16. メアリの婚約者
引き続きメアリ側
ルナへの告白(?)も済ませ、誕生日パーティーを一週間後に控えたメアリは今日、婚約者と顔合わせをすることになった。
ここ最近は屋敷全体がメアリのパーティーの準備のため、忙しなく動いている。
先日など、父のスーリヤ伯爵はわざわざ庶民が乗るような質素な馬車を借りてどこかへ出掛けていた。
使用人が住み込んでいる離れですら何やら準備をすることがあるらしく、メアリの部屋からも、使用人棟の人の出入りが激しくなっているのが見える。
メアリの目の前には今、婚約者のアルト・アミアンが座っている。
彼に対する第一印象は「胡散臭い」だった。ルナに市場で教えて貰ったことの中に人間観察の方法というものがあり、なんとなく彼がその上品な笑みの裏に、腹に一物持っている商人と同じようになにかを隠しているように感じたのだ。
「はじめまして、アルト・アミアンと申します」
「メアリ・スーリヤです。以後、よろしくお願いします」
「いや、噂は聞いていましたが、やはりお奇麗なお嬢様ですね。貴女を妻に迎えられる僕は幸せものだ」
「まあ、お上手ですね。アルト様もさぞ他の令嬢方にも人気でしょうに」
実際アルトの少しくすんだ銀髪に映える顔はまだ幼さを残しながらも整っていて、正に騎士様といった雰囲気を纏っていた。容姿だけで言えばメアリの好みな端正な顔立ちをしている。
最初のお父様の反応や第一印象がなければ無警戒で惚れていたかもしれないな、とメアリは内心ほっと胸を撫で下ろした。
「いえいえ、そんなことありませんよ」
「わたくし、婚約者としてアルト様のことをもっと知りたいと思っております。これからも沢山時間はありますが、今日も時間の許す限りお話をお聞かせいただけませんか?」
「ええ、構いませんよ。貴女に退屈させないように頑張るよ」
アルトはメアリとしばらく会話した後、あっさりと帰っていった。元々今日は顔合わせだけが目的であり、候爵子息で昨年から学園に通っているアルトは歳の割に多忙であり、誕生日パーティーの前、という条件では余り多くの時間を割くことはできなかったためだ。
「どうだった、婚約者様は」
玄関でアルトを見送った後、ジェフィードが心配そうにメアリに尋ねた。まああれだけ完璧な騎士様のような演技――というより猫被り――を娘の前でやってくれたのだ。自分の娘があの手の演技に引っかかっているかも知れないと思ったら不安にもなるだろう。
「そうですね……正直に申しましてアルト様はどこか胡散臭いなぁといった印象を受けました」
「ほう、それはどういう意味だ?」
メアリが正直に感想を言うと安心したような興味深いような顔でジェフィードが重ねて尋ねる。
「私とお話をしていた間、あの方からなにかしら隠しごとがあるような印象を受けました。初対面の人間にする隠しごとなんて、その人の普段の姿や相手に対する思いぐらいでしょう?」
これにはメアリがルナに貴族だという事を隠していたことのように立場や、変えようのない自らの性格や思考等があてはまる。
初対面とはいえ、婚約者相手に親愛の情に類する好意的な感情を隠す必要はない上に、アルトの地位はしっかりしたもののはずだ。少し言葉を交わした内容から、メアリを嫌っているわけではなさそうだった。
「アルト様が私をどう思っているかまではわかりませんが、少なくとも悪感情は抱いていないようでしたので、初対面で知られては印象が悪くなるなにかがあると判断しました」
「……随分と人を見る目が良くなっているな。何があったんだ、一体」
呆れたように呟くジェフィード。メアリは父の言葉に市場の黒髪の親友の顔を思い浮かべて少し落ち込む。しかしジェフィードは直ぐに真面目な顔に戻ると言った。
「まあお前があの仮面に騙されるようではなくて本当に良かった。メアリには余計な先入観を持たずに判断して欲しかったからな。一種の賭けだったが、どうやら私の判断は正しかったようだ」
そういうとジェフィードはメアリに、今までとは打って変わって様々なアルトに、ひいてはアミアン家についての評判を教えてくた。
しかしどれもいい噂ではなく、メアリの将来の結婚生活の不安が増すばかりだったのだが。
そもそもアミアン侯爵家はメアリの兄達も命を落とすことになった近年の政争に敗れ、急速にその権力を失くしている最中らしい。
先代のスーリヤ家当主が先方の現当主に借りがあったらしく、それをこれ以上の没落を回避するために使われたとのことだった。
その借りさえなければメアリとあのクソガキを婚約させるなんてしなかったとジェフィードは愚痴をこぼした。
どうでもいいですけどそれを当事者の私の前で言いますかお父様。とメアリは呆れたような目線を父に向けるのであった。
いよいよ明日は、メアリが東の市に来ることのできる最後の日になる。