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37. 天蜘蛛

 メアリがさらわれた翌日の早朝、その馬車は東の市場に向かう商人たちの馬車にまぎれて東へ向かっていた。幌のついた荷台の中身は、外から窺うことはできない。

 その幌に遮られた、何一つ物が置かれていないためか広く感じる荷台には、一人の美しい金の髪を持つ少女と透き通るような空色の髪の青年が座っていた。

 青年――《天蜘蛛(あまぐも)》はリラックスした体勢で幌によりかかり、睨めつける無言の少女の視線にも構わずに、あくまでも軽い調子で少女に話しかける。


「いやー、君がおとなしくしていてくれてこっちも助かってるよ。

 今までの子は泣きわめいてうるさかったからね。できるだけ無傷で連れて帰らないと怒られちゃうし、こっちとしては面倒だったんだ」

「……なんで、私が」


 少女――メアリが青年を睨みつけながら質問すると、《天蜘蛛》は破顔した。


「やっと返事をしてくれた! やっぱり人間関係の第一歩は会話のキャッチボールからだと思わない? ずっと無視されてたものだから寂しかったんだよ?」

「質問に答えてください」


 大仰な仕草でおどける眼前の青年にメアリが苛立ちながら言うと、青年はますます笑みを深める。


「うんうん、この状況でも冷静に情報収集しようとできるその度胸はいいね。大方、できるだけ無傷で、ってところで少しくらいなら気を損ねても大丈夫だとでも思ったんでしょ?」

「…っ!」

「まあいいさ、投げられた会話のボールは大人としてちゃんと投げ返してあげないとね」


 びくりと肩をふるわせたメアリの反応を明らかに楽しみながら青年は続ける。


「君が狙われた理由は二つ。復讐、というか意趣返しと、君自身の素質だよ」

「意趣返しと素質?」

「そそ、素質の方は単純に魔力量のこと。盗賊に堕ちていたとはいえ元鳩の一人が失敗するとは思わなかったけどねー。さすがはあの自警団、っていったところかな?」

「鳩…って、もしかして別荘でのあれも貴方たちが原因ってこと?」


 メアリはルナがイレイズを《伝書鳩》と呼んでいたことを思い出しながら尋ねる。


「そうそう♪なんか彼あの辺で盗賊なんてやってたから、僕たちがそそのかしたんだよね」

「……じゃあその意趣返し、っていうのは?」

「僕たちは『暁の槍』っていう組織の残りカスみたいな集団でね。君のお父さんから聞いてない? まあ組織を壊滅させられた恨み? みたいな感じで……ん? どしたの?」


 青年は話している途中で、どんどん顔色をなくしていったメアリを訝しげに覗き込む。


「そ…れは、いつぐらいから準備をしていたの?」

「当然! 僕たちが襲われた4年前のその日からに決まってるじゃない!」


 明るく言い切った青年のセリフにメアリは目の前が真っ暗になったように感じた。



 思い出すのは東の市でルナに出会ったとき、メアリは何故貴族だとルナにばれなかったのか。


 思い返すとメアリの当初の言動は、メアリに人間観察を教えたルナにとっては貴族だと全身でアピールしているようなものではなかったか。


 メアリは平民になじみかけていたクウィルを見ても貴族だと気付けた。ではメアリを見たルナはどうだったのだろうか?


(ルナは……最初から、わかってて私に近づいた…?)


 そんなわけない、と否定しきれない自分がいることにメアリはどうしようもなく腹が立つ。

 あの食堂で、最強だと疑わなかったアランとスコットの二人を圧倒した盗賊を一蹴した、自分の知らない、殺気を放つルナに確かに恐怖した。

 しかし、それでも、ルナのことは友達だと思っていたのだ。

 だからこそ、その決定的ともいえる質問をするには勇気が必要だった。





「じゃ、じゃあ、ルナもあなたたちの仲間…なの?」








「うん? ルナ? 誰それ?」




「…………えっ?」




 お互いぽかんとしたまま見つめあうこと数秒、メアリは我にかえって耳を疑う。

 かなりの覚悟を決めていただけに、拍子抜けした感じが凄まじい。


「え、っと、私の侍女なんだけど…」

「あー、あの黒髪の子? 仲間じゃないよ?」


 《天蜘蛛》の返事に安堵して脱力するメアリだが、そんなメアリを見る青年の笑顔が若干ひきつる。


「えっ、ちょっと待って、あの黒髪の侍女の名前がルナっていうの? うわ、嫌な予感がする」

「え?」

「こういう予感は当たるんだよなぁ。おーい、ちょっとコースを変えてよ」


 メアリが眉をひそめるが、《天蜘蛛》はそれを無視して御者台でゴーレム馬をあやつる部下に声を掛けた。

 しかし、荷台からは背中しか見えない御者はなんの反応も返さない。


「おい、どうし……」


 不審に思った《天蜘蛛》が身を起そうとしたとき、ひときわ大きく馬車が揺れる。

 と、御者台にいた部下の男の体がぐらりと傾き、そのまま荷台に倒れこんだ。受け身すら取らずに落ちるようなその動作は、生きているもののそれではない。


「ひっ」

「…やっぱりか」


 倒れこんできた彼のこめかみには、墨色のナイフが突き立っていた。

 それを見たメアリは小さく悲鳴を上げ、《天蜘蛛》はげんなりとした声を上げてあわてて寄りかかっていた幌から距離を起き上がって距離をとる。


 次の瞬間、今の今まで《天蜘蛛》がいた場所に、幌を突き破って墨色の短刀が突き刺さった。








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