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23. 計画的脱走

 ルナがメアリに仕えるようになってかれこれ半年が過ぎ、秋も半ばとなっていた。


 ある日、ルナがいつものように使用人棟の自室で日課の早朝の鍛錬をしていると、窓の外でちらりと動く影が目に入った。


「あれは……?」


 気になって窓の外を見ると、メアリが庭にある成人男性ほどの高さの石造りの塀を越えようと頑張っていた。

 服はいつ用意したのか町娘ver.に着替え、東の市時代にルナがさりげなくした助言通りに帽子をかぶって髪を余り晒さないようにしている。メアリの見事な金髪はよく手入れされていて、ただ立っているだけでも目立ってしまうからだ。


「なんという計画的犯行……」


 昨日までのメアリのどこか不自然だった言動を思い返し、納得すると同時に呆れを通り越して関心するルナ。

 今鍛錬さえしていなければルナでさえも気付かなかっただろう。昨日までのメアリの態度もルナでも見逃してしまうような違和感しか感じられなかったのだから。

 しかし気付いてしまった以上、使用人として主の脱走を許す訳にもいかないので、さっさと捕まえることにした。


 手早く鍛錬用の動きやすい服からメイド服に着替え、使用人棟から出る。そして未だに塀と格闘しているメアリに、後ろから無駄に全力で音を殺しながら素早く近付いて声を掛けた。


「お嬢様」

「ひゃいっ!?」


 メアリは予想だにしなかった声にすっとんきょうな声を上げ、中程まで登っていた塀からよく手入れされている庭の芝生に落ちて尻もちをついた。


「る、ルナ……?」


 お尻に感じる痛みに涙目になりながら恐る恐る振り返るメアリに、ルナはにっこりと笑って話しかける。


「お嬢様、こんな早朝に何をなさっているのですか? 塀によじ登ろうとなさるなんて、斬新な遊びですね」

「そ、そうでしょう? 結構楽しいのよこれ、る、ルナもやってみない?」


 しどろもどろになりながら返答するメアリ。目が完全に泳いでいる。


「いえ、私はお嬢様のようにまるで平民のような(・・・・・・・・・)汚れてもいい服を着ている訳ではございませんので、遠慮させていただきます。ところで、その服はどうなさったのですか? そのような服はお屋敷には置いていないはずですが」

「え、ああうん、これ? 刺繍の練習で使うって言ってばあやから貰った布で自分で作ったの。凄いでしょう?」


 十分にそこらの服屋にでも置いてありそうなクオリティーの着ているワンピースを示して自慢気に胸を張るメアリ。ルナの記憶が確かならば、メアリがその布を家政婦のばあやから受け取っていたのは一ヶ月程前だったはずだ。どれだけ前からの脱走計画なのだろうか。

 相変わらず謎にハイスペックな主兼親友にルナは呆れて半眼になる。


「………」

「………」

「………」

「すみませんでしたもうしません」


 先に折れたのはメアリだった。


「はぁ……護衛もつけずにこんな早朝から計画的な脱走とは、何を考えていらっしゃるのですか? お嬢様は一応婚約なさっているのですから、体裁の悪いことはなさらないで下さいませ」

「えー」

「えーではありません」

「だってあんな奴と婚約しただけでなんで私の自由が制限されなきゃいけないのよ」


 不貞腐れたように頬を膨らませてぼやくメアリ。思わず確かに、と納得してしまったルナはメアリに少し同情する。

 メアリもこの半年は屋内に籠もりきりで、外に出ることはほとんどなかったためにストレスが溜まっていたのだろうと思い、仕方無く助け船を出すことにした。


「……まあ、残念ながら私の雇い主はスーリヤ家ではなくお嬢様ですから、基本的にお嬢様の命令には逆らえません。

 絶対にお嬢様一人でお屋敷から出す訳には参りませんが、どなたかと二人以上でお出掛けするならば止めることはできないでしょうね」


 ルナが白々しくそう言うと、メアリは顔を輝かせて快采をあげた。


「やったぁ! ありがとうルナ! じゃあさっそく命じるわ、私に付いて王都へ来なさい。今日のあなたの仕事は私の付き添い兼護衛よ」


 解りやすく機嫌がよくなったメアリにルナは苦笑して「かしこまりました。着替えて参りますので少々お待ちください」と答えた。




「お待たせしました」

「あら、随分と早かったわね」

「まあ、用意と言うほどのものではありませんでしたので」


 数分後、メアリと同じく町娘スタイルになったルナは、先ほどの塀の前まで戻ってきた。


「ではお嬢様、どうやって屋敷の外へ出るおつもりだったのですか? いえまあなんとなく想像は付きますけど」

「うん、この塀を登るんだよ」


 ほら、と言ってメアリは石の塀を登り始めるも、遅々として進まない。


「……はぁ、そんなことばかりなさっていると手が荒れますよ。少々失礼します」


 そういってルナは助走もつけずに、垂直な塀を石ブロックのわずかな隙間を足場に使って駆け登った。

 そしてそのまま塀の上からぽかんとしているメアリに手を差し出しす。


「お嬢様、お掴まりください」

「え、あ、うん」


 呆気に取られてぽかんとしているメアリが言われるがままに取った手を引いて塀の上に引き上げると、ルナはメアリを横向きにかかえて――つまりお姫様抱っこで――塀の外側へ飛び降りた。


「んんーッ!?」


 思わず叫びそうになったメアリは慌てて口を塞ぐ。

 塀の外へと降り立ったルナはメアリを地面に下ろし、何事もなかったかのように手でメアリの服に付いた汚れを払った。


「ルナ……なにやってるの……」

「昔孤児院でやんちゃしていた時期がありまして」


 メアリの苦情をルナ涼しい顔で受け流す。カイを相手に二年間技を掛け続けていたのだから一応孤児院云々は事実だ。今のには全く関係ないが。

 何を言っても仕方ないと諦観混じりに結論したメアリは、まあいっかと当初の目的を果たすことにした。


「じゃあ行こうか。早くしないと乗合馬車が出てしまうわ」

「乗合馬車……どこまで計画的だったんですか……」

「ここ最近は今日の計画を立てている時が唯一心休まる時間だったわ……」


 うふふ、とここではないどこかを見ながら笑うメアリ。想像以上の計画性に、メアリに溜まった鬱憤を察して身震いするルナであった。


「あ、そうそうルナ」

「なんでしょうか」


 ふと思いついたようにルナに声を掛けるメアリに、ルナはいつも通りクールを装った仕事モードで冷静に返答する。


「その町娘の格好だと敬語は気持悪……目立つからやめてね。目立つから」

「………」

「何よ! 文句あるの!?」


 ルナの半眼に耐えられなくなったメアリはふしゃぁーっと威嚇するように叫んだ。

 折角作っている自分の『知的なメイド』の雰囲気を崩されることにルナは無言で抗議したが、メアリには届かなかった。

 残念ながら、メアリはルナが勝手に持っているメイドの美学には理解がなかったのだ。ルナは観念して溜息を吐く。


「……わかったわ、これでいい?」

「うん、ごーかく」


 なんだかんだ言いながらもメアリの言いつけ通り、仕事モードでは絶対にしないであろう不服そうな素の言動を隠そうともしないルナと、久々のルナの素と話せることが嬉しいらしい満面の笑みを浮かべたメアリ。

 二人は仲のいい姉妹のように手を繋ぎ、乗合馬車の停留所を目指して歩き始めた。








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