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32. 襲撃

 王都に帰る前日の夜、スーリヤ家の一行は食堂で使用人も含めて皆でディナーを食べていた。スーリヤ家は伯爵家ではあるが、あまり身分に拘らない気質なのだ。

 一同は、仕事モードで黙々と食べ物を口に運んでいるルナの隣にちゃっかり陣取ったメアリが、今回の休暇中に体験した出来事を興奮気味に語るのをほほえましそうに見ていた。


「それで、大きな氷の森みたいなものが現れたんです!」


 今の話題は『氷妖精の悪戯』についてのようだ。

 その場にいなかったジェフィードに聞かせるためのだろうが、自分もメアリと一緒に間近で見ていた上、滞在中すでに同じ話を五回以上も聞かされているルナは、メアリの話を右から左へ聞き流しつつ、マイペースに食事を続けていた。


「ねえルナ、聞いてる? 凄かったよね!」

「……聞いていますとも。凄かったですね」


 明らかに聞いていなかったルナの主従とは思えないなおざりな返答に、同じ食卓についていたスコットが耐えられなくなったのか噴き出した。


「もう、ルナ!」


 頬を膨らませて抗議するメアリも可愛い。そんなことを思いつつルナはしれっとした顔のまま食事を続けていた。

 そんな二人をジェフィード達保護者組は微笑ましそうに眺めている。


 食堂には、和やかな空気が流れていた。



「「「………!」」」


 護衛として食堂内にいたスコットとアラン、それにルナが同時に弾かれたように顔を上げ、スコットは壁に立てかけていた剣を手に取って柄に手をかけた。アランは既に臨戦態勢に入っている。

 ただならぬ様子にジェフィードがアランに尋ねる。


「どうした、何かあったのか」

「剣戟の音がしました。恐らく、外で自警団と何者かが交戦中かと思われます」


 アランの緊張をはらんだ事務的な答えに食堂内に緊張が走る。

 と、ゴンゴンゴン!と激しく扉を叩く音がしたかと思うと、返事を待たずに今回同行していた自警団の一人が室内に転がり込んできた。彼は、警戒態勢をとっているアラン達の様子を見て安心したように息を吐いた後、ジェフィードに促されて報告を始めた。


「ゴードン、報告しろ」

「げ、現在建物内に十人ほどの賊が侵入、我々自警団と戦闘中です。賊のうち一人がやたらと強く、既に重傷者が二名でています」

「なんだと……!」


 ルナは彼の報告に、密かに少なくない驚きを得ていた。アランやジェフィードも、重傷者という二人の名前を聞いて、彼らが自警団内でも実力者と呼ばれる者だったことに驚いている。客観的に見て、スーリヤ家の自警団は騎士団に準ずる実力を持っているのだ。

 下手をすれば騎士団の中堅どころとも伍するような彼らをこの短時間で戦闘不能に追い込むとは、相当鍛えた上級冒険者クラスか或いは………


「………ッッ!! 危ない!」


 ルナが周囲に悟られないようこっそりと思索を巡らせていると、突然アランが先ほどまで報告をしていたゴードンを蹴り飛ばした。

 直後、一瞬前まで彼がいた空間を、血に濡れた槍の赤い穂先が切り裂いた。


「おおォ、いい反応じゃねェか」


 そううそぶきながら室内に足を踏み入れたのは、血染めの赤い槍を担いだ茶髪の非常に……平凡な顔立ちをした20代前半程度の男だった。驚くほど特徴のない、街角ですれ違ったとしても直ぐに忘れるどころか、風景と同化して気付けないんじゃなかろうかとすら思わせるような凡庸な男だ。

 どこにでもいるような顔だからか、ルナは男の顔をどこかで見たことのある気がして首をかしげる。


「貴様っ!」


 アランが剣を抜いて男に切りかかるも、彼はその平凡な顔に猛烈に似合わない凶悪な笑みを浮かべてその刃を難なく槍の柄で受け止めた。スコットもアランと共にその後も2,3撃目を放つが、いずれもあっさりと受け止められる。


「でも弱えなァ!!」

「くそ! 旦那様達に手出しはさせん!」


 一旦侵入者の男から距離をとったスコットとアランは目配せし、挟み込むように男の両脇から攻め立てる。

 しかし、男が大きく振るった力任せの槍の一撃を受け止めきれずにアランが吹き飛び、スコットはアランが減速させた一撃を受け止めるので精一杯になる。

 男は槍を大きく頭上に振り上げ、スコットに振り下ろす。スコットはアランが吹き飛ばされた経験から受け止めてはいけないと判断し、後ろに飛ぶことでやっとのこと槍を躱して、槍を振り下ろした体勢で隙だらけな男の体に切り込んだ。


「そこだっ……!」


 男はスコットの技量に敗北するかに見えたが、男はそれを上回るだけの圧倒的な力と速度を持っていた。

 ニヤリとその平凡顔に本当に似合わない笑みを浮かべると、素早く後ろに引いてスコットのタイミングをずらしたかと思うと、再び突進してスコットのいる場所を薙いだ。

 速度と力任せの大雑把な攻撃は単純故に付け入る隙も多いが、信じられないことに、目の前の盗賊はスコットとアランの二人との圧倒的な経験・技量の差を埋めて有り余る身体的な力を持っていた。


 スコットは振るわれる穂先の速度に冷や汗をかきながらぎりぎりで避ける。スコットと同程度の実力を持つアランが吹き飛ばされたのを見た以上、受けるという選択肢はない。


「おらおらァ! 逃げてばっかじゃ何にもなんねェぞ!?」


 盗賊はがむしゃらに槍を振るうが、スコットは近づくことができない。チラリとアランを横目で見るが、まだ復帰には時間がかかりそうだ。

 目の前の化け物を止めるには囲むしかない、そう判断したスコットが盗賊から距離をとると、男も槍を振るうのをやめて身構えた。









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