20. 屋敷にて
スーリヤ家の屋敷に着いた後、すぐにメアリに内緒でルナの雇用契約が結ばれ、ルナは正式にメアリの侍女となった。
これからルナは他のスーリヤ家の使用人と同じように、敷地内の離れに住み込んで働くことになる。
他の使用人と違うのは、メアリにルナの存在がバレるのを防ぐ為に、パーティーまでは使用人なのに屋敷に行くことはないところか。
それからのルナはメアリを驚かせるための努力を怠らなかった。
ジェフィードが付けてくれた作法の先生とは別に、非番の使用人の先輩にも質問しまくった。朝から晩まで行儀作法や侍女としての心構えから、メアリの好みの勉強までなんでもした。
ルナは侍女の作法等は、かつて『暁の槍』で強制させられた訓練で既に一通りやっていたため、それを思い出しながらやればよかったので一から始めるよりは楽ではあったのだが、それを誤魔化すためにひたすら努力をする演技をすることが一番大変だった。
拾ってきた孤児がいきなり侍女として振る舞えたらどう見ても不自然だからだ。
そんな理由でルナは、毎晩夜遅くまで隣の部屋までぎりぎり聞こえるぐらいの小声で習ったことの復唱をしたり、下の部屋に少し響くように立ち振る舞いのおさらいをしたりしていた。当然わざとである。
そんな方向性が間違っている気がしなくもない努力の結果、ルナは『飲み込みが驚くほど早いけどそれに見合った努力をしている子』という評価を獲得した。
やはり細かい仕込みは大事だと、ルナは再認識したのであった。
東の市が立つ日には、ルナは今日で会えるのは最後だと思ってるメアリとのお別れ(仮)をした。
ルナはまたすぐに会える事を知っていたため、ここでメアリに泣かれでもしたら罪悪感がハンパない、と別れはあっさりしたものにすることに決めていた。ドッキリのためには「もう同じ敷地内に住んでるよ」などとは口が割けてもいえない。
そう、これはメアリを喜ばせるためのドッキリなのだ。メアリの為にルナは心を鬼にして口を噤むことにしたのだった。
また会えたらクレープを奢ってくれる約束をメアリからしてくれたので、ありがたく奢ってもらおう、と心に決めたルナであった。
その3日後はメアリの誕生日パーティーの当日である。
この日、ルナは既に殆どの教えを実践できるようになったと教師に感嘆混じりに認められ、ジェフィードに練習としてメアリの婚約者だというアルト・アミアン候爵子息の控え室での接待を命じられた。
(新米の練習に使われる婚約者様って、実は結構嫌われてる? 不憫な)
最初はルナもそう思っていた。が、対面して五分も経たないうちに我慢強いルナをして、キュッ、と〆たくならしめる程のクズっぷりであった。具体的になにをとは言わないが。
好色で傲慢で平民を完全に見下し、使用人など家畜程度にしかみていないのだ。なにこのテンプレ馬鹿貴族の坊っちゃん、とルナは心の中で突っ込む。こんなのがメアリの婚約者だとは考えたくもない。
なにせ初対面で「君可愛いね。うちの屋敷で働かないか?」である。しかもルナの全身を舐めるように眺めながら。もちろん丁重にお断りしたが、メアリ付きとして婚約者のアルトともこれから付き合っていく事を考えるとかなり気が滅入る。
後にメアリの2つ上だと聞いて、12歳でこれはむしろ凄いとルナは感心すらしたのであった。
後で聞いたところによると、婚約者様はメアリの前では完璧な騎士様のように振る舞っているらしい。メアリは正体を薄々感付いているとのことだったが。
ジェフィードが「あんなやつに娘をやるなど……!」と歯軋りしていた。
ルナは伯爵の気持ちが痛いほどよく分かったので、持てる全ての力を使ってアルトを追い落としてやると決意した。と、そこまで考えてルナはふと気付く。
(……これってもしかしなくても私に彼の普段の姿を見せるために当主様が仕組んだんだろうなー)
最初からルナがメアリ専属だと知っていれば、彼はルナにも騎士様の演技をしたはずだ。ジェフィードはルナがアルトの演技に騙される事がないようにしてくれたのだろう。
メアリに人間観察を教えた師匠でもある自分が、たかが12歳のガキの演技に騙されるとは思わないが、ルナはジェフィードの配慮に感謝した。
今後が不安になるメアリの婚約者様との顔合わせも終わり、パーティーが始まってからのルナは「貴族としてのメアリを直に見て置け」というジェフィードの指示で支給されたメイド服に身を包み、パーティー会場で給仕をしていた。
今回のパーティーの主役であるメアリは忙しくなるため、ばったり遭遇する可能性は低いと判断されたらしい。
主役のメアリが会場に入って来ると、皆の注目がそちらに集まる。
豪華な、それでも大人っぽすぎないドレスに身を包み、挨拶をしてまわるメアリの姿はとても奇麗で、ルナの知っているメアリ(町娘Ver.)とは掛け離れていた。
わかってはいたものの、その変化にルナはつい感動して目が潤んでしまった。なんかこう、「大きくなったねメアリ……!」みたいな感じで。
見るとメアリの母親、アリスもルナと同じような顔をしていた。
結局パーティーの間、ルナはずっとメアリの死角を移動しつつ見守って過ごしていた。パーティーはそれなりに長かったのだが、全く飽きることはなかった。既に親バカの域に達しつつあるルナであった。
因みにメインイベントである婚約発表の時に、騎士の仮面をかぶったアルトがメアリと手を組んで段上に上がった際、鳥肌と共に衝動的に手に持ったナイフをアルトに放ちそうになったのはルナだけの秘密である。
その後、もし実行していたら犯人不明の殺人が起きたとしてスーリヤ家の信頼は地に墜ちていただろうとルナは身震いし、なんとか堪えた自分を褒め称えた。捕まる気は一切ないらしい。
そうして、パーティーが終わる前にルナは会場から抜け出し、翌日に迫ったドッキリの決行を楽しみにしながら自室のベッドに横になった。




