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18. 勧誘

ルナ視点に戻ります


 メアリから別れ話を切り出されてから三日後、ルナはいつもより遠くへ行った買い出しからふらふらと孤児院への帰り道を歩いていた。


 思った以上に動揺が尾を引いているようだ。

 こちらの世界で初めてできた同世代の女友達とはいえ、自分がここまで心を乱されるとルナは思っていなかった。まだメアリと別れることに対する心の整理はついていない。

 たった一年、それも週に一度、それだけの付き合いだったのに、メアリの存在が自分の中で予想以上に大きくなっていたようだ。


 そんなことを考えながら孤児院が見えるところまで来ると、ルナは門の前に馬車が停まっていることに気付いた。馬車とは言っても貴族が乗るようなきらびやかなものではなく、商人達等がよく使う機能性重視の質素なものだ。


 この世界の馬車は、土魔術による馬型のゴーレムが牽いている物が一般的だ。生きた馬では馬の食費がバカにならない上に、馬舎も必要になるため使用しているのは貴族階級か、見栄を張る必要のある一部の大商人達だけである。


 また誰かがうちに子供を預けにきたのか、それともどこぞの商人さんが子供を引き取ってくれるとか?

 捨てにきたのなら、わざわざ馬車で来るくらいだ、ちゃんとお互い納得しているのだろう。泣き声も聞こえない。子供が増えるのは賑やかになっていいと思うけど、夕飯の配分を考え直さなきゃな……

 しかしそれは今考えてもどうしようもない事だと、ルナはとりあえず帰ることにした。


「ただいまですー」

「あ、ルナちゃん、貴女にお客さんよ。応接室で待って貰ってるから着替えてから来てね。私は先に行っておくわ」


 カリーナさんがそう言ってルナをわざわざ出迎えた。意外にも表の馬車はルナへの客だったようだ。

 当然ながら、ルナは自分への客に心当たりはない。


 みんなに作ってた異世界料理がもれて商人とかに目をつけられたのだろうか?

 ないと思うけど『暁』関連で私の事を嗅ぎつけたやつらだったらすぐに逃げられるようにしておかないと。


 そんな事を考えながら、急いで多少身なりを整えたルナは院の応接室に入った。


「失礼します」


 孤児院の質素な応接室のソファーには、シンプルなデザインの服を着た短い金髪のナイスミドルとカリーナが向かいあって座っていた。

 当のナイスミドルはルナに顔を向けて値踏みするような視線をむけている。愛想のいい表情が苦手なのか、ずっと不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 誰だろう?この人。そんなルナの疑問を察したかのように、男性は自己紹介をした。


「はじめまして、だな。私はジェフィード・スーリヤ、メアリの父、といえばわかるかな。ジェフとでも呼んでくれ。君がメアリの言っていた友達のルナ君か?」


 どうやら彼はメアリの父親らしい。確かに言われてみれば目の色こそ違えど髪質や目元なんかがよく似ている。

 でも何故貴族で伯爵のはずの彼がこんな所にいるのだろうか。まさかただ娘の友人を見に来ただけではないだろう。


「え、ええ。ルナと申します。スーリヤ……伯爵?」

「ふむ、メアリはそこまで話したのか。随分と君を慕っていたようだから当然か。礼儀もアランの言う通り孤児とは思えないほどよくできているな。

 ……ところで、君はメアリが伯爵令嬢だという事を聞いてどう思った?」


(うん? 話が見えないんですが……まあ最初から知ってたってこと以外は正直に答えればいいかな)


 そうルナは判断してジェフィードに答える。


「特にはなんとも……。それはまあ驚きはしましたが、今まで一年間メアリとはただの友人として過ごしてきましたし。

 今更相手の身分が分かったところで対応を変えようがないと言いますか……」


 これは紛れもないルナの本心だった。なにせこっちは相手が貴族だと知っていた上で一年間付き合っていたのだから。

 これで不敬と怒られようともルナは後悔しないだろう。

 孤児院に豪華な馬車で来ないだけの良識を持ったこの人はそんな事言わないだろうという打算的な思いもあったが。


 恐る恐るジェフィードの顔を伺うと、むしろどういう訳かジェフィードは安心したように笑っていた。

 ルナが不思議そうな顔をすると笑みを深めて彼は言った。


「今までメアリには友達と言える同じ年頃の子供がいなくてな、あいつには今まで寂しい思いをさせてしまっていた。

 だが先日、昨年から親しくしている子供がいると聞いて驚いたよ。よく王都へ遊びに出ていたのは知っていたが、まさか友人ができていたとはね。私としても、やっとできた友達から娘を引きはなすような真似はしたくないんだ」


