17. 別れ、そして
ついにメアリが東の市に来ることのできる最後の日がおとずれた。メアリは憂鬱になりながらもできるだけルナといられる時間が欲しい、と市場の人混みの中から黒髪を探そうと頑張っていた。
「やあメアリ、今日はなんだか雰囲気が暗いね」
いつものように目敏くメアリを見つけたルナが声をかける。そういえば今まで私が先にルナを見つけたことは無かったな、とどうでもいい考えが頭に浮かんでメアリは苦笑した。
ルナもいつも通りに振る舞ってはいるが、少し無理をして明るくしているのがわかる。
たった一年、それも一週間に一度の付き合いとはいえ、彼女達は既に唯一無ニの親友と言ってもいい程気心の知れた仲になっていた。
「ごきげんようルナ、今日で最後だからね。そりゃあ暗くもなるよ」
「くくく、メアリ、貴族の言葉使いが混ざってるよ」
「あ……」
無意識に言葉遣いが表面に出ていたようだ。メアリは自分のせいで気まずくなるかも知れないと思って言葉に詰まる。
「まあ気にしない気にしない。じゃあ最後の今日はなにをしようか。私としてはメアリの婚約者様の話なんかが聞きたいかなー」
そうメアリを慰めるルナはいつものように飄々として猫のようにマイペースだ。そのことを嬉しく思いながら、メアリはアルトに対する不安をついルナに対してぶつけてしまった。
話の内容が露骨に貴族関係のものになってしまったが、ルナはそこに遠慮する素振りも見せずに歯に衣着せない物言いでアルトの人物評価を下していた。
その人物評は伝聞にも拘わらず的を射ていた為に、ルナの相変わらずハイスペックな所にメアリは素直に始終関心していた。
「うわあ、もうこんな時間かぁ」
ルナの言葉でメアリが気がつくと、もう春の空は暗くなり始めていた。
「名残惜しいけど、もうここでは会えないんだよね、メアリ」
「そうね。私も貴族としてやらなきゃいけない事があるから。……ごめんね」
「あはは、謝る必要なんてないよ。どうせまたどこかで会えるって」
泣きそうな顔をしながら謝るメアリに、ルナは少し焦った様子ながらもいつものように言葉を返す。その様子にメアリは苦笑し、一つ提案をした。
「それもそうね。じゃあ、また会えたらクレープをたらふく奢ってあげるわ」
「ふふ、覚えててね貴族様。約束よ」
嬉しそうにそう返答するルナ。しかしそうは言っても、貴族と孤児だ。もう二度と私達の道が交わることはないだろう、とメアリは思ったが、確かにルナの言葉で心は軽くなっていた。
彼女達の別れはこうして湿っぽいわけでもなく、至極あっさりとしたものに終わった。
これでよかったのだ、とメアリは手を振りながら長く伸びた影を背に小さくなって行くルナの姿を手を、振り返しながらずっと見送っていた。
その後、メアリの誕生日パーティーは予定通り行われ、アルトとの婚約発表もつつがなく終わった。
久しぶりに侍女達の着せかえ人形になったメアリは疲れ果て、いつもより早く倒れ込むようにベッドに横になった。
次の日の朝、メアリが部屋で前日の疲れを癒すためにごろごろしていると、突然自室の扉がノックされた。
「なんでしょうか」
「突然ですまない。私だ。少し話があるのだが」
父、スーリヤ伯爵の声だ。メアリはこの滅多に事務的な口調を崩すことのない父を多少苦手に思っていた。
「え……?! あ、も、申し訳ありませんお父様。ただいま着替えますので少々お待ち下さい」
メアリは今日はいつもの習い事がある夕方まで、疲れを取るためにのんびりするつもりでいたたためまだ寝間着のままだ。油断していた。
「構わない、いきなり押しかけたのはこちらだからな」
スーリヤ家当主である父親自らがわざわざメアリの部屋に訪れるなど滅多にあることではない。何か問題でもあったのだろうか……と不安に思ったメアリは扉越しに問いかける。
「ありがとうございます。ところでどのような御要件ですか?」
「いやなに、昨日、渡すはずだった誕生日のプレゼントをつい渡しそびれていてな。早く届けてやろうと思って出向いただけだ」
「はぁ、そうでしたか。お待たせし……」
なんだと少し拍子抜けしながらも急いで着替え終わり、待たせている父に早く顔を見せようと扉を開けたメアリは頭が真っ白になった。
伯爵の隣にはメイド服を一分の隙もなく着こなした、メアリより少し背の低いどこか見覚えのある黒髪黒目の少女が立っていた。
本来こんな貴族のお屋敷にいるはずなどない。なぜ彼女がこんなところにいるのだろうか。
そう呆気にとられているメアリに
「お早う御座いますメアリお嬢様。本日よりお嬢様付きの侍女を拝命いたしました、ルナと申します。よろしくお願い致します」
そのメイド―――ルナはそう一歩あゆみ出てお辞儀をする。
その仕草は実に様になっていて、本職の侍女にも全く劣らない洗練されたものだった。
「え……? ルナ……?」
驚いてメアリは父とルナを見比べる。
伯爵はにやりと笑って「誕生日プレゼントだ」と言った。二人ともしてやったりといった顔でニヤニヤ笑っている。
その場に暫しの静寂が訪れた。
「早速ですがお嬢様」
沈黙を破ったのはルナだった。
「は、はい。なんでしょ……なに?」
メアリはまだ混乱から抜け出せていない。そんな主人にルナは晴れやかな笑を浮かべて
「約束通りクレープを奢っていただきたく思います」
と言い放った。
この言葉でメアリは頭が一気に冷え、やりばのない苛立ちと純粋な疑問が頭を支配する。
………これは一体いつから仕組まれていたんでしょうか。
とりあえず、父とルナへの事情聴取(尋問ともいう)とお説教を決定するメアリだった。
メアリサイドは今回まで
次回からはルナ視点に戻ってドッキリの舞台裏です。




