
すると、その会話を見ていたメアリが小さく首をかしげた。
「でもルナ、一人だと大変じゃない?」
「……メアリ、あなたもお客さんなんだからね? 準備を手伝う必要はないんだよ?」
一年近く友人づきあいをしていれば、メアリの考えはだいたい察することができる。それに、基本的に好奇心のままに動くこの友人の行動は非常に読みやすい。 何も言う前からルナにくぎをさされたメアリは憮然として「なんでわかったの」とふくれてみせる。
「いやまあだってメアリ、思ってることがすぐに顔に出るもん。……でも正直、一人で全部やるのが大変なのは確かだし、メアリがそれでいいっていうなら手伝ってもらおうかな」
「えっ、いいの!? やったぁ!」
なんだかんだいいながらも最終的にはメアリに甘いルナの言葉に顔を輝かせたメアリは、満面の笑みを浮かべた。 リリィ達が主役ならばメアリ達はゲストなのだが、メアリがそれで満足するならいいかとルナは判断したのであった。
「……ちなみにメアリ、料理の経験は?」
「ないわ!」
「……だと思った」
* * * * *
しばらくののち、ルナの暮らす孤児院の厨房では、いつもとは違った面々が今夜のお楽しみ会に向けての準備をしていた。
「ルナちゃん、俺はなにをすればいい?」
「あ、アランさん。手伝わせてしまってすみません」
「気にしなくていいよ。こちらこそメアリが迷惑をかけるね」
そういいながら腕をまくって厨房に立つのは、力仕事と高いところにある物を取る担当としてメアリからひっぱってこられたアランだ。 まだ背の低いルナとメアリだけでは、普段はカリーナが幼い孤児たちが不用意にふれないよう管理している包丁などを取ることは難しいのだ。
「それで、なにを作るつもりなのかな?」
「今回はちょっと変わったコロッケを作ります。ここまできたらアランさんにも手伝ってもらいますからね」
「まかせてくれ」
「コロッケ!? いまからコロッケを作るの!?」
「そうだよ……ってメアリ! 包丁を両手で持っちゃだめ!」
おおお、と興奮気味な声を上げるメアリは両手でしっかりと包丁を握っていた。まだ始まって間もないというより始まってもないが、先行きが不安になるルナであった。
大変お待たせしました。クリスマス閑話です。
できれば今日中、遅くとも明日までには後編まであげる予定です。
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