 だから、とジェフィードは続ける。


「君さえよければ、私の屋敷で働かないか? メアリ付きの侍女として君を雇いたいと思っているんだが。

 先ほどから君の振る舞いを観察していたが、君は歳のわりに落ち着いていて礼儀正しい。少し教育を受けるだけでいい侍女になるだろう。

 ああ、これは貴族としての命令ではなく父親としてのお願いだ。断ってくれてもかまわない。なにか条件があるのなら聞こう」


 ……ふむ、そうきたか、とルナはその提案にしばし考えこんだ。ルナにとってその話はメアリの側にいれる上に就職もできる、かなりいい誘いだった。でも、条件がよすぎて逆に何か裏にあるのではないかと疑ってしまう。

 ルナの隣に座るカリーナも、余りにいい条件に困惑している。その上、カリーナはルナが元々貴族の奴隷で虐待を受けていたと思っているため、どちらかというと伯爵の提案に否定的だ。


 いくら娘のためでも孤児を屋敷で雇う、それもいきなり娘付きの侍女としてだなんて不自然じゃないだろうか。


 ルナとメアリが会えるようにするだけなら孤児院に寄付でもして、それを理由にメアリが公式に孤児院を訪問できるようにするだけでいいのだ。

 そっちのほうが手間もかからない上に安上りだ。


 娘を過剰に溺愛してるようでもないし、何かあるのだろうか。

 そんなルナとカリーナの困惑を察したのか、どこか気まずそうに目を反らしたジェフィードが説明する。


 「実はな、メアリに王都にもう出るなと伝えた時、娘は今にも泣きそうな顔をして退出したんだ。小さい頃から滅多に泣くことがなかった娘が目に涙を浮かべるのを見たのは本当に久しぶりだった。

 元々忙しくてあまり会えていなかった娘からの印象がさらに悪化するのは避けたくてな……」


 ああ、それは辛い。

 ここでなにもフォローしないで『冷徹な父親』のイメージをもたれるのが嫌だったんだろうなー、とジェフィードに同情するルナ。

 一応は筋の通った説明に納得し、確認の意味を込めてカリーナを見ると彼女は小さく頷いた。カリーナはルナがメアリと出会って明るくなったと喜んでいた人の一人だ。不安もあるが、ルナの語るメアリ像からは、偉そうにして平民を見下す貴族、といったイメージは欠片もない。


 ルナは覚悟を決めて正面の伯爵を見据える。


「わかりました。その話、お受けします」

「おお、受けてくれるか」

「ええ、私もメアリと共にいられるのは嬉しいですから。

 ただ、一つ条件といいますか、お願いを聞いていただきたいのですが……」


 言い辛そうに口籠もるルナに、ジェフィードは鷹揚に頷いて言った。


「ああ、構わないとも。何でも言ってくれたまえ。

 では出立は今からでも構わないか? 細かい内容は馬車の中で決めたい」


 え、なんだか気が早くない? ルナは疑問に思ったが、残念ながら今からは無理だ。なぜなら


「申し訳ありません。孤児達の夕飯を作ってからでもよろしいですか?

 私、今日の食事係で、先程買い出しに行ってきたばかりですので……」


 そう、ルナにはすでに献立も考えてある今日の夕飯を作るという使命があるのだ。

 ルナはカリーナから献立まで任されているが、食費には限りがあるために普段から余り豪華なご飯は食べられない。今日はほぼ半年ぶりにハンバーグを作ろうと、肉が安い南の市までわざわざ買いに行ってきたのだ。

 折角の貴重なハンバーグ、しかも恐らくこの孤児院での最後の食事、食い逃してなるものか。


 カリーナが「貴族の方を待たせるなんて」とおろおろしいてるが、もはや今のルナには知ったことではない。

 そしてルナは、こう言えば空気の読めそうな男、ジェフィードは一旦帰ってくれるだろうと思っていたのだ。だが


「ふむ、仕方無いか。元々の予定に割り込んだのは私だしな。では私はここで待っておくとしよう」


 ジェフィードの口から出た言葉はルナの期待に反して待つ、というものだった。

 うわぁ、絶対なにか私達に言ってない事情があるよ。伯爵、全部を説明した訳じゃないな……。不審感を募らせながらも厨房へ向かうルナだったが、


「まあいっか! なにはともあれハンバーグだ! 半年振りだ……!」


 久しぶりのハンバーグにつられてすぐに忘れてしまっていた。ハンバーグ恐るべしである。



 その後、ハンバーグを焼きあげて最後の晩餐(笑)をしようと食堂に入ったルナが、匂いにつられてやってきていたジェフィードを発見し、仕方なく伯爵の分を出したところその味にいたく感激されたのはまた別の話である。

 まあ現代の美味しく焼くコツとか隠し味とか満載だったからね。でもそれでいいのか伯爵様。







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